ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、井上先斗『イッツ・ダ・ボム』
公開日:2024/11/6

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年12月号からの転載です。
井上先斗『イッツ・ダ・ボム』
●あらすじ●
グラフィティ界で話題を集めるのは新鋭ライター・ブラックロータス。他のライターとは違い、公共物に傷を加えない手法を取るブラックロータスが、今回残したのは傷ついた選挙ポスターだった。これまでと異なる表現を見て、ウェブライターの大須賀は関係者への調査を始める。その調査からしばらく経ったある日、グラフィティライターのTEELはHEDという同業者に話しかけられ――。
いのうえ・さきと●1994年、愛知県生まれ。川崎市在住。成城大学文芸学部文化史学科卒業。2024年に『イッツ・ダ・ボム』で第31回松本清張賞を受賞しデビュー。
- 井上先斗
文藝春秋 1650円(税込)
写真=首藤幹夫
編集部寸評
何度も塗り替えられる叫びの痕跡
第一部でルポライターがグラフィティについて取材する過程を描くことで、カルチャーを知らない読者をスムースに第二部へと導く。日本でもアメリカのストリートカルチャーが花開いていた90年代に多感な時期を過ごした私はもはや若者ではなく、時代に取り残されながらも我がスタンスを貫くTEELに、自然と心を寄せてしまう。時代とともに価値観は移ろい、カッコいいはダサいに酸化してしまう。拙いグラフィティのように上書きされるのは宿命なのか。少し悔しいけれど、歓迎したい。
似田貝大介 本誌編集長。若い頃は音楽と文化に興味を抱いていたので、本書に登場する固有名詞にいちいち懐古する。ついでに『マジック』もプレイしていた。
新旧世代の切実な価値観バトルが胸アツ
「グラフィティっていうカルチャーを、偉い人が奨励している構図になってしまったら、もう終わりです。ダサいですよ」新世代グラフィティライターのそんな煽りにドキッとする。権威の外にあるからカッコいいものは権威になってしまったらダサいのか。いやそもそも「普通に生きている人の真っ当さを踏みにじるノリはもう流行らない」のか。しかし本作は断定を避けながら倫理的グレーゾーンで価値観バトルが交わされる。いずれにせよカッコよくありたいと思う人の戦いはカッコいい。
西條弓子 「私の初恋、土井先生。」特集を担当。「忍たま」って深いな!!とあらためて感動しました。映画をより楽しめるような内容になっていますので是非!
声、叫び、シグナル、信号、サイン
現代アートを見るなら作品そのものだけでなく、背景にある文脈も押さえるべきだと何かで読んだとき、鑑賞に尻込みする気持ちを覚えた。本作では謎のグラフィティライター「ブラックロータス」がどのように誕生したかを余すところなく描いてくれる。前半でグラフィティ文化の歴史が共有され、後半ではそこに挑むライターたちの現在がドライに語られる。なぜ彼らはストリートで声を上げ続けるのか。文脈を十分にインプットした今、ブラックロータスの作品が見たくてたまらない。
三村遼子 土井先生特集では読者のみなさまから熱いメッセージをたくさんいただきありがとうございました! 愛に溢れた特集を、どうぞお楽しみください。
自身の叫びを街に刻み続ける
第一部では、ライターの視点でグラフィティ文化が語られ、グラフィティアートとの距離が近くなる。ライター自身の叫びが街に刻まれたものがグラフィティアートであり、だからこそ切実さが宿る。第二部では、大御所ライター・TEELが『勝負しましょう、グラフィティで』と新世代のライターから宣戦布告を受ける。ボムをする行為がスリリングに描かれ、真っ向から勝負するTEELの焦燥感と熱量が伝わってくる。TEELを圧倒する新世代ライターとのバトルの結末を見届けてほしい。
久保田朝子 第一部でも言及されていた、渋谷の壁画に描かれていた『鉄腕アトム』。撤去されていたと知らず、画像を検索して懐かしい気持ちに。
グラフィティとは〈「俺はここにいたぞ」という署名〉
謎に包まれたグラフィティライター「ブラックロータス」。賛同を浴びてきたその作品は、4作目によって〈否が八割を占める賛否両論〉が巻き起こる。「日本のバンクシー」と称されるその者の目的、正体とは。ブラックロータスに関する取材を重ねるライターと、ストリートで書き続けるグラフィティライター・TEELの2つの視点を通して明かされていく真実。そして見えてくる、グラフィティという文化そのものについて。「俺がここにいるぞ!」という声が、私たちの心に響いてくる。
前田 萌 いよいよ11月に入りました。お鍋が美味しい季節がやってきますね。今年はどんなお鍋やシメをやろうかなと。変わり種にも挑戦したいです。
その「シグナル」をどう見るか
街の壁に描かれた落書き。視界に入っていても、しっかりと見たことはなかった。しかしそれらの〝グラフィティ〟は「シグナル」なのだという。『今、俺がここにいるぞ!』という宣言なのだと。突如現れたブラックロータスと呼ばれる新鋭のグラフィティライターの作品に世間は賞賛と批判の渦に飲み込まれる。その「シグナル」をどう見るか。それによって自然と自分の立ち位置も浮かび上がってくる。誰がかっこいいのかではない。自分の信じる軸がある者がかっこいいのだと思わされた。
笹渕りり子 ホテル特集を担当。それぞれご紹介いただいたホテルの話を聞いて、読んで、私もホテルへ逃避したい……!と切に思いながら仕事をしていました。
「結局、俺も、憧れてるんでしょうね」
二部構成の本作。第一部は「日本のバンクシー」として注目を集める新鋭のアーティスト「ブラックロータス」を追うウェブライターの視点で描かれる。その作品にはある〝共通点〟があり、登場人物それぞれの狙いが明かされていく過程はミステリー的だ。第二部は一部にも登場した一人のアーティストを中心に物語が展開され、終盤で繰り広げられるとあるバトルでは、その熱量と疾走感に圧倒される。彼らが描いているものとはなんなのか、そこにある叫びとは。手に汗握る読書体験をぜひ。
三条 凪 カバーのグラフィティアートは、文藝春秋本社の地下に実際に描かれたものだそう。HPで著者によるルポエッセイを読むことができるのでそちらもぜひ。
世界を見る目が一変する
街で目にする落書き(と呼ぶことも本作を読んだあとには躊躇うようになる)がグラフィティと呼ばれることも、そしてグラフィティを残す行為をボムと呼ぶことも、何も知らなかった。だが、読後には街のグラフィティに目が留まるようになり、遠い世界に存在すると思っていたライターたちが、熱いプライドと微かな迷いを抱く、同じ人間であることを知る。それまで知らなかった知識と熱量に触れ、世界を見る解像度がまた一段階上がり、スプレー缶の音まで聞こえてくるような一冊だった。
重松実歩 『短歌ください』と『トロイカ学習帳』が今号で連載200回を迎えました。どちらも学生のころから読んでいた連載。あらためておめでとうございます!
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