「一度解散して良かったと今は思う」サニーデイ・サービス刊行トークショー(後編)

音楽

2017/10/8

 一緒にレコード屋に並んだり、好きなレコードを電話口で聞かせ合ったりした若かりし日の話。アルバム制作の裏側や、HIPHOPや漫画作品から受けた意外な影響の話。さらにはドロドロの解散劇まで、包み隠さず記録したサニーデイ・サービスの単行本『青春狂走曲』(サニーデイ・サービス 北沢夏音/スタンド・ブックス)。

 サニーデイ・サービスは、曽我部恵一(vo,g)、田中貴(b)、丸山晴茂(dr)からなるロックバンドで、1995年『若者たち』でアルバムデビュー。本書を執筆したのは、デビュー当時から同バンドを追ってきたライターの北沢夏音さんで、結成から25年間の3人のメンバーの人生を辿る内容。90年代に発表した原稿や、解散2年後のルポなどに加え、2016年から2017年に行った約40時間のインタビューをもとに構成している。

 著者の北沢さんと、メンバーの曽我部さん、田中さんが行なった刊行記念トークイベントの前編を先日お届けしたが、その続編を公開する。

晴茂くんが体調悪くなろうと何しようと「じゃあバイバイ」とはならない

 トークショーの後半では、サニーデイ・サービスが2000年まで所属していたレコード会社・ミディの話に。ミディは坂本龍一、大貫妙子、EPO、矢野顕子らが所属してきた名門のレコード会社。「ほんとに偏差値の高いレコード会社で。それが僕らとか、僕らの前に入ったElectric Glass Balloonあたりからおかしくなっていく(笑)。そのエレグラ(Electric Glass Balloon)に、晴茂くんが所属していたんです」と曽我部さん。

一方で、丸山さんの脱退後にElectric Glass Balloonのドラムになったのは、サニーデイ・サービスにサポートで加わっていた角田亮次さんだった……というややこしい経緯がある。この丸山さん加入の経緯を、田中さんは次のように振り返る。

「角田くんはうまくて器用だから、渡邊さん(渡邊文武さん。ミディ時代のサニーデイ・サービス担当ディレクター)が『じゃあエレグラでもちょっと叩いてよ』って頼んだら、エレグラが忙しくなっちゃって。それでサニーデイのレコーディングに来られなくなっちゃったんですよ。そこから渡邊さんがサニーデイのドラマーを探しはじめて、『あ、暇そうにしているやつがいる』って呼んできたのが晴茂くんだったんです(笑)」

そんな経緯で加入が決まった丸山さんだったが、曽我部さんはそのドラムの上手さに驚くとともに、「バイブスが本当にピタッと来たんだよね」と、その出会いを振り返っている。「すぐ兄弟みたいになっちゃったというか。晴茂くんもそう思ったと思うし」という関係は、解散・再結成を経て現在にまで続いている。

好きなパンクやネオアコみたいに自分たちで何かを一からつくり上げたい

 また、ミディというレコード会社は、お正月はみんなで事務所に集まって、みんなで飯を食って飲みと、90年代とは思えないのどかな雰囲気だったという。そんな事務所の雰囲気はサニーデイ・サービスにも大きな影響を与えたそうだ。

 その当時を振り返りながら「大きい会社だったらこういう音楽じゃなかった……とまでは言えないけど、すごく影響は受けたし。ほんっっとに、やりたいことやらせてくれたよね」と語る曽我部さん。本書の中でも触れられているが、そんな自由な空気の中では、レコーディングが押しに押してCDの発売が遅れ、ツアーが先に始まってしまったこともあったとか。

 さらに話題は、メンバー3人を中心に手探りで進めていたレコーディングの話に。「『MUGEN』なんかは、すごーく時間が掛かったんですよ。スライ(スライ&ザ・ファミリー・ストーン)みたいな音像にしたかったんだけど、現場にプロが誰もいなかったから。エンジニアリングをしていたのは、まだ若いアシスタント・エンジニアと僕の2人だったんです。そこにプロやディレクターさんがいたら、もっと早く完成する道があったと思うんだけど、野放しでスタジオで入れてもらえたのは、すごく面白かった。いざ出来上がったものは、子どもが手作りしたような音質だったんですけど(笑)」と曽我部さん。

本書の中では、丸山さんと田中さんの視点からも、レコーディング時の楽しさや苦悩が語られている。3人の物事の見方はそれぞれ異なっている部分もあり、そこから時にすれ違いが生まれる切なさも、この本の物語からは感じられた。

 そしてトークショーは、90年代にメジャーで大ヒットを飛ばしていたMr.Childrenやスピッツとの比較も交えながら、「サニーデイ・サービスとほかのバンドの違い」へと話題が移っていく。「そういったバンドのメインのソングライターは、すげえいい曲書くし、すげえいい歌を歌うんだけど、商品として、何の引っ掛かりもなく売れるような音づくりを担当していたのは、腕利きのプロデューサー。それがサニーデイにはいなかったよね」と北沢さん。

それに対して2人は、「いなかったし、僕らは自分たちで何かを一からつくり上げないと、まったく意味がないと思ってた。僕らが好きだった、パンクやネオアコみたいな音楽は全部そうだったから。『プロデューサー入れたら良くなるよ』とか、周りの誰も言わなかったしね」(曽我部さん)「当時は全然考えてもいなかったね」(田中さん)と話す。

先述のように、「現場にプロが誰もいなかった」というレコーディングは苦難の連続だったが、それはサニーデイ・サービスが自ら選んだ道でもあった。曽我部さんが「子どもが手作りしたような音質だった」というアルバム『MUGEN』についても、「音色が凄くいい」と好意的に受け止める人も多いそう。「頑張って上手くできなかった結果の音なんだけど、それが良かったりすることもあるんだろうな、とも思って」と曽我部さん。

 また曽我部さんは「スタイリストは絶対付けない」「スタジオで写真は撮らない」といった点にもこだわってきたと話す。少し前の世代がバンドブームで、「ロックスターがカッコいい音楽をやるのが普通」という時代だったため、「そのへんの大学生みたいなのがパッとギター持って、パッといい曲をやるっていうのが、なんか一番ロマンがある気がした」(曽我部さん)とのことだ。このような、サニーデイ・サービスの音楽の背景にあるDIYの思想は、曽我部さんがインディーズレーベル「ROSE RECORDS」を立ち上げたことにも繋がっていくものに感じられた。

「70歳でもいい感じのご夫婦」みたいなバンドになれたらいい

 そして解散の顛末や、そこに至るバンドの険悪な雰囲気も『青春狂走曲』には赤裸々に描写されている。破局に向かう過程は読んでいても辛くなる内容だが、曽我部さんは「僕は解散したことが、すごくよかったなと思うんですよ。解散前のあのテンションをずーっとやっていたら、たぶんおかしくなっていたと思うから」と話す。

さらに曽我部さんが「解散すべくして解散したんだろうし。いってみたら、今は戦後みたいな感じなんだよね。焼け野原から少しずつ復興しているというか…」と続けると、「じゃあ、もうすぐ高度経済成長になる(笑)」と北沢さん。その言葉に「なりますよ。いや、ほんとにほんとに!」と即座に返した曽我部さんの姿からは、解散と再結成を経て、バンドに対する思いがさらに強くなっていることが感じられた。

 「一回リセットして、気持ちとしてもバンドを終わらせたことで、もう一回始まることができたことが、すごくよかったなと今は思っています。色々なことがあったけど、最終的には“70歳ぐらいでもいい感じのご夫婦”のようなバンドになりたい」と曽我部さん。解散はファンにとって、何よりバンドにとっても悲しい出来事だったが、今はその過去も前向きに捉えることができている。解散により一度はバラバラになり、それぞれ別の道を歩んできた3人の人生が、「またサニーデイ・サービスに集約されてきている」(北沢さん)という現在進行系の物語が『青春狂走曲』なのだ。

「2人のアー写を撮ったときが一番さみしかったね」

 現在、曽我部さんと田中さんの2人は、丸山さんが戻ってくるのを待ちながら、サニーデイ・サービスの活動を続けている。このトークショーの日も、曽我部さんの作った曲に田中さんがベースの音を入れていたそうだ。「でもそのレコーディングも、晴茂くんが一緒にいたら、すぐにいいのができそうな感じがあって。歌ものっぽい曲だったから、曽我部も歌いながら3人が同時に鳴らして、探り合って、『もう1回しか録らないよ!』みたいな感じで曲を作る良さって、やっぱりあるじゃないですか」と田中さん。

 そんな丸山さんが不在の今が、「勝負の時期なんだ…」と曽我部さん。2016年のアルバムの『DANCE TO YOU』も、「『やっぱり晴茂くんがいないとサニーデイ駄目でしょ」と言われたりせず、『サニーデイ、やっぱりいいね』って言われるものを意地でも作りたい」という思いで製作に望んでいたという。

 そんなメンバーの話を聞きながら、「俺も、サニーデイのライブ見ているときって、完全に1人のファンに返っているのね。だからサポートドラムの人がいかに上手でも、なんか正直さみしいものはある」「早く復帰してほしいな」と語る北沢さん。それに対し、曽我部さんは「2人だけのアー写を撮ったときが一番さみしかったね」と話しながらも、「急がなくてもいいかなあ、と思いますけどね。晴茂くんの気持ちが一番大事だから」と丸山さんを思いやる一面も垣間見れた。

単行本『青春狂走曲』では、メンバー3人の出会いも、解散に前後したそれぞれの人生の浮き沈みも赤裸々に描かれている。バンドのヒストリーブックであるとともに、サニーデイ・サービスが3人組のバンドであり、そのバンドに一人ひとりが人生の大半を注いできた……という事実に胸が熱くなる内容だ。この日のトークショーも、「DNAは違うんだけど、何か家族みたいな感じがあるんだよね。だから晴茂くんが体調悪くなろうが何しようが、『じゃあバイバイ』ってはなんないよね」(曽我部さん)という言葉が飛び出したように、3人が積み重ねてきた時間と、そこで生まれた絆の深さが感じられる内容だった。

文=古澤誠一郎