「今月のプラチナ本」は、佐々木愛『料理なんて愛なんて』
公開日:2021/3/5

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
『料理なんて愛なんて』
●あらすじ●
料理が下手でフラれた主人公の優花。思いを寄せていた男性・真島が憧れていた相手は、料理教室の先生だった。なんとか料理を好きになろうと、自炊に挑戦したり、料理男子と合コンしたりするも、一向に好きになれる気配はなく苦悩する日々。「料理は愛情」というけれど、料理が嫌いな優花の愛情は一体どこに──!?
ささき・あい●1986年生まれ。秋田県出身。青山学院大学文学部卒。「ひどい句点」で、2016年オール讀物新人賞を受賞。19年、同作を収録した『プルースト効果の実験と結果』で単行本デビュー。
編集部寸評
切実に、真剣に、われわれは迷走している
帯に「愛と迷走の料理小説」とある。料理小説と聞けば、丁寧な手料理と温かい会話が思い浮かぶが、本書は断然「迷走」小説だ。「首と腹から噴き出す温かい赤が周囲を汚す。男のうめき声が屋敷中に響き渡って─」主人公・優花は、リンゴの皮を剥こうとナイフを入れた瞬間、切腹を連想する。彼女が惚れた真島も、「空いてるスペース」だから冷蔵庫に本をしまうような男だ。世間の「正しい」料理も恋も理解できない、しかし優花は真剣に生きている。「正しい」に苦しむ多くの読者も。
関口靖彦 本誌編集長。いろんなルールが崩壊した昨今、料理も恋も好きにしていい、というのが一番むずかしい。ちなみに私の主食は缶ビールと立ち食いそば。
料理は好きな人がやればいい!
「読んでいない本は一冊もない。でもこの中に、作りたいものもひとつもない」。本棚に積まれた料理本は30冊以上。料理嫌いな優花の「料理本の数だけが、料理を好きになりたい自分の証明だった」という気持ちに共感する人は多いのではないか。料理が下手でフラれた彼女が「料理は愛情」という言葉に縛られるのも無理もない。確かに料理が好きな人は正しい感じがするし。彼女なりの「料理は愛情」の意味にたどり着けて良かったと思う。まぁ個人的に料理はただただ面倒くさいけど。
鎌野静華 最近、ハーブ入りの塩にハマっている。冷ややっこにオリーブオイルとこの塩をかけるだけでごちそう気分になる安上がりな自分。おいしいですよ!
口にいれるものは、人それぞれ
「切断、」というフレーズが連続する冒頭から句読点が心地よく、文字が音楽のように身体を通り抜けていく爽快な読書体験だった。主人公の須田は想い人である真島のために心底嫌いな料理と向き合おうとするが、彼女の悪戦苦闘を通じて「料理」という言葉自体が広い意味を持つことに改めて気付かされる。ラブコメだとヒロインは料理が下手で「愛があってもマズいものはマズいんじゃ!」をコミカルに描いていたりするが、好きな人の手作りチョコを素直に喜べる真島はちょっと羨ましい。
川戸崇央 アバンティーズというYouTuberの本『1/4の風景』が発売中です。メンバーを事故で失った彼らとご遺族に話を伺いました。興味がある方は是非。
林檎の皮剥きからはじめてみようか
料理を楽しいと思わないし、好きな人のために料理教室にも通っては自炊したが、なぜかその間私は弱って元気がなくなっていった。そんな自分は正しくないようで肩身が狭かったが、こんなに共感できる本に出逢えるなんて。主人公私じゃないの!と安心していた……のに。「真島さんを好きじゃなくなりたいのに好きで、料理を好きになりたいのに嫌いだ」「だけどわたしは、料理を好きになりたい」を選んだ主人公に焦っては嫉妬した。向いてないを逃げと認め、私も皮剥きからはじめようか。
村井有紀子 (第2特集で誌面を組んだ)映画『騙し絵の牙』がいよいよ3月26日に公開! 映像化までを見据えた小説企画を考えてから、約8年。感無量です。
切断して解体して新しい私に
自分のダメな部分って、大人になるにつれ飼い馴らしてしまうものだ。たとえば料理がヘタでもうまい飯は食えるし、とか。でも、自分以外の重要な誰かが現れると話は変わる。「自分の狭い世界はすぐにかき乱され」「誰かを思って自分が分裂していく」。好きな男のためぐちょぐちょになりながらチョコを解体するシーン、あのとき彼女は自分自身を解体し始めたのかもしれない。他者と出会い、自分を世界に晒し、新しい私を獲得する。勇敢なる大人のビルドゥングスロマンでありました。
西條弓子 料理ができるってどういう基準なんだろう。レシピ検索サイトの履歴が「簡単/ヘルシー/もやし」で埋まってるのは「料理ができない」ですかね。
「好きになりたい」の先へ
料理が嫌いな優花、料理は愛情だという沙代里さん、台所には立つけれど面倒だと思っている百合子、手料理信仰に懐疑的な坂間くん、干物マニアの中野さん、料理人を目指す東当さん。焦点が当たるのは料理へのスタンスだけど、そこから建前との向き合い方が見えてくる。料理、子ども、誠実な恋人。世間で「正しい」とされているまっとうなものだけを好きになれたらいいのに、人の気持ちはそんなふうにはコントロールできない。だからこそ、この本に登場する人たちが気になって仕方がない。
三村遼子 優花の自炊エピソードが秀逸です。何日も食べるはめになるカレーや、レシピ本に水と同じ感覚で登場する「だし汁」。料理上手への道のりは険しい。
「料理が好き」という正しさへの安心感
「料理が好きって思えるって、人間として正しいっぽいと思いませんか」。世間的に〝正しい〟とされているものを好きでいられることには安心感があると思う。感情を置き去りにして正しさに縛られがちな私には、料理嫌いだけど料理を好きになりたいと迷走する優花の姿が眩しい。彼女は「正しそうなことを追って、さまよって、消耗」しながら自らの感情と向き合い、自分なりの「料理は愛情」の意味を見つけ出す。誰かの正しそうな言葉を借りて生きてきた私も、自分だけの言葉を探してみたい。
前田 萌 ホラーゲームにハマっています。友人とプレイするのですが、世界観に浸りすぎて会話も自然と小声に……。怖いシーンが続くと無言になります。
「正しさ」と本当の気持ちのはざまで
料理とは、考えてみれば厄介なものだ。そのものが面倒ということもあるが、「料理が好き」というのが人間として正解な感じがする。優花のように、世間でふんわり共有されている「正しさ」と、自分自身の素直な気持ちとの間で悩む人は決して少なくないのではないだろうか。本作は、そうやって取りこぼされてしまう人達の、苦悩の話でもある。あれこれ悩んで自分なりの正解にきちんとたどり着いた優花の言葉はすがすがしく、力強くて頼もしい。きっと背中を押される人は多いはず。
井上佳那子 実家を出てから料理をするようになったのですが、確かに面倒くさい……と思う反面、結構「無」になれる時間だったりして、嫌いじゃないです。
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