“人生終わった”中学生とバレリーナが「地図にない場所」探しに出かけ――!? 『町田くんの世界』安藤ゆき先生の切なくて優しい最新作

マンガ

公開日:2021/1/17

地図にない場所
『地図にない場所』1巻(安藤ゆき/小学館)

 何かとても辛いことがあって、「ああ…もう人生終わった…」と、肩を落とし、ひどく落ち込んでしまう瞬間が、人生には何度か訪れる。目の前が真っ暗になり、希望などまったく見えない。だが、幸か不幸か、心臓が動き続ける限り、人生は続く。そんな辛い時期は、時の流れにただ身を任せたり、自分とは関わりのない分野の人と話したり、旅に出たり…と、それぞれのやり方で日常を少しずつ取り戻していくしかないように思う。しかし、そんな風に徐々に「気持ちを切り替える」生き方を習得したのは、ずいぶん大人になってからだった。

 不器用だが、周囲の人間から愛される男子高校生の日常を柔和に描いたマンガ『町田くんの世界』が映画化もされた安藤ゆき先生。最新作の『地図にない場所』(小学館)は、“人生終わった”2人が都市伝説とも噂されている「地図にない場所」を近所で探しはじめる、たくさんの切なさと優しさが入り混じったマンガだ。

 物語は、優秀な兄と同じ中学を受験して合格したものの、勉強についていけず、家でも学校でも居場所がなくて絶望する、中1の土屋悠人の登場からはじまる。彼は、成績の良い兄とイケメンの弟との間で比較され続ける人生に辟易していた。そんなある日、留守気味だった隣人の世界的バレエダンサー・宮本琥珀(30)が、母親を亡くし、おまけにバレエもケガで引退&天涯孤独で帰国というニュースを聞く。悠人は、「俺より終わってそうなやつが見たい」と、コハクの元を訪ねるが――!?

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「親の期待に応える」人生を歩んでいた悠人とコハクが、“終わった”はずの人生に新しい風を吹き込んでいく様子が、繊細なタッチで描かれる。悠人の予想とは裏腹に、母親とバレエを失い、“人生終わった”はずのコハクはヘコんだ顔をしていなかった。彼女はこれまで、離婚して夫に出て行かれた母親を喜ばせるためだけに、学校も遊びも友達も恋人も、生活らしいものを全て捨てて、全部のエネルギーをバレエに充てて生活していたので、それ以外のことは何もできないのだと告げる。また、その母がいなくなったことで、モチベーションが保てなくなり、バレエはやめた、ケガはウソ…と、片付け方がわからないため散らかり放題の部屋ですんなり白状するコハクに、悠人は拍子抜けする。彼は、「今までしてこなかったこと」がしたいというコハクに付き合い、料理を手伝う。そして、子どものころに流行っていた“この地域に地図にない場所がある”という都市伝説の「何処(イズコ)」探しも、放課後はバレエで参加できなかった…と残念がる彼女のために、一緒に探すことに決めたのだ――。

 スマホも持たず、地図も読めず、家事もポンコツレベルでできないコハクに衝撃を受けつつも、自分の「常識」を絶対とせず彼女と向き合い、何かと面倒見の良い中学生の悠人の優しさには心が温かくなる。また、自分と同じように「人生が終わった」と感じつつも、自身とは真逆に、前を向き、まだ見ぬ場所を探し求め、明るく振る舞うコハクと一緒にいることで、コハクだけでなく、家庭の事情で悩む幼なじみにも目を向けられるようになり、思春期の彼が、少しずつ大人になっていく過程も頼もしく思えた。

「終わり」はひどく絶望することもあるが、生きている限り、必ず「続き」を描くことができる。悲しみや切なさを抱えながらも、澄んだ瞳で、まだ見ぬ場所へと、誰かと一緒に踏み出そうとする2人を見て、涙がこみ上げてきてしまった。

文=さゆ