ノリじゃダメ、ゼッタイ/メタルか?メタルじゃないか?⑧
公開日:2021/4/3
“新しいメタルの誕生”をテーマに“BABYMETAL”というプロジェクトを立ち上げ、斬新なアイディアとブレること無き鋼鉄の魂で世界へと導いてきたプロデューサー・KOBAMETAL。そんな彼が世の中のあらゆる事象を“メタル”の視点で斬りまくる! “メタルか? メタルじゃないか?”。その答えの中に、常識を覆し、閉塞感を感じる日常を変えるヒントが見つけられるかもしれない!!

メタルバンドのアーティスト写真やライブ写真を見て、いかにもガサツで大雑把な人たちが勢いだけで音楽をやっている――そんなイメージを抱かれる人も多いのではないだろうか。
ただ、聴いていただけたらわかるかと思うが、メタルという音楽は非常に緻密で演奏レベルも高いものが要求される。それゆえ、根が真面目な人間でないとできないという真実があるのだ。
よくロックバンドなんかが、みんなでスタジオに集まって自由に音を出していたら曲ができていました、というようなことをインタビューなんかで語っているのを見かける。それはまさにバンドの醍醐味というものだ。もちろんメタルバンドだって、出発点はみんなで音を出してみる、というところであるのは間違いない。しかし、曲の骨組みはそれで出来上がったとしても、そこからいかに完成させるかという道のりがまったく違ってくるのである。
わかりやすく言えば、ジャムセッションの段階の完成度を、普通のロックバンドなら60パーセントくらいだとすると、メタルバンドの場合はおそらく20パーセント満たしているかどうかだろう。
とにかくハーモニーがきちんとしていなければいけない、キメがやたら多い、などなど、細かい部分での約束事や追求が山のようにあるのだ。それはまるでクラシック音楽のシンフォニーのように全体の構成や各楽器の役割、曲の強弱などが決まっているのである。一言で言えば、ノリではやらせてくれないのである。
キックがそこダブルで行くんだったら、ベースもダブルじゃなきゃ絶対おかしいだろ!
このキーとギターとボーカルのハモがちょっとだけ当たってるからやり直し!
0.001タイミングがずれてるから全部びっちり揃うまでやろう!
メタルバンドは団体競技
楽曲の中の答え合わせの箇所が多い上に、重箱の隅をつついてつついて強引に見つけた間違いとも言えないようなズレをいちいち修正していくのだ。その様は、まるで荘厳な寺院を建立している建築家のようでもある。
とかくバンドというと、集団というよりも個性の集まりという解釈が先立ち、バンド内における自己表現という方向性に向かうものだ。そしてそうした個性のぶつかり合いこそがバンドマジックを生む源となる。当然ながら、メタルバンドにもそうした精神性に根差したバンドもたくさんいる。しかし一方で、メタルバンドをメタルバンドたらしめている重要なポイントは、バンドを団体競技と捉えているかどうかなのだ。そこで必要とされる規律というものが明確にあって、そういったものが好きな人がメタルバンドとして大成するのではないかとワタクシは思うのである。
集合時間に遅れてくる、練習もしない、途中で消えていなくなる……そういう人は、ことメタルバンドに関して言えば、むいていない。逆に言うと、DEA~~TH!とか叫びながらステージで暴れまわっているメタルバンドのフロントマン諸兄は、そのステージに至るまでは、かなり厳粛な練習を積んで臨んでいるのだ。だからこそステージのきらびやかな照明の下で、それまで鬱屈と溜め込んでいた自由への渇望がマグマのごとく噴出するのかもしれない。
そのように考えれば、メタル楽曲の中に必ずと言っていいほど盛り込まれる超絶テクによるギターソロも、緻密に構成された楽曲にあってその個性を思いっきり発揮できるためのパートとして存在しているということが言える。何もそこまで弾かなくても! とお思いのそこのアナタ。楽曲全体を聴いていただければ、もしくは、ライブ会場の熱気の中で体験していただければ、ぶっ飛んだギターソロの必要性がわかってもらえるはずだ。8小節ほどのギターソロを髪の毛振り乱し激しくキメてみせたギターヒーローが、その後何もなかったようにバンドの歯車となってリフを刻み続けるその動と静の二面性に、ワタクシはメタルの象徴を感じて興奮するのである。
また、ライブ中にフロントマンがハプニング的にフロアに飛び降りたりする場合がある。あれも実は、タイミングから何から何まで計算されているエンタテインメントの一環なのだ。そう思ってよく見てみれば、客席に乱入する直前に当たっていたピンスポットライトがまったくずれずに追っかけていくではないか! あれほどゴウゴウ火柱が立っていた特効も、ピタッと止んでいるではないか! そうなのだ、ライブも一曲のごとし、最初から最後まで緻密に練り上げられた構成で魅せていくのである。そうやって作り込まれているからこそ、オーディエンスを非日常の世界に連れていくことができるのだ。これこそがエンタテインメントの奥義というものだろう。
メタルバンドのいかつい仮面の下には、ストイックに練習に励む修道僧のような素顔がある。ギャップ萌え、とはいかないかな?

