泣ける“離島留学”マンガ『髪を切りに来ました。』――離島にやってきた父と息子の目的は…髪を切るため?
公開日:2020/3/20

離島にやってきた父一人、子一人。ゆっくりとした時間が流れる島で暮らし、成長する親子の物語。それが高橋しんの最新作『髪を切りに来ました。』(白泉社)である。
高橋氏らしい柔らかなタッチとあたたかみのあるセリフ満載のハートウォーミングストーリーだ。
美容師の父・春田睦(りく)の一生懸命さと不器用さ。小学生の一星(いっせい)のけなげさとかわいさは、日々ハードにがんばっている人、心が疲れている人の一服の清涼剤になるだろう。
移住の目的は息子の離島留学。見守る父は髪を切る。
物語は父と子が沖縄の離島・波留田(はるた)島にやってくるところからはじまる。2人は島の役場のサポートを受けて、古い一軒家に住むことに。そこは古いというか、ある部屋は天井に穴が開いて空がのぞき、草が生えていた…。
半分廃墟のようなこの家で、睦は美容室をはじめる。だがお客さんはすぐには来ない。この島には、そもそも床屋も美容室もなかったからだ。島民たちは家で散髪するか、たまに沖縄本島へ出て髪を切っていた。さらに島外からのよそ者は警戒されてしまう。
春田家は看板を出す。そこには「髪を切りに来ました」と息子が書いた。そんななか、いよいよ一星は学校へ通いだす。同じ留学生や地元の子とうまくやっていけるのか…。
お父さんでなくても一星が心配になってハラハラしてしまう。なお本作の背景である離島留学とはかんたんに書くと以下のようなものだ。
“豊かな自然環境や多くの文化・伝統等が残っている離島で、島外の小・中学生、高校生が勉学等に励むこと”
ほとんどの子どもは島の寮などの施設に住む。そして学校・自治体のさまざまなサポートを受けて暮らすのだ。平成31年の時点では33の島で実施されているようだ。(※)
ただ作中でも語られるが、離島留学のために親子で移住する家庭は少ないそうだ。では睦と一星が波留田島にやってきたわけは…? それはこれからじっくりと描かれることだろう。
涙腺崩壊必至! けなげな一星と、きちんとした父親になろうとがんばる睦。
一星は無口な少年で、留学前、東京に暮らしている時に何か心に傷を負っているようだ。だが本作はまず父親・睦がワケアリである。それは自他ともに認めている。島の役場の聡美は子どもではなく「お父さんに問題がある」と会ってすぐに認識し、気にかけてくれるようになる。
睦は美容師と理容師の資格を持っていて「手に職があるから何とかなる!」と考えなしに(聡美・談)島へやってきたようにみえる。料理もうまく手先は器用。でも立ち回ることや言動は不器用なのだ。
人のために暮らしていくっていうのは
どういうものなのだろうかとわからないことがあった。
あの時決めたんだ。
この島にいる間は、きみのために髪を切ろう。
睦の幸せは息子の寝顔をみていること、つくった食事を一星が食べているのをみていることだ。一星の初登校の時は、食欲もうせて泣くほど心配していた。
まだまだ春田家の今までの状況などは詳しく語られていない。ただ本作を読んですぐにわかるのは、睦はきちんと父親になろうとしている。そしてそのために島へ来たということだ。
お父さんのことが大好きな一星は、かいがいしく睦の仕事を手伝い、不安げに離島留学への一歩をふみだす。それを見守り懸命にがんばり、島民に厳しくもあたたかい言葉をかけられる睦。ここで、思わず涙腺が…。
高橋氏はあとがきで「何も起こらない話」と書いている。だが1巻ですでに、さまざまなことが起こっている。さまざまな人と出会い、髪を切ってほしいお客さんが来店し、島の食材・食事は驚くほどおいしい。
なにより子どもの成長は、それだけでも事件級のドラマだ。そしてきちんとした父親になっていくことも。父子の成長する姿にぜひ癒されてほしい。
なお2019年3月から、高橋氏の既刊が電子書籍として配信された。『「あの商店街の、本屋の、小さな奥さんのお話。」』『トムソーヤ』『「あの商店街の、本屋の、小さな奥さんのお話。」初恋本屋。』。いずれも名作ぞろい。未読の人は本作といっしょに読んでみてはいかがだろうか。
文=古林恭