年下美形美容師×年上地味顔男子、幼馴染同士の一途なジレ恋!『その肌の熱さをおぼえてる』
公開日:2022/3/14

一歩進んだ関係になりたいけれど、相手に気持ちを伝えてしまえば、今のままではいられなくなる。言いたいけど言えなくて、想いばかりが募っていく。友情にも愛にもない、まさに“恋”だけが持つその焦れったさを存分に味わえるのが、『その肌の熱さをおぼえてる』(ジョゼ/白泉社)という作品だ。
美容師の弦は、長いこと不毛な片想いを続けている。相手は、年上地味顔の幼馴染・幸太郎──彼もまた、報われない想いを抱えている。よく似た兄弟だと言われる弦と奏だが、幸太郎がずっと好きなのは、ノンケで、今となっては妻帯者の奏なのだ。
弦は、幸太郎に対する自分の気持ちを言葉にしない。表に出してしまったが最後、恋は終わりを迎えるばかりか、幼馴染でさえいられなくなるかもしれないから。この関係を壊すくらいなら、現状維持が一番いい……そんなふうに考えていたある夜、弦は兄からの呼び出しを受けて、居酒屋に出向く。すると、そこにはすでに酔っ払った幸太郎が。彼を酔わせた兄の奏も、酔って「離婚するかも」などと言うではないか。
奏に呼ばれれば駆けつけ、離婚するかもしれないと聞いて、ほんのりよろこんでいるふうの幸太郎。だが、弦に言わせれば、幸太郎は兄に夢を見ている。いくら幸太郎と近い距離でじゃれていても、奏は生来、男を愛する人間ではない。離婚したところで、幸太郎に望みはないのだ。兄に触れられて頬を染める幸太郎に、つい意地の悪いことを言ってしまう弦だったが、事態はさらに悪化する。帰宅するはずだった幸太郎と奏が、泥酔の挙句、ホテルへと入ってしまったのだった。
あわてて幸太郎と兄を追い、同じ部屋へと入る弦。しかし、幼馴染を介抱しようとした弦に、幸太郎は抱きついてキスをしてくる──「もう諦めたつもりでいたんだ ようやく普通の幼馴染みとしてそばにいられるようになったと思ったのに バカみたいだ」。兄を想い、切ない涙を浮かべる幸太郎を、弦はたまらず抱いてしまう。ところが、夜が明けてみると、記憶を失くすほど酔っていた幸太郎は、自分が肌を重ねた相手を、兄の奏だと勘違いしていたのだ。
兄と間違えられることも、幸太郎の恋の悩みを聞かされることにも慣れている。けれど、交わした熱さえもなかったことにされるなんて、とても耐えられそうにない。こんな恋なんてもう、うんざりだ。弦はそんな気持ちから、幸太郎と距離を取ることにしたのだが……。
諦めることができたら楽なのに、それができれば苦労はしない。淡い期待は、甘くやさしい地獄みたいだ。とはいえ、好きだからこそ、求める気持ちは止められない。ずっとこのままでいたくても、過ぎゆく時間は、変わりゆく世界は、停滞を許さない。その実感があるからなおさら、「変えられない」を超えてゆこうとする彼らの熱は、わたしたちの胸に迫る。繊細な表現で綴られる、幼馴染同士の一途な恋──人でも夢でも目標でも、なにかに焦がれた経験のある人ならば、誰もが共感できる物語だ。
文=三田ゆき