どんな時でもお客さんを笑顔にさせる! 引退した元トップアイドルが再び頂点を目指す激熱バトル開幕!
公開日:2021/5/21

「どんな時でも全力でお客さんを笑顔にさせる」。その信念でトップアイドルを目指す物語が『その淑女は偶像となる』(松本陽介/集英社)だ。
アイドルとは何か? 趣味? 疑似恋愛の対象? その答えを本作は単純明快に描く。アイドルは「誰かを笑顔にする偶像」である。
元アイドルが新人アイドルと出会い、物語が動き出す
淑女たちが通うエリザベス女学院。そこで並外れた気品とおしとやかさから「白百合の華」と呼ばれる美少女が、姫宮桜子(ひめみや さくらこ)だ。
そんな彼女には秘密があった。7年前の桜子は、伝説の5人組アイドルグループ「花色エトワール」で、ずば抜けた人気とカリスマを誇ったリーダーだったのだ。
しかし突然、母を交通事故で失う。桜子はそんな不幸のすぐあとに笑顔でプロとして仕事をまっとうした。そんな“笑顔になれた”自分に恐怖し、アイドルを引退。今では「普通に笑うこと」もできなくなっていた。
「本音を隠し人を騙す」これはいい意味で、アイドルに必要なスキル。桜子はその能力で自分を消した。俗世から逸脱したお嬢様学校でおしとやかな淑女になり、第二の人生を送りはじめていた。
人々が花色エトワールを忘れ始めていたある日、新人アイドル・若菜あるみが現れる。エリザベス女学院に転校してきた彼女は、桜子を覚えていた。そして言うのだ。
私と一緒にアイドルやろ!私 桜子ちゃんの大ファンなの!
笑顔ですべてのお客さんを魅了するアイドル、復活
桜子が7年前にアイドルを辞めた理由を伝えると、あるみは言う。
「もう絶対アイドルなんかになるもんですか…」そう呟く桜子はアイドルが嫌いではない。というかアイドルオタクだ。「いいアイドルを応援するのは当然」と、最新ニュースは常時チェックし、ライブのチケット争奪戦にも参加し、パフォーマンス動画をみて批評する。なりたくはなくても、大好きなままだったのだ。桜子ちゃんは自分の悲しい顔を隠してまでお客さんを笑顔にしたかったってことでしょ
どんなショックがあってもファンに「笑顔を振りまく姿」は誰よりも人間らしいし 私は誰よりもカッコイイと思う!
あるみも出演する複数のアイドルが出るライブへ誘われた桜子。目にしたそのパフォーマンスと頑張りは想像以上で、感情を揺さぶられた。
そこでトラブルが起こる。トリの出演アイドルがドタキャンし、あるみはいきなり2ステージ目を行ったのだ。舞台では超笑顔だが、裏でへとへとになっているあるみは言う「このまま終わりになったらお客さん悲しんじゃう…どんな時でも全力でお客さんを笑顔にさせるのが、私の思うカッコイイアイドルだから頑張る」と。
あるみのカッコイイアイドルとは誰のこと?
桜子はあるみを制し、代役としてステージに上がった。過去、自分が言ったことを思い出しながら。
誰であろうと私の前で悲しむなんて この桜子様が許さないんだから
そこには歌と、踊りと、彼女の心からの笑顔があった。
演者もファンも心を揺さぶられるアイドルという偶像
アイドルとはどういう存在か、本作での答えは最初に書いた通りである。
有名になりたい、承認欲求を満たしたい、歌手や役者へステップアップしたいなど、さまざまな思惑があるだろう。ただ桜子は誰かにやらされていたわけでも、なんとなくでもなく、「誰かを笑顔にできた瞬間が好き」だから、アイドルに身も心も捧げていた。
私もアイドルの客だった。ライブが終わり会場を出てくる私たちは、皆一様に笑顔である。確かに笑顔になれたのだ。“偶像にいい意味で騙された”この感情は単純かつ複雑だが、元気になれたのは間違いない。
もしアイドルたちの想いが桜子と同じであれば、間違いなくそれは私たちに届いている。
そんなお客さんとの幸せな空間に戻った桜子は「あるみとトップアイドルを目指す」と思わず宣言してしまう。
本作でトップアイドルというのは、年に一度行われる「アイドルリーグ」の優勝者のこと。ライブでの歌、ダンス、ビジュアル、カリスマ性、そのすべてをファンが判断し投票し勝敗を決める。この最強決定戦に出場するため、淑女は“再び”偶像になった。
本作が連載しているのは、『週刊少年ジャンプ』のDNAを受け継ぐWebサイト『ジャンププラス』なので、バトルは当然熱をおびたものになる。オリジナルの歌詞を独特な描き文字で表現する、ド迫力のライブ描写にも注目してほしい。
リーグはプロアマ関係ない無差別級。つまり現在も活躍し、過去にトップアイドルに輝いた元・花色エトワールのメンバーたちとの直接対決も待っている。あるみと同じく桜子の過去を知る新しい仲間、マネージャーの苦労、地下アイドルとファンのリアルな関係なども描かれる。
アイドル好きもそうでない人にも、ジャンプのバトルものが好きな人にも、ぜひ読んでもらいたい。そしてアイドルがアイドルであり続けたい理由、なぜ人はアイドルのファンになるのかを、この作品で知ってほしいのだ。
文=古林恭