時は大正、盲目の遊女は作家志望の青年と恋に落ちるが……その思わぬ結末とは?【ネタバレあり】
更新日:2020/10/5

シンプルで現代的な絵柄と、レトロな雰囲気のストーリーがほどよいギャップを生み出している。絵柄のおかげで時代や主人公の境遇が自分の経験してきたものとは異なっていても、心にすっと入ってくるのだ。序盤から魔法をかけられたような気分だった。
『大正ロマンポルノ』(麻生みこと/白泉社)は第一幕から第三幕までの三編の短編から成る漫画だ。単行本ではそれに加えて、一編の読み切り漫画「徒花」が収録されている。
第一幕は大正時代の遊郭が舞台で、第二幕・第三幕のベースになっている物語だ。盲目の遊女絹子と小説家志望の青年「信さん」こと信太郎が恋に落ちるが、それは決して甘いだけのものではなかった。
“その手は
大きくて なめらかで 柔らかくて
生まれてこの方 苦労の一つも したことないような”
子どもの頃に売られ、今はたくさんの客をとらなければならず、目も見えない絹子の苦労ははっきりとは語られなくても想像できる。だからこそ絹子は、苦労したことがなさそうな信太郎の手に惹かれたのかも知れない。
信太郎は実家の仕送りで贅沢な生活をしていたが、小説家として芽が出ずその仕送りも途絶える。やがて絹子にお金を無心するようになり心中を持ちかけるのだ。
「どうしてこんなダメな男に……」と思ってしまう読者も少なくないだろう。だが、絹子は青年を真摯に愛する。終盤、衝撃的な結末を迎え第一幕は終わり、絹子が主人公の物語もここで幕を閉じる。
第二幕と第三幕では、時代が現代に飛ぶ。今度は小劇団の看板女優で絹子を演じることになった女性本田和葉(ほんだ・かずは)が主人公である。
看板女優とはいえ、小劇団でギャラを発生させるのは難しい。29歳の和葉は、他の仕事をしながら小劇団で女優を続け、劇団旗揚げ当初から一緒に活動している座長に複雑な感情を抱いている。
和葉は稽古で絹子を演じるうちに、信太郎と絹子は現代にもいそうな男女であることに気づく。
“「昔の話だから」って流したいんですけど
時代錯誤なはずの価値観は全然今も現役だし!”
和葉に対し、客演で参加することになった役者杉田は微笑みながらこう述べる。
“人って
正しいから魅力的ってわけじゃないからね”
その後、和葉は思いもよらない展開に揺さぶられながらも、「絹子」を自分の中で開花させていく。
和葉の身に起こることは、全て身近なところで起こっている出来事だと言われてもおかしくなく、とてもリアルだ。第一幕で絹子が迎える衝撃的な結末と対比してみると面白い。
続く読み切り「徒花」も、文学作品になりそうなレトロな雰囲気が印象に残る。古い洋館に住む美女花梨(かりん)とその父親、そして花梨に一目ぼれした青年が織りなす物語だ。青年は彼女にどんどんと惹かれていくが、花梨には秘密があった。
驚いたのは「大正ロマンポルノ」も「徒花」も予想外の結末を迎えるのに、読後感が爽やかなことだ。「人は正しいから魅力的ってわけじゃない」という作中の言葉が思い出される。不幸だと感じることが人それぞれであるのと同じように、幸せもまた人によって形を変えるものなのかも知れない。
文=若林理央