アンドロイドが教えてくれる「自然」と「人工」の調和が生み出す美しさ

マンガ

PR 公開日:2024/12/21

盆百千栽〜人類の寿命はたかだか100年ですが機械の私は1000年生きられるのであなたが居なくなってもこの場所で一人生きていきますからご心配なく〜
盆百千栽〜人類の寿命はたかだか100年ですが機械の私は1000年生きられるのであなたが居なくなってもこの場所で一人生きていきますからご心配なく〜』(火事屋/講談社)

 マンガはもちろん、小説や映画などでもたびたび描かれる人間とアンドロイドの物語。人工知能や感情の有無といった決定的な違いにより、対立したり切ない展開を迎えたりと、これまで数多くのドラマが生まれてきた。

 『盆百千栽〜人類の寿命はたかだか100年ですが機械の私は1000年生きられるのであなたが居なくなってもこの場所で一人生きていきますからご心配なく〜』(火事屋/講談社)も人間とアンドロイドの物語なのだが、本作でフォーカスされているのは、互いが“異なる時間軸を生きている”という点だ。

 物語の舞台は近未来。人口が減少し街が消滅しつつある世界で、アンドロイドのカンナは盆栽屋・季風園の“先生”に盆栽を教わっている。そして、カンナは盆栽とは一朝一夕で完成するものではなく、100年先をイメージし積み重ねていくものだと知る。となると、人間である先生は、到底完成まで見届けることができない。それにも拘らず、来る日も来る日も盆栽に情熱を捧げる先生を不思議そうに見つめるカンナだったが、ある日先生からこう言われるのだ。「僕がいなくなった後、彼らと共に生きることをお願いしようかな」と。

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 その後、長い年月が経ちカンナ一人だけになった季風園。そこで彼女は今日も約束通り先生が遺した盆栽を手入れし、時には季風園を訪ねてくる人の傷んだ盆栽を救済する……。本作は、そんな悠久の時を生きるアンドロイドと盆栽が織りなす心温まるドラマとなっている。

 盆栽といえば、どこか堅苦しくハードルが高いイメージをお持ちの方も多いことだろう。だが、『盆百千栽』を読み進めていくと、盆栽という芸術の奥深さ、そして尊さに触れるような感覚がある。

 例えば、盆栽は「自然の美しさ」と、接ぎ木や針金かけといった人間の手を加えることで成り立つ「人工の美しさ」の調和によって完成するものであること。さらに、小さな鉢のなかに雄大な自然を感じる一方で、室内で鑑賞するとそこだけ時が止まっているような悠久の自然を感じる……つまり、壮大なロマンに想いを馳せる芸術なのだと。カンナのアンドロイドならではの的確な説明と、どこか切なさと懐かしさを感じる作者・火事屋先生の繊細の絵柄も相まって、これまでの先入観を払拭して盆栽の真の魅力に触れられる作品となっている。

 また、何より冒頭で挙げた“異なる時間軸を生きている”という点が、胸がぎゅっと切なくなるほどに活きている作品とも言える。人間とアンドロイドは同じ時間軸で生きることができない。ただ、アンドロイドはシステムさえ機能していれば人間と違って長い年月を生きることができるため、人の代わりに盆栽が完成するまでの過程を見届けることができる。けれども、完成するまでの時間はどんなにアンドロイドがハイテクな機能を携えていようと、捻じ曲げることはできない。ただ、待つしかないのだ。

 決してコントロールすることができない、人の寿命と自然の流れ。その無常さに哀しさを覚えながらも、それらを悠久の時を生きる人工物のアンドロイドが盆栽を通して未来へとつなげていく……。この作品自体が、まるで盆栽のように「自然」と「人工」の美しさが調和し、儚く輝いているように感じた。

文=ちゃんめい

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