日常に添った視点で異世界を描く、ほのぼのまったり、のんびりクエスト! 『落ちぶれ王女と異世界勇者の建国史』
公開日:2020/9/1

森の中の洞窟に暮らす少年セナは、行き倒れになっている女の子ステラを保護する。実は彼女の正体は、この地域を治めるアストリア王国の第一王女だった。次期女王の座を妹のスピカに奪われたのがショックで家出。自らの国をつくってスピカを見返してやろうとするが……。
『ビビッド・モンスターズ・クロニクル』(芳文社)、『異世界コンビニNewDays』(スクウェア・エニックス)など、ゲームや異世界ものを題材に、秀逸な日常系マンガを発表してきたキキさん。現在、電子コミックアプリ・WEBサイト「COMIC FUZ」で大好評連載中の新作『落ちぶれ王女と異世界勇者の建国史』の第1巻が発売された。
ヒロインのステラは、落ちぶれとはいえ王女だけあり(?)、生活感がなく、どこか浮き世離れしている。建国のための最初のクエストとして『大きな食卓』のあるダイニングを作ろうとしたり、回復アイテムを集めるつもりが毒キノコをせっせと採集したりと、やることなすことちょっぴりずれている。

そんなステラをなりゆき上フォローするのが、もう一人の主人公セナだ。
ステラは彼に自分が王女であることを伏せているが、実はセナにも大きな秘密があった。なんと彼は小説家を夢見る男子学生で、ある日この世界へ転生してきてしまったのだった。

今まで何不自由もないお城の生活しか知らなかったステラと、現代日本からいきなり電気もガスもない(だけど魔法はある)異世界へと放り込まれてしまったセナ。彼らは互いに自分の正体を相手に隠しつつ、手を組むことにする。そんな2人がさまざまなクエストに挑戦し、一つ一つクリアしてゆく様子が、ほのぼのとした筆致で描かれる。

本作の大きな魅力は、ステラの自由奔放さだ。ダイニングルームを作ったら、次はふかふかの布団つきの寝室が必要! とセナを説得して、布団の素材にすべく巨大な猛獣退治に挑む(それもセナを先攻にさせて)。それも無事クリアしたら、次はドレッサーを作ろう、次は自分の名を冠した牧場を作ろう、と次から次へとクエストを思いついてはセナを振りまわす。

一方セナは、異世界人である自分以上にこの世界における常識や世間を知らないステラに対し、次第に疑問がふくらんでくる。
もしや彼女は人間ではなく、魔法を巧みに操る魔族の者なのではないか……と。
作家志望だけあって、どこまでも深く考えて悩むセナと、あくまでも大らかで天真らんまんなステラ。共同生活を送りつつも恋の生まれる気配は今のところないようだけど、その程よき距離がまた、たまらなく心地いい。ステラと友だちになる村の道具屋の少女モニカや、何やら暗躍の気配を感じさせる第二王女スピカの存在、そしてステラを捜す城からの使いなど、彼らを取り巻くキャラクターたちの動きも気になるところだ。
実力派日常系作家による、ゆっくりのんびり建国ファンタジー。ステラとセナの関係の変化も含めて、少しずつ進んでいく過程を楽しみながら読んでゆきたい。
文=皆川ちか