「君はひとりじゃない」。病に苦しむ森崎兄弟を励ました、サポーターの横断幕…“うつ白”への軌跡
更新日:2019/12/25

プロのサッカー選手なのに、ボールをどう蹴ればいいのかも分からない。パスがきても、パニックに陥ってしまう。妻に対して「オレがサッカーやめるか。それともオレが死ぬか。どっちがいいか」と聞いた日もあった。薬を飲んだ後で倒れ、意識を失うこともあった……。
これは、サンフレッチェ広島一筋でプレーした双子の元サッカー選手・森崎和幸と森崎浩司が『うつ白 ~そんな自分も好きになる~』(TAC出版)で綴った現役時代のエピソードだ。
森崎和幸はJリーグ通算504試合出場22得点。森崎浩司は335試合出場65得点。ともに15年以上にわたってプロで活躍した名選手だが、現役時代には「慢性疲労症候群」「オーバートレーニング症候群」などの症状で離脱することが何度かあった。『うつ白』は、その症状がいわゆる「うつ病」にあたるものだったことを告白する内容だ。
症状の苦しさは、『うつ白』に詳しく綴られているが、同書で心を動かされるのは、2人をサポートし続けた周囲の人達の存在だ。
症状が辛く、練習に出づらかった時期の森崎和幸に「自分のしたいようにしてくれていいよ」と理解を示し、練習に復帰すればベストに程遠い状態でもプレーを褒めてくれたミハイロ・ペトロヴィッチ監督。
選手が練習場に出てくる前の朝7時から、森崎浩司のランニングに付き合ってくれた森保一監督。
離脱と復帰を繰り返す2人を、特別な目で見ることも詮索することもなく、以前と変わらぬ態度で接してくれたチームメイト達。
店の暖簾をさげ、出前の注文を断ってまで相談を聞いてくれて、練習場への行き帰りが辛い日は、店に泊めてくれることもあった、練習場近くのお好み焼き屋のおばちゃん。
何度も長期離脱があったにもかかわらず、2人をクビにせずに復帰を待ち続けてくれたサンフレッチェ広島というクラブ。
そして、やはり大きかったのはサポーターの存在だ。
「何度でも言うよ、カズおかえり」
「カズ、君はひとりじゃない」
試合に復帰するたび、サポーターがスタジアムに掲げてくれたそのような横断幕に、森崎和幸は強く心を励まされたという。
公式に発表される症状は「慢性疲労症候群」「オーバートレーニング症候群」でも、サポーターは2人が何で苦しんでいるのかを理解していたのだろう。そして、その病への対処法として、どんな言葉を伝えればいいのかも考えて、そうした横断幕を掲げたはずだ。
本書には森保監督が森崎浩司に「トレーニングが苦しくても、それをできた自分のことが好きだと声に出してみたら?」と提案する場面もある。もしかしたら森保監督も、うつ病のことを個人的に勉強していたのかもしれない。
うつ病などの心の病に対しては、家族や友人、会社等のサポートが大切だ……というのはよく言われることだ。本書『うつ白』に登場する2人の周囲の人達は、そのあたたかいサポートを絶えず続けていた。2人が長くプレーを続けられたのは、選手としての実力もさることながら、苦しみを分かち合い、それを乗り切る方法を一緒に探してくれる人達が周囲にいたことも非常に大きかったはずだ。
サンフレッチェ広島というクラブは、予算規模がさほど大きくないなかで、森崎和幸と森崎浩司の在籍時に3度のJ1制覇を成し遂げている。サッカーチームに限らず、苦しんでいる人を見捨てず、一緒に手を携えて前へ向かえる組織は、チームの絆も強くなり、全体としてもいい業績を残せるだろう。
本書はサンフレッチェ広島一筋でプレーした2人の「うつ病」の体験を綴る本である一方で、サンフレッチェ広島という組織の強さの秘密が分かる内容でもあった。
文=古澤誠一郎
(※)崎は立つへんに崎のつくり
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