なぜ進化生物学の研究者たちは、気の遠くなる謎を追いかけ続けることができるのか?
公開日:2020/2/17

どのような学問にも研究者がいる。すべての時間を、謎を解明することに捧げ、人生をかけて知を探求し続ける人がいる。彼らの生きる世界や喜びを感じる瞬間は、おそらく私たちと交わることがないだろう。
『進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語』(千葉聡/講談社)は、様々な生物の進化の謎を解き明かしながら、同時に進化生物学の研究者たちの生き様も切り取る。「種の起源」を発表したダーウィンから、研究者を通して脈々と受け継がれる知の探求の模様が本書につまっているのだ。
著者は東北大学理学部教授の千葉聡氏。『歌うカタツムリ』で第71回毎日出版文化賞と自然科学部門賞を受賞し、新聞や雑誌の書評で「稀代の書き手」として絶賛された。本書は1960年代から続く一般向けのわかりやすい科学解説本「ブルーバックス」シリーズでもあるので、高まる期待は裏切らないと約束したい。
本書の中で、思わず頬が緩んでしまう章がある。「ひとりぼっちのジェレミー」だ。タイトルを見ると、ついモテない寂しげな男を想像してしまう。けれどもジェレミーは人間じゃなくてカタツムリ。それも100万匹に1匹しかいない、左巻きの殻を持つカタツムリだ。
すべての生物が持つ「遺伝子」。いわば命の設計図は、ときどき複製ミスを犯す。同じ種でもほかの個体と何かが異なる突然変異というやつだ。ところがこのミスによって、ある環境で生きることに適した体を手に入れることもある。するとその特徴を持つ個体はどんどん増えていく。これが自然選択や自然淘汰であり、一般的に進化と呼ばれている。
この進化の仕組みを調べることは、生物の謎を解き明かしたり、人間の医学に役立てられたり、大きな意義がある。だから進化生物学の研究者たちは今日も血眼になって、物を語らぬ生物たちとにらめっこしている。
「ひとりぼっちのジェレミー」も同じだ。突然変異が起きて殻が左巻きになってしまった。人間の左利きと違って、ジェレミーの種のカタツムリは左巻きだと交配ができない。だから子どもを産ませて突然変異の謎を調べることができない。そこでこの研究に取り組んでいたイギリスのデビソン博士は一計を案じた。
「孤独な左巻きのカタツムリが、愛と遺伝学のため、お相手を探しています」
市民に向けて奇妙な報道発表を行ったのだ。愛を知らない可哀想な左巻きのカタツムリ。けれども市民の助けがあれば、最愛の相手が見つかるかもしれない。この悲しくてクスっと笑える報道はイギリス中に広まり、国を超えて、最終的に19億人がジェレミーのニュースを耳にしたという。映画化されてもおかしくないだろう。
さて、本書を読んでいて印象的なのが、進化生物学に取り組む研究者たちの姿だ。カタツムリの左巻きの謎を解明するために、わざわざ奇妙なキャッチコピーをつけて報道発表を行うとは。千葉氏も本書で「手段を選ばぬ」と表現している。
別の章では、川や池に住む細い巻貝カワニナを研究する三浦収博士を取り上げている。貝類の研究は、人間との接点が乏しいのであまり進んでいない。研究業績を競争する研究者にとっては不利な分野なのだが、なぜ三浦博士はカワニナを選んだのか。その理由がなんとも研究者という生き様を表現している。
「何より、カワニナは謎だらけなのです。謎の多さこそ、カワニナの最大の魅力です」
ダーウィンが唱えた進化論は、はじめは多くの人々に受け入れられるものではなかった。それを証明するため、あらゆる進化生物学者たちが、バトンを受け継ぐ形で研究を進めてきた。その集大成となったのが、ガラパゴス諸島で独自の進化を遂げたダーウィンフィンチだ。くちばしが環境に適応するべく変化して、別の種が誕生する模様を、グラント夫妻が40年もの時間をかけてリアルタイムで立証したのだ。
これが研究者の生き様だろうか。私たちが彼らの生きる世界を理解するのは難しいだろう。けれどもとても生きがいのある道を歩んでいることは伝わる。
「種の起源」を発表したダーウィンから、脈々と受け継がれる進化生物学。それに取り組む研究者たちの生き様も、時代を超えて脈々を受け継がれているようだ。
文=いのうえゆきひろ
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