“普通じゃない”2人が紡ぐ普通の幸せ……恋を知らない猫紳士ד山の化け物“のお嬢さんの物語
公開日:2022/3/26

自分のまわりにある世界が自分に適しているとは限らない。人はその「周囲」が全てだと思ってしまいがちで、そうした場合、「自分は社会不適合者だ」「自分と合う相手なんて存在しない」と殻にこもってしまうことも多い。しかし大抵は少数派であったとしても隠れた“仲間”がいるもので、本当はそういう人ほど誰かの“特別”になっていく――のかもしれない。
『小さな紳士と山の化け物』(ぬら次郎/KADOKAWA)は、そんな孤独と戦いながら生きてきた、恋を知らない猫紳士と“山の化け物”のお嬢さんの物語。TwitterやコミックNewtypeで連載されているフルカラー漫画で、『猫パン日記 幸せを運ぶねこと厄よびパンダ』(KADOKAWA)などでも人気の著者・ぬら次郎さんのTwitterフォロワー数は8万人を超えている。
本作品の主人公は、紳士的な性格でありながらもイマイチ恋愛感情に疎く、周囲になじめない猫紳士・ネロ。物語序盤の懇親会でも、久々に会った知り合いに「このあと二人だけでのみにいかない?」と誘われ、「あまりお酒は飲まない」「このあと用事があって」と断ってしらけさせてしまった。

ネロは懇親会の会場をあとにし、そのまま「恋愛感情なんて自分には存在するんだろうか…」とどこか空虚な気持ちを抱えつつ、山を越えた先にある町へと向かう。しかしその途中、風に帽子が飛ばされしまった。それをキャッチしたのが、大きな爪に大きな体の鋭い牙を持つ“山の化け物”のお嬢さんだったのだ。お嬢さんは朗らかな笑顔でネロに話しかけたが、ネロは最初、驚きと恐怖のあまり固まってしまう。


結果、お嬢さんは泣いて謝りながら逃げ去ってしまった。だが、ネロはお嬢さんの朗らかな笑顔、そして去り際に見せた悲しげな涙が忘れられず、そこで生まれて初めて相手のことを知りたいと願った。つまり、お嬢さんに恋をしたのだ。ここからネロは、事あるごとに山に通うようになる。そしてお嬢さんもまた、ネロがやってくるのを楽しみにするようになる。
街では恐ろしい噂を立てられているお嬢さんの優しさ、可愛さに触れるたび、ネロの心に喜びが満ちていく。お嬢さんに貰った木の実でジャムを作ってお返ししたり、ハムをお裾分けしたり、クリスマスにはターキーを持っていったり。ネロはお嬢さんが美味しそうに食事をする姿が大好きな様子だ。

そしてお嬢さんもまた、自分が捕った魚をネロと一緒に食べたり、行方不明の父親が残してくれた「フユの木」の実を特別に分けてあげたりと、ネロが喜んでくれることに喜びを感じていく。ネロは周囲の仲間と馴染めず、お嬢さんは山にひとりぼっち。孤独という共通した心の闇を抱えているからこそ、寄り添うことが、相手を思って行動することが、自分自身の支えにもなっていく。
ネロとお嬢さんがありのままの相手を受け入れ、喜びや楽しみ、そして寂しさまでも分かち合おうとする姿を見ていると、こうした相手がいることの大切さを改めて感じさせられる。もしもネロが最初にお嬢さんに出会った時、「噂」だけを信じて彼女の声に耳を傾けなかったら。それ以降、山に近づかなかったら。そしたらこの関係性は生まれなかった。筆者は、実は運命の出会いほどこうした狭い道の先にあるのではないか、と常々感じている。
また、話が進むにつれて、少しずつお嬢さんにまつわる謎の片鱗も描かれていく。

お嬢さんはいったい何者なのか。彼女の父親はどこにいったのか……。散りばめられた謎に、読めば読むほど続きが気になってしまう。この『小さな紳士と山の化け物』は、ネロとお嬢さんの関係は、まだまだ始まったばかり。今後どんな展開になっていくのか、ネロの初恋は無事成就するのか、引き続き2人を見守りたい。
文=月乃雫