その人形は、真実を語るという── 人形遣いと姫様人形が江戸の謎に挑む!

新刊著者インタビュー

2016/10/6

「お話を考える時は、いつもぐるぐると街を歩き回るんです。歩きながらぼんやりいろいろなことを考え、ある程度まとまったら喫茶店に入って書き留めて。ある時、いつものように歩いていたら、ふと文楽人形のポスターが目に飛び込んできたんです。それはもう、とてもきれいな横顔で。そこから人形が登場するお話を考えつきました」

畠中 恵

はたけなか・めぐみ●1959年、高知県生まれ。2001年、『しゃばけ』で第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞し、小説家デビュー。同作は新しい妖怪時代小説として絶大な支持を受け、人気シリーズに。16年、同シリーズで第1回吉川英治文庫賞を受賞。他の著作に『つくもがみ貸します』『ゆめつげ』『まんまこと』などがある。
 

「しゃばけ」シリーズをはじめ、数々の時代小説をものしてきた畠中さんが、このたび描くのは人形遣いの月草と姫様人形お華の物語。ビードロのように煌く瞳で真実を見抜く“まことの華姫”が、江戸両国の見世物小屋で夜ごと話芸を繰り広げる。

「ひとつ頭にあったのが、いっこく堂さんのような腹話術です。当時こうした見世物はなかったようですが、華やかな姫様人形で腹話術する出し物があったら、江戸で受けるのではないかと思いました。それに、人形には不思議な存在感がありますよね。夜の見世物小屋は、蝋燭を立てても暗かったと思います。人形の顔は胡粉で真っ白ですから、お客さんの目も自然そちらに向かったでしょう。ゆらめくような蝋燭の灯りの下、お華が話すとなればその言葉を信じてみたい気持ちになるかもしれません。『“まことの華姫”なんて噂に過ぎない』と言われても、『でも本当かもしれない』と思ってしまうんです」

 とはいえこの小説、お華が“まこと”を見透かす眼で謎を解く……という捕物帳ではないのがユニークなところ。見世物小屋の客がお華に向かって話をすると、いつしか自分の気持ちに整理がついてくる。さらにお華や周囲の助言もあって、やがて悩みや迷いが振り払われていく。

「『名探偵 皆を集めて さてと言い』というのとはちょっと違いますね。自分が弱っている時ほどお華の言葉を信じてみたくなるという点では、占いに通じるものがあるかもしれません。それに、このお話自体ミステリーとも言い切れないんです。推理あり、見聞あり、人情ありといろいろ入っています」
 

習俗を交えて描かれる江戸を生きる人々の思い

 これまで数多くの小説を執筆してきた畠中さんだが、意外にも女性主人公を描くのは初めてだとか。そのため、しっくりくるまで何度も書き直したという。

「短編で書いたことはありますが、一冊まるごとは初めて。月草とお華のコンビを考え、お話を考えて、その行ったり来たりのうちにだんだんと世界観や周りの人たちの日常ができあがっていきました」

 影が薄くておとなしい月草と、そんな彼に小気味よい突っ込みを入れるお華。月草の一人二役なのだが、凸凹コンビのような対照的なキャラクターも面白い。

「月草は一見するとヘタレですよね(笑)。中身はしっかりしているのかもしれませんが、しっかりした部分はお華に取られているのかな。文楽の人形遣いをされている方とお話ししたところ、『人形がいるから舞台に立てる』とおっしゃっていました。月草も、下手したらお華を頼っているところがありますよね。お華がいるから落ち着いていられるんだと思います」

 両国の見世物小屋を仕切る地回りの親分の娘・お夏も、物語に華を添えている。収録された5編のうち、表題作「まことの華姫」ではお夏が姉・おそのの死をめぐる謎の真相を探っていく。

「いかにも江戸らしい、火事のお話です。当時と今では、まず消し方が違います。木造なので燃えるのも早いので、かなり手前のほうから家ごと打ち壊していくんです。まだ燃えていないところまで壊すわけですから、大ごとですよね。火付けなんてしようものなら重罪でした。でもその割に、火付けをする人が後を絶たないのが江戸の怖いところ。そういった世界を描いてみようと思いました」

 大火事で幼子を失った夫婦が実の子どもを捜す「十人いた」、西国から来た若旦那が出奔した親友かつ義兄を追う「西国からの客」、お華が本当に千里眼を持っていると信じ込んだ客による騒動「夢買い」と続くうち、やがて月草が人形師を辞めて人形遣いになった理由も明らかに。子どもの着物の背中に魔除けとしてつける“背守り”、江戸と大坂の跡継ぎ事情の違いなど当時の習俗を交えながら、時に軽やかに、時にしんみりと江戸を生きる人々の思い、彼らをめぐる謎が描きだされていく。

 そして最終話「昔から来た死」では、月草の過去にまつわるエピソードが語られる。月草が江戸に流れ着き、この地を自分の居場所と定める経緯に、胸が、目頭がじんわり熱くなる。

「食い詰めた人が流れていくのは、大きな都市です。当時なら江戸か大坂でしょう。しかも、江戸は参勤交代で流入してくる人がとても多いので、よそ者が居つきやすかったと思うんです。だからこそ、お華いわく『お江戸は“大丈夫な町”』。行く当てがない人を受け入れ、離れても大丈夫な時が来たらさらりと去っていける町なんです。月草も息をつきやすかったのではないでしょうか」