医療者差別をうけ、感染リスクは高いまま……。過酷な状況下で、ナースはなにを思うのか
公開日:2021/7/1

国内で初めて新型コロナウイルスに感染した患者が確認された2020年1月。その日から医療従事者を取り巻く世界は、急速に変化したといっても過言ではないだろう。そして、いまもその変化は続いている。
『コロナ禍でもナース続けられますか』(竹書房)の著者・あさひゆりさんは、北海道ではたらく現役の看護師だ。彼女がコロナ禍に本書を描いた理由は1つ。コロナ禍で起こった病院での出来事や、それに携わる医療従事者の思いを、1人でも多くの人に知ってほしかったからである。本書には、あさひさんの職場で起きた1年間の出来事と、その時々の思いが事細かに綴られている。
新型コロナウイルスが蔓延し始めたころ、あさひさん達看護師が最初に直面した問題は「医療物資の不足」だ。当時はSNSでひとたび噂が流れれば、さまざまな物が一瞬でお店から姿を消した。特にマスクやアルコール消毒液、ハンドソープはどこの店でも売り切れ、1箱1,000円前後ほどだったマスクは3,000~5,000円ほどに跳ね上がった。きっとまだ多くの人の記憶に残っているのではないだろうか。あさひさんの病院でも、マスクだけではなく防護服、グローブ、キャップなど医療従事者以外があまり使う機会のない物資も不足したという。市販の商品を各自で購入してしのぐも、長くは続かない。いつどこで新型コロナウイルスと接触するかわからない医療従事者にとって、医療物資の不足はかなり深刻な問題だった。
そんな苦境に追い打ちをかけたのが、医療従事者の離職だ。彼女達の職場でも「自分の身を守れずにコロナウイルスと闘うのは怖い」と、大勢の看護師が辞めていったという。それに反して、コロナウイルス感染疑いの患者は増える一方……。あまりの苦境と未知の恐怖に涙を流す看護師も少なくなかった。
誰が見ても苦しい状況。怖くないと言えば嘘になる。ただこれ以上怯えているのも良くない。「もう受け身でいるのはやめよう」と彼女達は決意する。「売ってないなら、自分達で作ればいい」という発想から、自前で感染防止グッズを作成する。看護師の数は戻らないが、自分の身を守る手段ならなんとかできると考えたのだ。
ちなみにキャップはキッチンペーパーで、顔全体を守るフェイスガードはクリアファイルで、体を覆う防護服はゴミ袋を切り貼りしたという。普段使っているものと比べればいささか頼りないが、「何も装着しないよりはマシ」という思いの方が強かったという。彼女達はこうした工夫を続け、なんとか医療物資不足を切り抜けることができた。
作中では他にも「病院経営難によるリストラの危機」や「医療従事者とその家族への差別」「看護師のコロナウイルス感染」「患者の受け入れ拒否」といった問題が彼女達を襲う。中でも衝撃的だったのは、医療者家族への差別問題だ。作中では、あさひさんの同僚看護師・森さん、伊藤さん家族の日常の一端が描かれるが、それぞれの家族が受けた差別は、思わず目を伏せたくなってしまう内容だった。
ただ彼女達は、いまも看護師としてはたらき続けている。なぜ心身ともに過酷な日々を強いられながらも、離職せずに続けていられるのだろうか。その理由は、本書最後のエピソードに綴られている。彼女達の思いをぜひ、実際に読んで確かめていただきたい。
「確かに、新型コロナウイルスは怖いよ。でも看護師の仕事って誰でもできるわけじゃないから、もう無理だって心の底から思うまでは頑張ってみるつもり」
僕は少し前まで看護師としてはたらいていた。これは昨年、1回目の緊急事態宣言中に、かつての同僚看護師から聞いた言葉だ。あれから約1年、僕に「怖い」と告げた同僚は、いまも離職することなく新型コロナウイルスと闘う医療従事者として、最前線に立ち続けている。本当に1日でも早くこの状況が終息してくれること、そしてあさひさん達を含む医療従事者に、以前のような日常が戻ってきてくれることを願うばかりだ。
文=トヤカン