人間の透明な心の美しさに光をあてる――伊図透さんの最新傑作短篇集『分光器』の読みどころ

マンガ

公開日:2022/4/15

分光器
『分光器』(伊図透/KADOKAWA)

 伊図透さんの最新短編集『分光器』(KADOKAWA)の作品には、一貫して透明度の高い人々が登場する。そして、その透明度の高い人々の意志や姿勢を前に、自身の濁りや錆に気付く人々の内面を繊細に描く。

 透明度の高い人々は嘘や妥協といった濁りを心に混ぜるのがへただから、社会で生きていくのが難しい。その不器用さゆえに周囲から誤解されたり、搾取されたりする。一方、彼らが透明に生き続ける姿は代えがたい美しさを放っていて、その価値を感受できる人にとっては、かけがえのない存在だ。

 韓国人留学生の友との最後の大晦日を描いた「箱型丸目」。ある人の“笑顔”が忘れられない男の葛藤と決断に焦点をあてた「星が奴を殺す、その前に」。生命の循環を独自の世界観で切り取る詩的な作品、「堰」。そして長編「エイス」と過去作「靴ひもを結べ!」の番外編を加えた5つの作品が収録されている。

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 あらためて、伊図透さんが描く人間の多面性が好きだと思う一冊だった。理念に基づいて罪を背負う覚悟、相手の正しさよりも弱さを知りたいと願うきもち、あらゆる矛盾からにじみ出るその人の本質。シンプルな描写が、登場人物たちの背景に対する読者の想像力を掻き立てる。漫画だからこそ生み出せる緩急や静寂を活かし、言語化できない人間の美しさを余すところなく伝えてくれる。

 表題の分光器が光の強度を測定する機器であることを、恥ずかしながら本作品をきっかけに知った。光には無数の色が含まれていて、波長ごとに分けることで強度を測定できるらしい。

 ただ単に“白”と捉えられる光を分け、そこに内包された色を見出す行為は、人々が真摯に向き合い、わかりあおうとする営みと近しいように思えた。無数の色を秘めた人間の可能性を通し、自分自身の波長や強さを教えてくれるような本作品が、読者の皆さんの透き通る心に届きますように。

文=宿木雪樹