24年ぶりの『ONE PIECE』監督作! 谷口悟朗監督の今作への想いとは?

アニメ

公開日:2022/8/9

監督・谷口悟朗さん

 谷口さんの監督デビュー作品はテレビアニメが放送開始する前年、「ジャンプ・スーパー・アニメツアーʼ98」で上映された『ONE PIECE 倒せ! 海賊ギャンザック』。『ONE PIECE』初のアニメ化作品だった。それから24年、ご自身の原点ともいえる作品に改めて触れて、どんな想いを抱いたのか。お話をうかがった。

取材・文=立花もも 写真=川口宗道

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 はじめて原作の第1話を読んだとき、谷口さんは“ジャンルありき”の描かれ方をしていないことに強い好感を抱いたという。

「テレビアニメの第1話は、ルフィがすでに海賊として海に出ているところから始まり、能力もわりとすぐに明かされますよね。これによって視聴者は、海賊が主人公の冒険譚、アクションものなんだなと理解し、安心して先を観続けることができます。だけど原作は、1話を読み終えてみないと、物語がどう展開していくのか、どんなジャンルとして受け止めていいのか、わからない。かわりに、ルフィの子ども時代をまず描き出すことで、彼が何を背負って冒険に挑もうとしているのか、そのキャラクター像とテーマを読者にしっかりと提示していたんです。事件性やアトラクション感を伝えたテレビアニメに対して、原作はドラマで第1話を始めた。これを『週刊少年ジャンプ』で、しかも初の連載作品で採用した尾田さんには敬意を表しますし、正直、テレビアニメも同じように貫いてほしかったと思ったこともあります。でも、より多くの視聴者を巻き込むためにはあれが正解だった、というのも理解できる。じゃあ、今の私が第1話を制作するとしたらいったい、どちらを採用するのか? ……というのは、今なお答えを出すことのできない宿題。だから、『ONE PIECE』は私自身にとってある種の因縁を抱える作品でもあるんです」

互いの信念を懸けて戦うことが、勝利することよりも重要

 そんな思い入れの深い作品の劇場版を24年ぶりに監督することとなった谷口さん。制作にあたって意識していたのは“より強い信念を持つ者が勝つ”という、第1話から通底しているテーマだという。

「『ONE PIECE』の世界に生きる人たちは、痛いから泣くわけじゃない。悲しいから、ともまた違う。それぞれが抱いている揺るぎない信念が、敵側の信念を前に打ちのめされてしまったときに、泣くんです。悔しくて、たまらないから。悲劇的なことが起きて泣くのも、止めることのできなかった自分自身に対する悔しさからですよね。だから物語では、敵とぶつかりあうことが、勝利を手にすること以上に重要なんです。世の中には、人を傷つけることを躊躇しない人間もいて、みんながみんな優しさに満ち溢れているわけじゃない。それでも自分たちなりの信念や正義を背負って貫こうとすること自体が美しいし、その姿を見せ続けることによって、次世代に引き継がれていくものがあるかもしれない。それが『ONE PIECE』の核だと私は思っているので、今作においても、ルフィがなぜ戦わざるを得なくなったのか、信念の部分をいちばん大事にしたいと思いました。あと、明るいシーンはできるだけ明るくしてあげたい。彼らが未来に見出そうとしているのは、明るい色で彩られる世界だろうから、ですね」

 今作でルフィが対峙するのは、世界中で愛される歌姫で、“シャンクスの娘”でもあるウタ。「映画で伝説のジジイ描くのもう疲れたんだよ!(笑)」という尾田さんの言葉を受けて生まれたキャラクターだという。世界中の人々を幸せにしたい彼女の願いが暴走して起きる事件は、これまでの劇場版で描かれてきたものとは違う切なさを孕んでいる。そんな彼女の想いを、劇中、さまざまな歌で表現するのが、Adoさんだ。

「ウタの歌声は、ただ美しいだけでも、情念だけが全開でも成立しないんですよ。健やかな朗らかさがありながら、薄皮一枚めくるといろいろな感情が噴き出してきて、さらにその奥を探ると揺るぎない芯が見えてくる。そんな歌声で、かつ、いろんな曲を歌い分けられるのは、Adoさんしかいないと思いました。ルフィと再会したウタは、子どものころと同じように本気のチキンレースで遊んだり、溌剌とした勝気な少女ですが、自分の立場をよく自覚したうえで、まわりからどう見られるのかを常に意識しているのだろう、という側面も、Adoさんの歌声を通じてより明確に浮かび上がってきました。そんなAdoさんの、曲ごとに異なる響きにあわせて、名塚さんがセリフまわしを繊細に調整してくださったおかげで、ウタの存在感と魅力はぐっと増したように思います」

『ONE PIECE FILM RED』ルフィ

『ONE PIECE FILM RED』ウタ
今作でルフィが相対するものとは――。揺るぎない信念のぶつかりあいに注目だ。

融通無碍―自由自在に誰もが生きられる作品の魅力

 改めて『ONE PIECE』の世界に深く潜ったことで得た手ごたえや実感はあっただろうか。

「尾田栄一郎という男はね、基本的に陽キャなんですよ。一緒に肉を食えばみんな友達、みたいな、まさにルフィたちに通じる明るくてらいのないところがある。なのに仕事は個人作業。対して私は、どちらかというと陰キャなタイプ。だけど仕事は集団作業。そんな尾田さんと私が100%お互いを理解する日なんて、あるんだろうかと思っているんですが……それでも私たちは『ONE PIECE』という作品を通じて、手をとりあうことができるんですよね。それは、読者のみなさんも同じだと思うんです。自分の属性や性格がどんなものであれ、『ONE PIECE』の世界に入り込んでも、それなりに居場所が見つけられるような気がしませんか。それは、どんな個性のキャラクターも、たとえイヤな奴だったとしても、作品のなかではその人なりの信念をもって生きている姿が描かれているから。誰のことも阻害しない、融通無碍の世界観がこの作品の最大の魅力なんだなと、改めて感じました」

 それは最初に谷口さんが言った、ジャンルありきで物語が始まっていない、というところにも通じる気がする。

「これは異能力バトルものです、海賊たちが頂点を競い合う物語です、と最初から提示するような描き方をされていたら、これほど世界中の読者に愛されることはなかったかもしれませんね。実は劇中、ウタのライブシーンで“これはさすがに世界観を逸脱しているかも”と懸念した箇所がいくつかないわけではないんですよ。物語の進行とはまた別に、世界の歌姫が立つにふさわしい舞台としてつくりこみたかったので、曲ごとにコンセプトが伝わるよう演出を変え、本格的に振り付けをし、曲が流れていない場面でも明るく楽しく、しかもセットリストも部分的に作ってあります。ただ、それが作品世界になじめるかどうか……というのを危惧していたんですね。でも、多少世界観を逸脱したとしても、それすらすら面白がってくれる懐の深さが『ONE PIECE』にはあるんだな、と感じました。そういう意味で今作は、『ONE PIECE』に一度も触れたことのない人、かつては読んで/観ていたけど途中で離脱してしまったという人にも、思いっきり楽しんでいただけるキャパシティのある映画に仕上がっていると思います。どうしても事前学習がしたいなら、1巻……いや、1話だけ読んでいただければ十分だと思います。自宅では味わうことのできない、5・1ch環境で味わうウタのライブとあわせて、どうぞ物語をご堪能ください」

『ONE PIECE FILM RED』ウタ

『ONE PIECE FILM RED』ウタ
歌声も通して表現されるウタの想い。ウタが歌う主題歌&劇中歌全7曲のMVも順次配信中!

谷口悟朗
たにぐち・ごろう●1966年、愛知県生まれ。アニメーション監督・演出家。代表作に『無限のリヴァイアス』『プラネテス』『コードギアス 反逆のルルーシュ』『純潔のマリア』など。

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