「夫の飼い猫との対面は、彼の連れ子と初めて会うような感覚でした」。『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』が伝える動物と暮らす幸せ【インタビュー】

マンガ

更新日:2025/4/1

猫は、私がサボることを肯定してくれる

犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい
(C)松本ひで吉/講談社

――このマンガを読んで、犬くんからは今この瞬間を全力で生きることの尊さ、猫さまからは何があってもどっしり動じないことの大切さを教わりました。松本さんは、犬くん、猫さまからどんなことを学びましたか?

松本:犬から教わったことはあまりなくて。逆に、何も教えてくれないからいいような気がしますね。

 犬にもいろんなタイプがいますが、彼らはただ愛を与えてくれるだけの存在です。人間は複雑な生き物なので、ただシンプルにそこにいてくれる存在、何もしてくれないけれど揺るぎない存在がありがたいのかもしれません。

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――そういう存在が身近にいると、気持ちが落ち着きそうですね。

松本:人間って、いい映画を観たあとに「自分もいい人になろう」と思ったりしますよね。でも、犬にはそういう感情がありません。以前、ホラー映画を犬と一緒に観るエピソードを描きましたが、犬はホラー映画が流れていようともまったく平気なんですよね。人間は複雑なことを考えていろんな行動を起こすけれど、犬はただそこにいる。それでいて人間のことを愛してやまないという素晴らしい存在ですね。

――猫さまから学んだことはありますか?

松本:猫からは、たくさんのことを教えてもらいました。猫は、私が仕事をサボって昼寝をするとめっちゃ喜んでくれるんです。それが本当にうれしくて(笑)。私には「働かなきゃ」という思いがありますし、生産性を重視する価値観が自分の中に根深く入り込んでいます。でも、猫は「休んでくれてうれしい。一緒に寝てくれてうれしい」と、私が休むことを肯定してくれるんですよね。むしろ私自身よりも、私が休むことを喜んでくれる存在なんです。

 それに、猫は本当に怠けものなので、その点も見習いたいなと思います。動物って、ある程度苦労して物を手に入れないと、報酬系の喜びを感じないそうです。動物園でも、餌をちょっとした箱に入れたり、棒を使わないと取り出せないようにしたり、工夫しているらしいんですよね。そうでないと、心が健康でいられないらしくて。悲しいかな、人間も働いて報酬を得たほうが健康的に生きられるようです。ただ、動物の中で猫だけはタダ飯を喰らっても何のストレスも感じないそう。とりあえず食べて寝られたらいいというスタンスには、学ぶことが多いですね。

犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい
(C)松本ひで吉/講談社

――猫が好きな人は、猫の下僕であることを喜ぶ傾向があります。それも、こうした猫の気質に魅力を感じるからでしょうか。

松本:猫に仕える喜びは、新たに生活をともにするようになったガーラさんが気づかせてくれました。うちの犬と猫はすごくお利口で、私に歯向かうこともありませんでした。でも、ガーラさんは「私が一番上の立場」という猫です。うちの猫さまとは正反対で最初はびっくりしましたが、わがままを聞いてあげる楽しさはなんとなくわかるようになりました。夫がすごくうれしそうにガーラさんに噛まれている姿を見ると、私なんてまだまだだなと思いますけど(笑)。

動物とわかり合えた時のうれしさは、初めて英語が通じた時の高揚感に近い

――ガーラさんの話が出たので、8巻のお話もお伺いしたいと思います。7巻が発売されてからの約3年間、松本さんの身辺にはさまざまな変化がありました。8巻はどんな内容か、松本さんからご説明をお願いできますか?

松本:まず、一番のトピックは犬くんと猫さまが寿命を迎えたこと。他にも、私の父が亡くなり、私が結婚して子どもが生まれて……と、目まぐるしく命が出入りする3年間でした。トカゲちゃんはただ悠然と構えていましたが、新たに夫の飼い猫だったガーラさんが家族になるなど、面白い変化もありましたね。

 ガーラさんは、私の産後の「ガルガル期」(精神状態が不安定になり、些細なことでイライラしたり、警戒心が強くなったりする時期)を戦い抜いた間柄です。ガーラさんなりに赤ちゃんと距離を縮めようとしてくれたのですが、彼女はよく噛む猫なので、私も子どもを守ろうという本能が働き、喧嘩になることも多くて。信頼してはいるけれど、完全に信頼しきることはできず、人と動物の距離の難しさを感じました。

犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい
(C)松本ひで吉/講談社

 ある程度気持ちが落ち着いた頃に、夫からもガーラさんとの関係を指摘され、ガーラさんとふたりだけの時間を作って謝りました。「今までごめんなさい。いろいろあって怖かったよね」と話したら、ガーラさんもよく聞いてくれ、ちょっとリラックスしてくれて。その後もガーラさんとはよく小競り合いをしますが、赦してくれるのはいつもガーラさん。揉めてから30分くらいすると、いつもスリーンと寄ってきて「さっきはごめんね」って言ってくれるんですよ。それも、以前の猫さまにはないことですね。

――ガーラさんとふたりで話す時間を設けたというのが面白いですね。人間と接するのと変わらないんだなと思いました。そもそもガーラさんは、松本さんの結婚を機に一緒に暮らし始めた猫ですよね。初対面の印象はいかがでしたか?

松本:ガーラさんは、怒ったりニコニコしたりといろんな感情が入り交じって混乱していましたね。私も彼女とうまくやれるかわからなくてドキドキしていたんですけど、初めて会った時から気に入ってくれてうれしかったです。

――夫の実家に挨拶に行くような感じですね(笑)。

松本:本当にそうです。夫の連れ子と初めて会う、みたいな感じ(笑)。私も気を引こうと思って、いろんなおもちゃやキャットタワーを買って準備していました。

――結婚によって生活にいろいろな変化が生じましたが、中でも松本さんにとって大きかった出来事は?

松本:それまでずっと一緒に暮らしていた犬と猫と離れて生活するのが、とてもショックでした。犬と猫がまだ若い頃ならよかったのですが、年も年だし断腸の思いで別れて。その後も、犬や猫が病気になった時には私が実家に会いに帰っていました。おかげで、最期の時間も一緒に過ごすことができました。

 うれしかったのは、私が飼っていたトカゲちゃんを夫も大好きになってくれたこと。以前は私の仕事机の前にトカゲちゃんの住みかを置いていましたが、引っ越してから一時的にリビングに置いていたんです。そうしたら、夫が話しかけたり、なでなでしたり、家の中をお散歩させてくれたりして。今では、リビングがトカゲちゃんの居場所です。

――ガーラさんは、トカゲちゃんに対してどんな反応を示しましたか?

松本:1回パーッと飛びつきそうになったかな。またトカゲちゃんが、猫がそそるようないい動きをするんですよ(笑)。でも、ガーラさんもだんだんみんながトカゲちゃんを大事にしていることに気づいてくれて。「じゃあ、しょうがない」という感じになりました。今でもトカゲちゃんを見るのは好きなようですけど。

――松本さんのお話を聞いていると、人間と犬、猫、爬虫類の違いってそこまでないような気がしますね。

松本:私がそういう目で見ているからでしょうね。彼らとおしゃべりしてる気持ちになっちゃうんですよ。

――一緒に生活をしていると、言葉はわからなくても表情やしぐさで心が通じ合う瞬間がありそうですね。

松本:そうですね。わかり合えた時のうれしさは、初めて英語を話して通じた時の高揚感に近いかもしれません。私の人生において、コミュニケーションはとても大きなもの。言語について学ぶのも好きですし、人間でも動物でも意思の疎通を図れた瞬間がとてもうれしいんです。

――新たな展開を迎えた8巻ですが、松本さんのお気に入りエピソードは?

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(C)松本ひで吉/講談社

松本:家の壁紙を貼りかえるために、業者さんに家具を運び出してもらった時の話(#222)かな。まだ犬と猫がいた頃のエピソードです。知らない人たちにどんどん家具を持ち出されているのに、犬はすごく喜んでいて。猫は「誰か来た!」って隠れて、ようやく出てきたと思ったら家のものが全部なくなっているので呆然とするという(笑)。番犬の役割は果たせないなと思いましたが、かわいくて笑えました。

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