橋本さとし「芝居の正解・不正解はお客さんが決めること。僕らは偏った答えを出さないことが大事」
公開日:2020/12/10

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは2021年1月より上演予定の舞台『キオスク』に出演する橋本さとしさん。憧れの大先輩・山﨑努さんからいただいたという『俳優のノート』について熱く、たっぷりと語っていただきました!
橋本さとしさんが「人生のバイブル」と言う『俳優のノート』。この本との出会いを訊ねると、満面の笑みを浮かべながら、うれしそうに話しはじめた。
「以前、僕が『レ・ミゼラブル』というミュージカルに出たとき、カーテンコールでものすごく野太い声で『ブラボー!』と言ってくださる方がいたんですね。それが山﨑努さんだったんです。しかも、まったく面識がなかったのに楽屋にまで来てくださり、生涯忘れられないありがたいお言葉を頂戴したんです。その後、食事に誘っていただき、そこで『もしよかったら読んでみてくれ』と手渡されたのがこの『俳優のノート』でした。直筆のサイン入りで!(笑)。 山﨑さんは僕にとって憧れであり、尊敬する大先輩ですから、“これはもう家宝にしよう!”と思いましたね(笑)」
舞台『リア王』と向き合う稽古の過程を日記形式で描いたこの本は、香川照之さんをはじめ、多くの役者の愛読書として知られている(巻末の香川照之さんの解説も必読!)。 橋本さんもたくさんのことを学び、そして自身の芝居に役立ててきた一人だ。
「芝居をしていると、よく“相手のセリフを聞け”といわれますが、共演者の言葉を受けて、自分の中に気持ちを作ってからセリフを言ったのでは、あまりにも間延びしすぎてリアリティがない。かといって、自分のペースでセリフを言うと自己満足になる。そうした芝居に対して、山崎さんは“共演者の気持ちも考えてやれよ”とフランクに書かれていて。その飾らない感じが実に面白いんです。それに、自身の役のヘアメイクを自分でスケッチに起こすというのも興味深かったですね。役者が自分の役について考える際、“まず心に絵を描け”といわれることが多いんですね。そうやって心の中で想像した形に近づけるように役者は表現していく。でも、山崎さんのように、心ではなく実際に絵で描くことで、より具体的に自分が目指す場所が見えてくる。それもこの本から学んだことでした」
橋本さんが役者としてのキャリアをスタートさせたのは1989年のこと。「劇団☆新感線」に入団し、97年まで在籍。その間に経験したことは彼の中で大きな軸となっている。
「劇団にいた頃、先輩の橋本じゅんさんに、『俺たちはお金持ちじゃないけど、“時間持ち”だ』と言われたことがありまして。時間があるぶん、いろんな経験を積み、ここぞというときにいかにその引き出しを開けられるかが大事なんだと。そうやって身につけたことは今でもすごく役立っています。ただ、そうかと思えば、退団後に蜷川幸雄さんと出会ったとき、『お前のこれまでの生き様とか劇団で覚えてきたことは、ここではまったく通用しないんだよ!』と怒鳴られまして(笑)。そのときは相当ヘコみましたね(笑)。でも、そこで萎縮していたのでは自分の殻を破れないと思い、丸裸になって挑んでいったんです。そこで感じたのは、役者って自信だけじゃ生きていけない存在なんだということ。否定されたり、どこかしらに劣等感を抱いていないと成長していかないんですよね。そうしたら、『俳優のノート』にも同じようなことが書かれていて。それを読んで、きっと僕ら役者は一生、劣等感と付き合って、それを踏み台にしながら、終わりのない正解を探していくんだろうなと思いましたね」
そんな橋本さんが現在挑んでいるのが舞台『キオスク』。ローベルト・ゼーターラーのベストセラー小説を著者自らが戯曲化した傑作舞台だ。
「ナチスドイツが台頭するウィーンを舞台にした、とても熱い作品です。淡々とした会話劇のようでいて、その中を激流が渦巻いているような物語。簡単な舞台ではありませんが、『リア王』を上演した際、山崎努さんが演出家の鵜山仁さんを信じたように、僕も石丸さち子さんと一緒に素敵な作品を作り上げていきたいと思います」
また橋本さんは、「役者は一人で舞台を作ることはできないですし、作品のカラーを決めるのは演出家。ですから僕は、石丸さんの絵の具になろうと思っています」とも。
「そのためには、自我を捨てながらも、これまでの経験を携えたうえで、石丸さんにすべてを委ねていかなくてはならない。つまり、芝居作りも人と人の信頼関係が一番大事なんです。そうやって互いを信用することで素晴らしい舞台ができるし、自分の殻も破っていくことができる。そして、芝居の正解不正解はお客様に見てもらって初めて生まれるもの。ですから、正解を模索しながらも、偏った答えを出さずに稽古に挑んでいきたいと思っています」
取材・文:倉田モトキ 写真:干川 修
ヘアメイク:小口あづさ(NANAN) スタイリスト:JOE(JOETOKYO/TRAVOLTA)
舞台『キオスク』

作:ローベルト・ゼーターラー 翻訳:酒寄進一 出演:林 翔太、橋本さとし、大空ゆうひ、上西星来(東京パフォーマンスドール)、吉田メタル、堀 文明、一路真輝、山路和弘 2021年1月22日(金)より兵庫、東京、静岡、愛知、広島で順次上演 ●原作は2012年に発表され、映画化もされたベストセラー小説。自然に囲まれて母と暮らしていた純粋無垢な青年フランツは出稼ぎのため、ウィーンのキオスクで働き始める。ナチスドイツが台頭する中、フランツは哲学者・フロイトや年上の女性アネシュカらと出会い、やがて社会と向き合いながら成長していく。
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