引退後のプロ野球選手が医学部に進学⁉ いま、驚きのセカンドキャリアが増える理由とは

ビジネス

公開日:2022/12/29

 

人生をすべて野球に捧げたあとの〝その後〟。引退後のプロ野球選手は、いま何をしているのか――
長年野球業界に関わり様々な書籍を執筆してきた松永多佳倫さんに、世間的にもハイソサエティとされる異業種で頑張る元野球選手たちの生きざまについてお話を伺いました。

取材・文=澤井一

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 野球を題材にした著書を多く手がけてきた松永多佳倫が、ビジネスパーソンや子育て世代にエールを送るべく『第二の人生で勝ち組になる 前職:プロ野球選手』を刊行。プロ野球の世界に飛び込むも、壮絶な生き残り競争に挫け、ハイソサエティな業種を選んだ5人の元選手の葛藤や決断を通じて、感動と勇気が湧き上がる。

「どんな状況でも、どんな世界でも、自分の努力次第でなんとでもなる、ということを書きたくて本書を企画しました。ひと昔前は、引退したプロ野球選手の不祥事も少なくなかったので、いまだにネガティブなイメージを持っている人もいると思います。でも、頑張って道を切り拓いている人もたくさんいるんです。そういう人たちに光を当てたかったという思いも強いですね」

本書に登場する元選手たちが選んだ第二の人生は、公認会計士、大学医学部進学、会社経営など。野球選手のセカンドキャリアは、以前と比べて多様化してきているという。

「前は“引退したら飲食業へ”みたいな選手が多かったんです。でも、いまでは“飲食業は参入のハードルが低い割に経営を維持するのが難しい”と野球界で知られるように。それと同時に、インターネットが普及して、野球界からかけ離れた分野の情報に触れる機会が増え、選手の視野が広がったことがセカンドキャリアの多様化に影響していると思います。若手選手は、SNSを使ってセルフプロデュースするのが当たり前の時代です。その延長で、セカンドキャリアをしっかり考える選手が増えた印象も。今回取材したのは、そうした状況に絶妙な反応を見せた5人。彼らの言動から、第二の人生で勝ち組になるヒントを感じ取ってほしいですね」

 プロ入り前の栄光や未来への期待、プロ入り後の思いもよらない挫折と勇気ある決断など。緻密な取材を元に書かれた五者五様の人間ドラマは、野球にそれほど詳しくない読者も、その熱量の高さに心が動くはず。

「よく“ものすごい取材力ですね”と言われるんですけど、自分ではよく分からないんです。ただ、関係者の話を聞きにいったり、過去にメディア露出した際の情報をチェックしたりといった周辺取材には力を入れています。最近は、ネット炎上や個人叩きを警戒する人が多くて、いい話が聞けても実名入りのコメントを書けないことが増えてきました。そういう時は、カギ括弧でくくらずに地の文に紛れさせながら執筆を。本書でも、そのテクニックは多用しています(笑)」

輝きのためにもがき続ける その姿に強く惹かれる

 取材と執筆を通じて見えてきた5人の共通点とは? そう尋ねると、松永さんは迷うことなく「克己心です」と答えてくれた。

「本書に登場する5人は、とにかく前向きで失敗を恐れないタイプ。横道に外れてしまう人って、失敗の恐怖から逃れたくて余計なことを考えてしまいがちなんですけど、彼らにはそれがない。また、引退を余儀なくされるなかで、自ら率先してドン底に落ちることを選んでいるのも5人に共通していた部分でした。意識的に限りなく落ちることで立ち上がらざるを得なくなる……、それがある種の勝利の方程式なのだろうと思わされましたね。“行く”と決めた時の勢いと根拠なき自信も似ていました。命を取られる訳でもないし、行く時は行けばいいんだと、私も彼らから学びました」

 選手時代、どん底を経験した5人の“もがき”。野球選手のみならず、多くのトップアスリートを取材してきた松永さんだから描ける“もがき”の描写にも深みがある。

「夢を追いかけて挫折したり、恋に破れたり、人間誰しも壁にぶつかって“もがき”を経験していますよね。それはアスリートも同じ。むしろ勝利の栄光なんて一瞬です。その一瞬を味わうために、トップアスリートはみっともないくらいもがいているーー、その姿が私にはかっこよく見えるんです。だからこそ追いかけたくなる。そして、壮絶な経験をしてきたからこそ、ちょっとした発言にも重みが生まれます。イップスが原因で、19歳で戦力外通告を受けた第4章の島孝明さんが取材中にふとつぶやいた“どうせ言っても伝わらない”という一言はものすごく印象に残りました。経験した者にしか分からない苦しみに書くことで寄り添いたいですし、そういう人間がいるのを知ってもらえたらうれしいです」

次の一歩を踏み出す勇気が必要なときに読んでほしい

 セカンドキャリアで成功するために何が必要なのかを感じ取れる本書。もうひと頑張りするための活力が欲しい人、一歩踏み出す勇気が欲しい人に“効く一冊”だ。

「人間は脆く、失敗を恐れるもの。でも恐れていいし、落ちた先に次がある。大事なのは次の一歩を踏み出すこと。支えてくれる人の声を聞けば勇気を持って踏み出せますし、近くに頼れる人がいないときはこの本を読んで5人から力をもらってほしいです。新たな生き方を探している中高年の方や、プロスポーツ選手を目指すお子さんを持つ親御さんにも読んでいただければ。これまでの自分は、ただただ面白く書くこうとしてきたのですが、今回は読んでくださる方の人生にプラスになるような内容を意識しました。本書の執筆を通じて、自分自身も成長できたと感じています」

【プロフィール】
まつなが・たかりん●1968年、岐阜県生まれ。野球を題材にした著書を多く刊行。『沖縄を変えた男 栽弘義――高校野球に捧げた生涯』(集英社)は映画化されて話題に。

【目次】
第1章 寺田光輝
とにかくやれ!挑戦の人生こそ誠あり
26歳でプロ入りも、2年でクビになってからの医学部進学
第2章 奥村武博
どんな状況でも、変われるきっかけが必ずある
9年間勉強を続け、元プロ野球選手初の公認会計士に
第3章 松谷竜二郎
業界未経験、“三十三歳の新人”が社長になるまで
素人から年商160億円の会社社長へ
第4章 島考明
ある日突然、身体が動かなくなったら
育成契約オファーを蹴って引退し、
研究者になるため大学進学
第5章 大嶋匠
もし、野球経験ゼロでプロ野球選手にスカウトされたら
ソフトボール界からプロ野球界へ入り、
難関試験を突破して地方公務員に