マンガ家・河惣益巳の40年以上続く大作『ツーリング・エクスプレス』の新作、OR編でリアルなヨーロッパの描写を堪能!
公開日:2022/2/2

マンガ家・河惣益巳氏による長きにわたり続く大作『ツーリング・エクスプレス』(河惣益巳/白泉社)の最新作、OR編が発売された。本作は1981年から始まったシリーズで、河惣氏のデビュー作。河惣氏といえば、大国に渦巻く陰謀を描くサスペンス『蜻蛉』や、古代中国が舞台のファンタジー『火輪』などがあるが、この『ツーリング・エクスプレス』は、なんと40年以上も続いている。女性のような美貌を持つ男性・シャルルを主人公に、殺し屋ディーンとの恋を描いた物語。また、シリーズを通して、世界の政治や経済、宗教、文化、社会問題を取り扱う重厚さも魅力となっている。
OR編では、パリのノートルダム大聖堂の火災を受けて、その修復、再生に奔走する人々が描かれる。同時に、歴史あるマフィアのドラマチックな人間関係が描かれる。
長編作品となると、途中から読むのを敬遠してしまいがちだが、本作はOR編からいきなり読んでも問題ない。読み進めるうちに、誰が敵で誰が味方なのか、登場人物のポジションが自然とわかるように構成されている。
また、本シリーズの特筆すべき魅力は、なんといってもディテールのリアルな描写だろう。現実でも起こったノートルダム大聖堂の火災はもちろん、登場するあらゆるものが、現実とリンクし、まさにそこに“存在する”ようなリアリティーを感じるのである。
中でも、食べ物のシーンはぜひとも楽しんでほしいポイント。マディオ家のパオロが育てるブドウ畑のシーンなんかは圧巻だ。ピッカピカの素晴らしいブドウを嬉しそうに収穫するパオロ。このブドウのなんとおいしそうなことか。ブドウ自体がよくないと、ワインもおいしいものにはならない、と語りながら摘んでいく。このシーンを見ながら、今すぐワインボトルを開けたい気分になるのだ。このほかにも、シチリア島のアンテナショップで売られる名産品、バーでの食事のシーンなど、ページをめくるたびにヨーロッパの美食への思いが募る。登場人物のひとりが、「日本式のベントー」を買ってきたと、いわゆる駅弁のようなお弁当を嬉しそうに食べるシーンも素晴らしい。
命を狙うマフィアからの逃走、ノートルダム大聖堂の再建のさなかにうごめく各人の思惑など、ハラハラする展開に身を任せつつ、おいしそうな食べ物もぜひとも堪能してほしい。リアルで忠実な描写ゆえに、食欲や旅行欲を刺激される一冊なのだ。
文=朝井麻由美