残される家族が「お別れのつらさ」を乗り越えるためには。看護師の漫画家・明さんが語る、幸せな最期の迎え方《インタビュー》

マンガ

公開日:2022/10/30

いのちの教室 あなたの最期が私に教えてくれたこと
いのちの教室 あなたの最期が私に教えてくれたこと』(明/集英社)

 コミックエッセイ「漫画家しながらツアーナースしています。」シリーズ(集英社)で、学校や団体の課外活動などに付き添ってケアをする看護師・ツアーナースというお仕事について描き、注目を浴びた漫画家の明(ミン)さん。

 最新作は、急性期病棟に勤めていた頃の経験を描いた『いのちの教室 あなたの最期が私に教えてくれたこと』(集英社)。病棟で看取った患者やその家族とのやりとりが描かれ、自分や身近な人の“生と死”について考えさせられる内容となっている。

 後悔しない最期の迎え方、大切な人との悔いのないお別れ、そして残された人たちがその後も幸せに生きていくには、今、何をするべきだろうか。

 インタビューでは、誰しもいつかは経験する“お別れ”のアドバイスや、看護師をしながら漫画家を続ける日常などについて伺った。

(取材・文=吉田あき)

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常に「死」と隣り合わせの看護師時代

いのちの教室 あなたの最期が私に教えてくれたこと p.8

いのちの教室 あなたの最期が私に教えてくれたこと p.9

——前作『漫画家しながらツアーナースしています。 現役ナース・先生・ママの“推し”セレクション』は、小学校の修学旅行などに付き添い、子どもたちの病気や怪我に向き合うエピソードがメインでした。今作は、前作の明るいタッチは残しつつ、さまざまな人の最期に向き合った経験を描いた、重みのある内容ですね。

明さん(以下、明):「漫画で看護のことを伝えたい」という気持ちが常にあるのですが、編集さんと話をしながら、次回作で「死」というテーマに絞ることにしました。誰しもいつかは経験するし、病気より伝わりやすいテーマかもしれないと。私自身、身近な人を立て続けに亡くした後だったので。落ち込んでいて、こんな状態で描けるのかと迷いもありましたが、描くことで自分の気持ちと向き合えるかもしれない、と思いました。

——漫画家デビューした時期のことも描かれていて、当時は「医療系の漫画を描くのは苦手」という葛藤もあったそうですが、実際に描いてみてどうでしたか?

:今回のようなテーマで描くと、どうしたって当時のつらい気持ちを思い出すことになるし、「現実世界で目の当たりにするつらいことをエンタメの世界では見たくない」という気持ちがあり、葛藤はありました。でも実際は、「あの患者さんのこういうところが素敵だったな」とか「こういうことを教えてもらったな」とか、いい思い出もたくさんあるんですよね。今は描いて良かったと感じています。

——「死」はもちろん私たちの周りにもありますが、病棟では看取りを行うことが日常で、常に「死」と向き合っていたことがわかります。

:急性期病棟の場合、多くの方は回復して退院されますが、中には最期を迎えられる方も…。1日に何件も救急車が入ってくると、「死」や「病気」はこんなに身近で、頻繁にあるものなんだと実感しました。やはり看取りの時はしんどかったですね。看護師になりたての頃はプライベートでも仕事を引きずるタイプで、看取りの直後はずっと虚無感があるし、元気が出ない。何も手につかず、ぼーっとすることもありました。

——そんな時、漫画を描くことで気持ちを落ち着かせることもあったとか。

:はい。ぼーっとするよりは体を動かそうと思って、「手を動かす」ことを始めました。絵を描くことは小さな頃から好きだったので、自分にとってはいちばんなじみ深かったんだと思います。描いているうちに、だんだんと絵のほうに集中するようになって、仕事の感情から抜け出せるようになりました。

患者と家族の意見が異なる現実

いのちの教室 あなたの最期が私に教えてくれたこと p.93

——本の中にはさまざまなお別れが描かれていますね。患者さんの性格や環境、家族との関係などによって、お別れの仕方は全然違ってくる、ということが伝わります。

:看護の現場にいなかったら想像することもできなかっただろうな、と感じる経験がたくさんあって、私自身も驚くことばかりでした。

——患者さんは自宅で最期を迎えたいけど、家族は介護ができない…など、患者さんと家族の意見が違うこともあり、一人ひとりの気持ちを尊重することは難しい、という現実をまざまざと見せつけられました。

:「2人は仲がいいから…」「意思疎通ができているだろうから…」「患者の○○さんが言うのなら…」と、考えてしまいがちだったんですが、違う人間だから当然、考え方は違っていて。家族であっても一人ひとり違う存在なんだ、ということを改めて教えられました。

——そのことに患者さん自身やご家族も葛藤されていて。看護師として、その状況にどうやって向き合っていますか。

:患者さんが「家族は○○と言っています」と教えてくれたり、ご家族が患者さんのことを「○○と考えていると思います」と言う場合でも、できるだけ本人の口から意思を確認したいなと思っています。また、言葉で表現されることが必ずしも本音だとは限らないので、「よく見て」「そばにいて、肌で感じて」など、言葉以外の観察も大切にしています。簡単なことではないので、時間をかけて接していくしかないのかなと。自分だけで解決しようとしないで、先輩や上司など、周りの人も頼りにしながらチームみんなで取り組んでいます。

「○○できた」が残された人たちの支えに

——お別れがつらい、という事実を変えることはできないからこそ、「患者さんやご家族のつらさを少しでも楽にすることが看護」という言葉もありました。

:正解はわかりませんが、私は残される家族が、亡くなる方のために、「○○できた」と思えることがひとつでもあれば、慰めになるかなと思いました。だから、可能な限り、最期を迎える方が元気なうちに希望を聞いて、見送る方々がそれを実現できるように支援しています。看取った後に「○○できて良かったですね」とお声をかけると、「何もできないと思っていたけど、そんなことなかった」とお話しされる方も多くいらっしゃいました。

 お別れの後の「髪をとかしてあげられた」など、ちょっとした体験でもいいと思うんです。その方の心を少しでも支えられるような接し方を心がけています。

——そんな中、ご自身の祖父母とのお別れも体験されて。直後はなかなか現実に向き合えなかったそうですね。

:祖父母の写真を見ることもできなかったし、生活がおろそかになるくらい落ち込んでしまいました。そんな時に『いのちの教室』の連載を始めたのですが、不安だらけで心が乱れてばかりでしたね。その時の心境を描いたのが最終話です。

 描き終えてからしばらくして、祖父母の写真をフォトフレームに入れて飾り直し、その時初めて、ひと区切りついたように感じました。当時を思い出しながら描くのはつらかったけど、描く中で「○○してあげられた」という良い面も思い出すことができて…。うん、描いて良かったです。

最善を尽くして、後悔をひとつでもなくす

いのちの教室 あなたの最期が私に教えてくれたこと p.76

いのちの教室 あなたの最期が私に教えてくれたこと p.77

——お別れのつらさを和らげるために、私たちにもできることはありますか?

:誰かを看取るのって心が消耗するんです。でも残された人は、どんなにつらくても生きていかなければいけない。看取った後も生きていく自分や家族のためにも、「○○できた」をひとつでも残せるのがいいと思います。生きているうちにすべてをやりつくすのは難しいことなので、後悔をひとつ増やすよりも、「〇〇できた」がひとつ増えたほうがいいなと感じています。

 自分の最期も同じだと思っていて、私がいなくなった後、家族が少しでも早く立ち直ってほしいので、「○○してくれてありがとう」「嬉しかった」「幸せだった」をたくさん伝えたいなと思っています。

 がむしゃらではエネルギーが枯渇してしまうので、何かひとつでも。でも、できることならたくさんがいい。だから、最期が近づいてからではなく、今から積み重ねるのがいいと思います。ありきたりな言葉になりますが、ひとつずつ、最善を尽くして。

——命の重みとともに、命に真剣に向き合う人たちのエネルギーも感じられる漫画ですね。感じ方は人それぞれですが、明さんご自身は、患者さんやご家族の姿を見て、「輝くいのち」「そう感じるのが私らしさ」と表現されています。

:患者さんの頑張る姿に自分の理想を重ねたり、本音と現実の狭間で葛藤したり……私の体験をもとにしたエッセイなので、それを自分らしくストレートに表現していますが、人によって感じ方は違うと思います。もし違っていたとしても、それがきっと、その方らしさだと思います。読者さん一人ひとりが、それぞれのエピソードにどんな自分らしさを感じ取っていただけるのか、ドキドキしつつもちょっと楽しみです。

漫画で看護を伝える気持ちは忘れたくない

いのちの教室 あなたの最期が私に教えてくれたこと p.108

いのちの教室 あなたの最期が私に教えてくれたこと p.109

——幼い頃から漫画家に憧れつつ、自分にはなれないと考えていたそうですが、実際に漫画家になってみて、どう感じていますか?

:今も「無理じゃないかな」と思いながらやっていますよ(笑)。でも楽しいし、「なんだかんだやれてる」ことが自信になっています。

——看護師と漫画家を同時に続ける大変さとは?

:大変そうってよく言われますが、働き方の選択肢が増えたので、むしろ気持ちが楽になりました。漫画家として医療分野が描けるという強みもありますし。自分のライフステージに合わせて柔軟に働き方を選べるので、看護師だけをしている頃よりも、うんと生きやすくなった気がします。

——漫画家として影響を受けた作品はありますか? Twitterでは、趣味で展覧会を回った感想なども発信されていますね。

:先輩であるすべての漫画家さんから影響を受けていますし、展覧会では生の原稿を見たり、作者の意図に触れられたりして、漫画とはまた違った気づきがあります。それが「私もチャレンジしてみたい」という意欲につながるので、学ぶ上でも、モチベーションを高める上でも、展覧会は欠かせませんね。今年は、フェルメールやボテロなどの絵画展の他、乙嫁語り、コジコジ、水木しげる展、ベルばら、セーラームーン、NANAなど漫画作品の展示会にも行きました。

——これから描いてみたい漫画はありますか?

:これまでは「看護師だから」ととらわれすぎるところがあったので、そこから抜け出して、漫画家として、もうワンステップ成長したいなと感じています。もちろん、漫画で看護を伝えたいという気持ちは忘れず、看護師としての誇りを持って、新しい作品を作りたいですね。

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