もしも親友の性別が変わってしまったら――。状況の変化に伴う人間関係の揺らぎを描く話題作『カレとカノジョの選択』
更新日:2021/5/14

人間関係というものは、とても脆いものだと思う。年月が経ち、互いが置かれている環境や状況が変われば、それにともない関係も変化していく。実際、大人になってから自然消滅してしまった関係もあったし、自分あるいは相手から距離を置くようなものもあった。そのたびに、仕方ないことだと思ってきた。でも、どんなに時間が経っても、変わらない関係もあるはずだ。だからこそ、他者と関係を築くことは尊いのだろう。
『カレとカノジョの選択』(緒原博綺/KADOKAWA)を読み、あらためてそう強く思った。
本作はふたりの若者の間に漂う“関係”という不確かで脆いものに焦点を当て、それがどのように変化するのか、それとも変化しないのかを描いていく。
主人公の和真は東京に住む大学生。彼は空港で、ある人物を待っていた。遥という名のその人物は、和真にとってのヒーロー。学生時代、いじめられっ子だった和真を腕っぷしの強さで守ってくれ、いつだって励ましてくれていたのだ。同じ男なのに、どうして遥はこんなに強いんだろう。和真は遥に憧れ、“親友”として付き合うようになった。けれど転校を機に、ふたりは離ればなれに。それが7年前のこと。

以降、こまめに連絡を取り合っていたものの、ここ数年は少し疎遠に。ところが突然、遥から連絡があった。地元北海道からわざわざ上京してくるという。急なことに戸惑いつつも、親友との再会を喜ぶ和真は、空港まで迎えに行く。すると、謎の金髪美女から話しかけられる。小柄でスレンダー、その見た目はとても可愛らしい。そしてやたらと絡んでくる。

やがて、金髪美女の正体が判明する。実は彼女こそが、7年ぶりに再会する遥だったのだ。どうして男だったはずの遥が、女性になっているのか――。

この世界には「後天性雌雄転換病」という病気があるらしい。
〈後天性雌雄転換病〉
およそ千人に一人の割合で発症し、出生時の性別が二次性徴をきっかけに転換してしまう病気である。二次性徴による成長ホルモンのバランスが起因になると推測されており、発症するとまずは48時間ほどで肉体的部分が転換し、その後半年から数年ほどかけて内面的部分も転換後の性別に適応していく。
これにより、3年前に遥は女性に“転換”したというわけだ。
予想もしていなかった事態に、和真は混乱してしまう。世間的に周知されている病気とはいえ、まさか親友が当事者になるとは思っていなかったのだろう。しかも、昔の面影も残さず、誰もが振り向くような美女になっているのだ。まだ若い男子大学生の和真からすれば、その見た目だけでもドキドキしてしまう。
けれど、中身はなにも変わっていない。遥は遥のまま。ヒーローだった頃のまま。では、ふたりは“親友”のままでいられるのだろうか。
本作が突きつけてくるのは、まさにこの問いだ。病気によって性別が変わるという設定を用いつつ、関係の脆さに揺さぶりをかけてくる。正直、第1話を読んだ時点で、和真は遥とうまく付き合っていけなくなるのではないか、と思った。でも、それを払拭するようなセリフがある。
“そんな女になったってだけで 遥との関係が変わったって思いたくねーんだ”
“昔も今も これからだって 大好きな遥と一番の親友でいてーんだから!”
遥のことを“女の子”として意識してしまう瞬間はある。どう頑張っても、気を使ってしまう。それでも、根本的な関係は変えたくない。“親友”としてずっと一緒にいたい。和真の叫びは、読み手の胸を打つ。それは遥も同様で、「関係を変えたくない」と言ってくれた和真の言葉に感動している様子。同時に、そんな遥の様子からは、どこか仄暗い傷のようなものがうかがえる。もしかしたら遥は、性別が変わってしまったことで嫌な想いをしてきたのではないか。事実、遥が東京に出てきた理由は「家出」。もう戻る場所がない。どうしても遥の“病気”が原因になっているのではないかと想像させられてしまう。
和真もそれを察したようで、遥に寄り添おうとする。しかし、ときには衝突してしまうこともある。変わらない態度で接しようとしても、うまく振る舞えないのだ。和真にとって「後天性雌雄転換病」も、女性になった遥の身体も、わからないことだらけ。それも仕方ないことだろう。
そんな和真に「後天性雌雄転換病」の先輩である人物が言う。
“相手を知ろうとすることを怖がっちゃだめ”
“これからも遥ちゃんと対等な関係でありたいなら特に 見守るのとやり過ごすのとじゃ まったく意味が違うからね”
もしかしたら、人間関係が望まない方向へと変わってしまうのは、相手のなかに「知らないこと」が増えてしまうからかもしれない。「知らないこと」は恐怖や不安につながり、それが決裂や距離を生む。でも、一歩踏み出して相手のことを知れば、変わらずに付き合っていけるのではないか。そう、和真と遥のように。
ただし、第2巻のラストでは、そんなふたりの関係を大きく揺るがしていくような事実が判明する。一体ふたりはどうなってしまうのか。一読者としては、どんな状況であっても“親友”としての絆を失わないでもらいたいが、その行く末を見守りたい。
文=五十嵐 大