4年ぶりにして大傑作。4thアルバム『Curiosity』は、「まめぐ」が進む道をまっすぐに照らす――中島 愛インタビュー

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公開日:2018/2/14

 素晴らしいポップアルバムだ。中島 愛、4年ぶりとなる4thアルバム『Curiosity』(2月14日リリース)。数々のJ-POPの名盤を手がけてきた田村充義をプロデューサーに迎えた本作には、普遍性を備えたポップソングと、シンガー・中島 愛の新たな一面が垣間見える歌声が詰まっている。これまでに中島 愛が発表してきた3枚のフルアルバムのタイトルは、『I love you』『Be With You』『Thank You』。文字通り、目の前にいる「あなた」=聴き手との深くて濃いコミュニケーションが成立していて、パーソナルであるがゆえに惹きつけられる作品だった。一方で、初めて「You」を掲げていない『Curiosity』は、広く届くべき楽曲と、中島 愛が音楽に向かう前向きなモードが反映されていて、「目の前のあなた」と「まだ見ぬあなた」、そのどちらにも突き刺さるアルバムになっている。昨年まで、およそ3年間活動を休止していたエピソードが示す通り、中島 愛は決して器用な表現者ではない。むしろ、とても頑固な人でさえある。だけど彼女は今、「やっぱり歌が好き」という想いを携えて、前向きに、まっすぐに歩き始めた。『Curiosity』は、「まめぐ」が進む道を照らす――そんな明るさを湛えた1枚の背景に迫ってみた。

自分のことしか考えてないアルバムです(笑)。中島 愛にとって自分のことしか考えてないのは、かなりいい傾向だと思う

──聴いていてこんなに幸せな気持ちになるアルバム、なかなかないですよ。

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中島:そうですか! 幸せな気持ちになっていただけました?

──なりました。

中島:それはよかったです。明るい気持ちになってもらうのが一番ですから。

──作ってる側の幸せが伝わってくるんですよ。だから、聴いている人もポジティブな気持ちになれる。すごく視界が開けた感じもするし。端的に言って最高なんですが、満足感はあるのでは?

中島:そうですね。この方向性でやりきった手応えはありますね。ポップスとは、みたいな方向にずんずん行って、わりと王道を攻め込んだ感じになっているので。ど直球の道をこれだけ歩けたぞっていう充足感は、すごくあります。

──もともとこのアルバムにはどういうビジョンを持って臨んだんですか?

中島:誤解を怖れずに言うなら、なかったです。音楽が好きな人を唸らせるようなタイプのジャンルに思いっきり行くべきなのか、「いやいや、そうじゃないだろう」なのか、わたしひとりで考えていた時点では答えが出ていなくて。去年の夏頃のタイミングで、今回アルバムのプロデュースを手がけてくださった田村充義さんと出会うんですけど、わたし、田村さんがディレクターとしてインタビューを受けている本や雑誌を以前からすごく読んでまして。特に小泉今日子さんが大好きなので、キョンキョンさんにまつわる雑誌とか本で、田村さんがディレクター目線でキョンキョンを語る、みたいなインタビューをずっと読んでいて、「いいなあ」って思ってたんです。そのご本人にプロデュースしてもらえるということで、とてっも嬉しかったんですけど、お話しているうちに、「王道」っていう言葉が田村さんから出てきて。今この時代に戻るべきところは王道のポップスである、と。そこで決意が固まったというか、「これだけ時代の先の先を読み続けてきた人が言うんだったらきっとそうだ」という信頼のもと、そうしようって決めた感じですね。

──なるほど。その時点で――なんだろう、言葉を選ばないといけないんだけど。

中島:選ばなくていいですよ(笑)。

──僕のイメージですよ? 中島 愛という人は、王道を歩んできた人ではないと思うんです。

中島:わたしも、そう思います。

──なのに、王道という言葉がストンときた。以前なら、抵抗してたかもしれないですよね。「王道? 自分にできる?」みたいな。でも、今はすんなり受け入れられた。それはなぜ?

中島:ああ、なんででしょうね? ……売れたい、から?。

──ははは。

中島:(笑)自分としてはあまりセールス面の野心がないのが悩みでもあるんですけど、「売りたいと思ってくれる人がいる。嬉しい。そういう人たちのためにも売れたい」っていう感じでしょうか。王道にしっくりきたのは、ひとつは田村さんをすごく尊敬していたからですね。キョンキョンさんのアルバムって、同じ時代のどのアイドルとも違うんですよ。置きに行っていないアルバムばかりなんですね。そういうアルバムを、きっと田村さんが主導で作ってきたんだろうな、という信頼感があって。もうひとつは、わたしから発想できることばかりをやっていても面白くないのかな、と思ったから。

──タイトルの話ですが、今までの3枚は「You」が必ず入ってましたよね。

中島:入ってました。田村さんから『Curiosity』っていうタイトルが出てくる前に、「『love』と『you』からは一旦離れたい」と思ってたんですよね。

──まあ、「You」から離れるのは必然ですけどね。4年前と心のありようが違うのに、同じことをする意味がないわけで。

中島:ある意味、好奇心って定義がゆるくていい言葉だなって思っていて。何をやってもいいっていう感じがあるんですよ。「You」って入ってると、特定の誰かがわたしの目の前にいて、その人に何を与えられるか、何をもらうか、みたいな関係性が浮かんでくるので。

──ただ、逆に言うと、実は今までの「You」って入っていた3枚のアルバムよりも『Curiosity』のほうが「You」を感じるんですけどね。

中島:あ、ほんとですか? それはどういったところに?

──「You」って、複数も「You」で表せますよね。このアルバムは、そっちに向かっている。範囲の広いyouに向かっているアルバムだな、と思うし、新しい人に出会いたいんだ、という意思を感じますね、逆に過去の3枚は、必然的に「You」が入っていたと思うんですよ。それはパーソナルな意味での「You」で、当時は目の前のyouしか見えていない人のアルバムだったわけです。

中島:ああ、そうですね。そうだと思います。

──だから、「You」とつける必要があった。でも、パーソナルなところにとどまらないものを作れているのが今回のアルバム、というか。とはいえ、ひとりひとりとの関係性は変わらないと思うんです。

中島:うん、変わらないと思います。そもそも歌う上でのスタンスは変わってないと思うので。

──だから今までのyouにも届くし、新しいyouにも届く、それが『Curiosity』である、と。

中島:なるほど! いや、その感想、このアルバムを表してる気がします。今回はある意味、受け取る人がどう思うのかを気にしないようにしてました。わたしはけっこう気にするほうだし、それを考えるのも好きなんですけど、そうやって予防線を張るのはやめたほうがいいタイミングだな、と思ったので、あえて受け手の人がどう思うか、とか、これを求められているだろう、っていうことは、全然考えずに歌ってます。自分のことしか考えてないアルバムです(笑)。中島 愛にとって、自分のことしか考えてないのは、かなりいい傾向だと思います。

──最初に、視界が開けたという話をしたじゃないですか。なぜ開けることができたんでしょうね。

中島:やっぱり、わたしは歌が好きなんだと思います。それを保持するために、歌い続けられる場所をこれからも作っていきたいから開拓していきたいって思えるようになった、のかな。それは、プロの歌手として歌うところから一度離れてるから、そう思えるようになったんだと思います。今までは、恵まれた環境にいたと思うんですが、まわりの大人が先にわたしの聞いてくれていたんですよね。「こいつ人の話聞かないな」って思われていたとも思うし。それって、誰かが言うことに応えられるだけの力量が自分にあると思えなかったのも、けっこう大きいのかも。「あなたはそう言うけど、わたしには無理ですよ」みたいな返事になってしまったり。

──今の話は二文字に集約されますよね。前回も話したけど、とにかく「頑固」だったと。

中島:そうですね。今作は、まわりの人がわたしの頑固さを溶かしてくれたと思います。わたしが変わったというより、まわりの人が一生懸命お湯をかけてくれたんだと思う(笑)。「かけないで~! わたし、溶けるんです~!」みたいな感じで。で、かけられちゃったら「あ、溶けるのもいいなあ」みたいな(笑)。

──文字にしたとき、意味がわからないかも(笑)。

中島:フリーズドライの卵スープを想像してください(笑)。自分で溶かせないから、「困ったなあ」って思ってたんですね。「この方向に行ったら自分がほどけるかも」っていう方向に自力で行ってみようとするけど、全然届かなかったんですよね。たぶん、それをサポートしてくれる人をすごく待ってるタイミングだったと思います。「全然違うものになれるんじゃん!」みたいな喜びを感じられたのも、まわりの方のおかげですね。「そのタイミングでいい選択なのであれば、どんどん溶かしてくれ!」っていう。

──頑固は頑固だけど、質が違うっていう。だし、前も言ったけど、頑固さは美点ですから。

中島:あっ、そうでしたね。そう、あれからは美点ということにしてますよ。

──漬け物石のように持って歩く、と言ってましたね。

中島:昨日、「明日は取材だ」としゃべった内容を思い出して、家に帰って郵便ポストを開けながら、「あれからもずっと漬け物石持ってるなあ」と思って、とぼとぼ自分のお部屋に帰るっていう(笑)。

──ははは。

中島:ポストを閉めながら「わたし、なんであのとき漬け物石なんて言葉が出てきたんだろう。まだ持ってるわ~」、ガチャン、みたいな感じでした(笑)。

このアルバムの曲を歌うわたしを見てほしい

──M-1の“サブマリーン”は久々のラスマス・フェイバーさんとの曲で、とってもいいですよね。この曲調で歌詞のテーマが「潜水艦」って、なかなか衝撃的ですけど(笑)。

中島:(笑)ほんと、びっくりしました。わたしが歌っているラスマスさんの曲の中でもあれだけハッピーで光に満ちた楽曲に、「潜水艦」とくる、晴一さん(作詞の新藤晴一)のセンスですよね。そのギャップに腰が抜けそうになったし、逆に最初は「どう歌ったらいいんだろう」って思いました。ラスマスさんが曲で主張したいことと、晴一さんが歌詞で主張したいことがそれぞれある気がして、その真ん中に立ってどちらも吸い上げた上で表現したいけど、それってどこにあるんだろうっていう意味で、すごく難しい曲ではありました。でも、この曲の真ん中に立てるのはわたししかいないから。

──気持ちの置きどころとして、最終的な答えはどこに設定したんですか?

中島:田村さんからのボーカルディレクションがあって、「明るく歌って」って言われたんですよ。実はこの曲だけじゃなくて、他の曲も。「けっこう明るくしてるつもりだけど、その上を行かないと明るく聞こえないんだな」と思ったので、この曲はもうあっけらかんと歌おうっていうところに着地しました。歌詞に対して共感するところや抉られる部分、耳が痛い部分もいっぱいあるんですけど、全部かなぐり捨てて。とにかく「なんでもないよー」みたいな雰囲気で歌うのが、答えでした。

──「明るく歌って」っていうディレクションは、なんというか味わい深いですね。

中島:本質を突いてますよね(笑)。それを言われてない曲、ないと思います。「言葉がはっきり聞こえるように。あと、明るく歌って」「きたー……」って(笑)。

──(笑)まさにマジックワードですね。その一言がアルバムを変えたっていうことだから。

中島:そう思います。最初に言われた「明るく歌って」で打ちのめされ、考えて。「とにかくあっけらかんとやってみるかー!」みたいなほうに行ったら、“サブマリーン”がこうなりました。明るく歌うのって、あまり好きじゃなかったんですよ。曲の明るさに救われるというより、どちらかというと負の感情を救ってくれる、という意味で音楽を楽しむほうなので。でも、田村さんとの出会いで、だいぶ明るさが生まれてきたと思いますよ。

──このアルバムを通して、新しい自分を発見できた?

中島:そうですね。ちょっとずつ生まれてきました。なかったものを作ってもらった、と思ってます。このアルバムの途中くらいからですかね、今までは、わたしが楽しんでちゃいけないと思ってたけど、「仕事で歌うのは楽しいんだな」って思えるようになって(笑)。「ちゃんとそう思えてるじゃん」、っていう確認ができて。歌は楽しいってずっと思ってたんですけど、レコーディングやライブも楽しいと思っていいんだなって。

──楽しいと思えるようになった結果、すごく抜けのよさを感じるアルバムになってますね。

中島:うん。抜けがいいって、すごくいいですね。

──まず自信のなさがあって、真ん中には漬け物石という名の頑固さもドーンとあって。

中島:漬け物石はお友達ですからね。絶交しない限りは、近くにずっといます。

──(笑)漬け物石との付き合い方がわかった感じですかね。

中島:いい関係性です(笑)。「スライムかな?」みたいな感じでポイポーイとできるときもあれば、「ちょっと持ってみるか」って自分に負荷をかけて、「まあ、こういう自分も悪くないよね」みたいな頑固さを味わうときもあり。頑固さもエッセンスとしては非常に大事だと思うんですけど、今回は一回置いてます。

──「一回置いた」の象徴が、作詞も担当したM-12の“愛を灯して”ですよね。これは、とてつもなくいい曲ですよ。いや、いい曲にとどまらないな。感動の名曲です。

中島:嬉しいなあ。なんでですか?

──思うに、中島 愛という人は全然まっすぐ進めない人であって、ピンボールみたいな人なんです。

中島:ああ、いいですね。「人生、ピンボール」を座右の銘にしようかな(笑)。

──(笑)ピンボール「だった」ですね。ぶつかりながら、そのときどきのゴールにたどり着いてきた。でも“愛を灯して”という曲は、まっすぐなんです。葛藤もたくさんあったし、悩んだし、漬け物石の重さにも苦しんだ。結果、3年間休んで回り道もしたじゃないですか。歌が楽しいんだって気づくまで時間がかかったけど、ようやくこの人は前を向いてまっすぐ歩けるんだな、という感動ですね。

中島:ピンボールからやっと人間になれた感じがしますね(笑)。今までわたしに接してくれてた人は、この歌詞に驚くと思います。「こういうところあったんだ。よかったね」みたいな(笑)。最初はすごく無理して前向きさを出そうとしていて、そのタイミングで、制作の途中だったんですけど、お休みをいただいて、母の実家があるフィリピンに母と一緒に旅行に行ったんです。フィリピンではちょうど日本でいうお盆の時期だったんですが、亡くなった人をお迎えするために、家の前にたくさんキャンドルを灯しておくんですね。それを見ていて、“愛を灯して”っていう言葉が浮かんできて。わたしにとって、フィリピンに行って普段会えない家族や親戚と会ったりいとこと遊んだりするのは、すごく大事なことなんです。でも、祖父母が亡くなってしまったり、いとこはほとんど結婚してたりして実家を離れていたり、子どもの頃とはまったく状況が変わっていて、すごく寂しくなったんです。「変わらないものってないんだな」「ここに戻ってこられることをよりどころにしてたのに、帰ってきてもあの風景はないんだな」って思って、すごく寂しくなって。で、キャンドルをじーっと見ながら、「何かに期待しながら生きるのはやめよう」って思ったんです。

──「自分の足で歩いていかなきゃいけないんだ」と思った、と。

中島:そうです、そうです! 「この人がいるから大丈夫、この場所があるから大丈夫」を自分のよりどころにしちゃうと、そうじゃなくなったときに折れちゃったり、うらめしく思ったりするじゃないですか。思うように進めない自分に幻滅しちゃうわけですね。でも、まわりの人たちから受けてきた愛は本物だから、それを胸に灯しながら生きていったら、自分を自分でよりどころにしたら、健やかに生きていけるんじゃないかなって思ったんです。それにパッと気づいたときに、歌詞が書けました。なんかこう……また折れちゃうんじゃないかなっていう怖さがあったし、そうはなりたくないっていう決意表明というか、けじめをこのアルバムに入れておかないと、思って。自分の言葉でけじめをつけて次に行かないと、また同じことになるぞ、と思ったので。そうならないためには自分をよりどころにしましょうっていう、自分なりの結論を書いた感じです。

──とてもいいことですね。そして、このアルバムの曲たちを披露するツアーがありますけども。

中島:はい。ツアー自体、6年ぶりくらいなんですよ。恐ろしいですね(笑)。6年経ってもツアーをやらせてもらえること自体に、今のわたしは感謝の気持ちが止まらないです。ただ、最近わたしが悩んでることを発表しますと、自分にはサービス精神が足りないなって思ってるんです。「観てくれる人を納得させたい」と思って活動してきた側面がすごく大きくて。驚かせたいとか、いい意味で期待を裏切りたい、みたいな気持ちが、今まで自分の中にあまりなかったんですね。だから今回のライブは、ビックリしてほしい、裏切っていきたい、という目標を掲げてます。まずは「楽しそうに歌ってるなあ」って思ってほしい。それが、いいツアーの第一条件だと思うので。「とりあえず観に来てね」っていう気持ちです。

──このアルバムの曲を歌う自分には自信がある?

中島:うん。このアルバムの曲を歌うわたしを見てほしい。

──最後に決定的な言葉が出ました(笑)。「わたしを見てほしい」。素晴らしいじゃないですか。

中島:そう言って、自分にプレッシャーをかける戦法です。「もう言っちゃった」って(笑)。

取材・文=清水大輔 撮影=北島明(SPUTNIK)
ヘアメイク=松井祥子(addmix B.G)