葛藤と回り道を経て、アニソンシーンのど真ん中へ。4年ぶりのシングルが示す、充実の現在地――オーイシマサヨシ インタビュー

エンタメ

公開日:2018/5/23

『多田くんは恋をしない』 AT-Xほかにて毎週木曜21:00より放送中 (C)TADAKOI PARTNERS

 何年も前から、アニメ音楽のシーンでは才能あふれるクリエイターが数多く活躍しているが、オーイシマサヨシもそのひとり。そして彼は、年々その存在感を増し続けている。2000年代前半に活動していたバンド・Sound Schedule、ソロのシンガーソングライター・大石昌良、Tom-H@ckとのユニット・OxT、アニメ・ゲームコンテンツ楽曲を発表するときの名義であるオーイシマサヨシと、さまざまな場面で手腕を発揮してきたオーイシだが、日本中を席巻する大ヒットとなった『けものフレンズ』の“ようこそジャパリパークへ”に象徴されるように、今のオーイシマサヨシの楽曲には、「聴き手が欲しいもの」を正確に撃ち抜く抜群のポップセンスが備わっている。それは豊富な音楽キャリアに裏打ちされたものでもあるが、重要なのは、彼がどのような基本思想を持って音楽を作っているか、ということだ。オーイシマサヨシ名義としては4年ぶり、TVアニメ『多田くんは恋をしない』のオープニングテーマでもある最新シングル『オトモダチフィルム』(5月23日リリース)の発売を機に、オーイシマサヨシの音楽がどのように生み出されているか、ここまでの歩みも含めてじっくり語ってもらった。

今の自分が何に幸せや喜びを感じるかというと、人に必要とされること。それが一番嬉しい。

――オーイシマサヨシ名義での4年ぶりのシングル、リリースおめでとうございます。

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オーイシ:ありがとうございます。4年前に担当させていただいたのが『月刊少女野崎くん』というアニメのオープニングテーマ(“君じゃなきゃダメみたい”)で、その『野崎くん』のチームが一堂に会してアニメを制作するっていうことでお声がけいただいたのが今回の『多田くんは恋をしない』なんですけど、思い返してみたら、僕は『野崎くん』で初めてアニメソングを書かせていただいたんですよ。なので、けっこう思い入れが強いし、そのスタッフの皆さんと一緒に集まれたのは、非常に嬉しかったです。

――“君じゃなきゃダメみたい”はそれこそいろんな場所で歌ってきたと思うんですけど、4年経ってみて、オーイシさんの中で書いた当時と見え方は違ってたりしますか。

オーイシ:意外と変わらないかもしれないです。ただ、曲がひとり歩きする瞬間はすごく増えてますね。「『月刊少女野崎くん』を観てないけど“君じゃなきゃダメみたい”は知ってる」っていう方が、ここ最近増えた印象はあります。アニソンクラブのシーンで、ものすごく曲がかかってるっていう話もあって。お客さんのリアクションを見ていると、確かに熱量感はバージョンアップしてる感じがあるかもしれないです。わりと普遍的なポップス感がある曲なので、いくらこすっても色褪せない感じは、自分の中にもありますけどね。4年前によく作ったなあ、と思います。

――当時、なぜそこまでの曲が書けたんでしょうね。

オーイシ:『ダイヤのA』の主題歌を歌わさせていただいたときに、Tom-H@ckくんと出会って。そのときは、ボーカリストとして招集された感じだったんですけど、Tomくんと一緒にやることがアニメソングを歌うきっかけですね。そのときはアニソンを書いてるわけでもなかったけど、Tom-H@ckっていう名前自体のブランド力は当時から高かったので、「あの『けいおん!!』のTom-H@ckと一緒にパートナーを組むヤツだから、さぞかしいい曲を書くんやろうな」みたいな雰囲気が、業界の中でちょっと流れて(笑)。だから持つべきものは友達というか、Tom-H@ckだなあと、思います(笑)。今思い返してみると、『野崎くん』のときも「アニソンっぽくない曲を書いてくれ」みたいなオーダーがあって、当時練習してスキルを高めてたアコースティックギターのスラップをイントロに入れてみたら、意外と響いたところがあって。それが嬉しかったのは覚えてますね。

――アニメにつく音楽としては、間違いなく新しいものだったと思いますよ。

オーイシ:そうですね。で、それこそいろんな方々に評価をしていただいて、サブカル方面にも広がっていった感じはありました。当時は、「今の自分がカッコいいと思うこと」を一生懸命詰め込んで、オーイシ要素が100%詰まった楽曲になってるかなあ、と思います。従来のアニソンっぽさよりも、上質なJ-POPを作ろう、みたいな感覚でチームが動いてたので、それをまっとうした感じですね。

――アニソンのシーンへの登場のしかたという意味では、完全に異端児というか。

オーイシ:言っちゃえば、超遅咲きですからね。アニソン界に入ったのは33歳だし、なかなかないですよ。夢がありますよね(笑)、昔から知ってるディレクターさんとかにも「いやあ、オーイシくんは夢あるねえ」って言われるし(笑)。たとえばバンドが解散になったり、ソロ活動を始めても事務所を転々としたり――あまり苦労話をしたいわけではないんですけど、決して順風満帆だったわけではない音楽人生だったので。ひと通り、ふた通りくらい音楽のサイクルを経験させていただいて、スキルも含めてある程度成熟した上でアニソンシンガーとしてデビューしているので、自分で言うのもあれですけど、そういう意味では立ち回りが上手だったのかもしれない。たとえば、クライアントさんからいただく要望に対して用意できている引き出しの多さも、一連の経験の中で培われてきたことなのかなあ、と思いますし。

――実際、「アニソンシンガーであること」というのは、オーイシさんにとってのすべてではない、ということだと思うんですけども。

オーイシ:一部ですね。だから、気持ちが大きくなれたのかもしれないです。「何やっても大丈夫」みたいな開き直り感はあって。「この歳から新しいこと始めるんだから、どうせだったらはっちゃけよう」とか、「今までとはまったく別の角度からやってみよう」って思ったのは大きかったかもしれない。20、21歳くらいだったら「俺の音楽はこれなんだよ、よろしく」みたいな感じだったと思うんですけど、そういう意味では考え方も柔軟だったと思うし。「やらないと食えない」みたいなところはあったし、糧となる場所っていう感じでしたね。だから、生々しかったですよ。33、34歳くらいって、一度人生を考える時期だったりもするので。そういう時期にアニソン業界に入れたことは幸せだったなあ、と思います。

――そこに『野崎くん』の話があり、書いた曲が普遍性を伴ったとてもいい曲で、そこから自然とまわりに人が集まってきた。そんな印象がありますね。

オーイシ:そうですね、お声がけいただくようになって。今パッと思ったことがあるんですけど、僕、わらしべ長者かもしれないです(笑)。『ダイヤのA』の楽曲でTom-H@ckに出会って、次に“君じゃなきゃダメみたい”っていう『野崎くん』の楽曲を書きました。その後で、今度は他社のディレクターから、りぶくんっていう人気の歌い手さんの楽曲提供をお願いできませんか、という話をいただいて。で、同じディレクターさんから2016年くらいに僕に連絡が直接きて、「オーイシくん、『けものフレンズ』っていうアニメがあるんだけど、オープニング曲とか書いてみませんか」って言われて、「やりますやります」って言って、さらに裾野が広がった感じがあって。楽曲と人がつなげてくれたルートはありますね。

――その都度結果を出してきた、ということでもあると思うんですけど、背景にはさっき話してくれた「音楽で飯食わなきゃいけない」っていうリアルな話もあり。

オーイシ:ほんとにそれだと思いますね。僕、5年前までピザ屋さんでバイトしてましたから。そのピザ屋さんをやめたきっかけがあって、配達のときに「なんか見たことある名前だなあ」と思っていて、インターフォン押したら出てきたのが、21、22歳くらいのときについてくれてたマネージャーさんだったんです。もう恥ずかしくて、バイクでビザ屋さんに帰るときに号泣してしまって。「俺は東京に音楽をやりに来たんだ」って思って。で、ピザ屋さんに帰って店長さんに「すいません。今入ってるシフトでやめます」って言って辞めて、当時所属してた事務所も辞めて、そこから始めたのが音楽制作の仕事なんです。

 失礼な話なんですけど、最初はバイト感覚で楽曲提供やアレンジの仕事をしてましたね。それこそ、食うために。未だに、そのバイト感覚が抜けないです。もちろんきっちりやりますし、「満足のいくサービスを」って思ってるんですけど――他のクリエイターさんと話していて根本的に違うなって思うのは、楽曲提供の仕事にアートや芸術を求めてるかというと、僕にとってそれはたぶん1%くらいで、99%はエンタメなんですね。その先にいるユーザーさんをどう満足させるか、クライアントさんがどうリピーターになってくれるのか、そればかりを考えてますね。今の自分が何に幸せや喜びを感じるかというと、人に必要とされることなんです。それが一番嬉しくて。一度必要とされなくなったシチュエーションを経験してるので、余計にそう感じるのかもしれないですけど。お声がけいただけるなら、必要とされるならそこに全力を注ぐし、そういう意味では、どの作業も自己実現につながってる気がします。

――確かに「バイト」っていう言葉は軽く聞こえますけど、そこにはモチベーションとスキルが半端なく注がれてるっていう話であって、それはすごく正しいのかな、と思います。実際、オーダーに寄せたいと思っても、寄せるスキルがないと、いい作品は作れないわけですし。

オーイシ:そうですね。寄せつつもちょっと外して裏切りつつ、みたいなことも含めて上手に調和させるのは、やっぱり手腕ひとつだったりとかするので。なので、楽しくサービス業をさせていただいてる感じはあるかなあ。「人を喜ばせたい」っていう気持ちが芽生え始めたのが30歳を超えてからなんですけど、やっぱり人って、心が動くところに集まってくるんですね。で、集まったところに、それこそお金だったり人望だったり名誉だったりが付随してついてくるわけですけど、その根底には人を喜ばせる、人の心を動かそうとする、エンタメ心があると思ったりします。そこを見直したときに、自分に足りないものを考えたのが30代アタマの頃で、それはアニメ業界に入ってからも考えたことだったりしますね。昔を否定するわけじゃないけど、自分がカッコいいと思うものを追いかけ続けて、「俺は音楽だけ作ってたらいいや」とか、好き勝手やってた時期はありました。

――以前は、曲の中でやりたいと思っていたことは「人を喜ばせたい」ではなかった?

オーイシ:ではなかったですね。自分の中からふつふつとあふれ出るよくわからない衝動やアンチテーゼ、ちょっとパンキッシュな気持ちとかを、とにかくギターをかき鳴らして音符と言葉にぶつける感覚で、曲を書いてた覚えがあります。それこそ、自分の身をめっちゃ削ってたと思います。ファンの方に当時の写真を見せてもらったりすると、もうえげつないヤンキーなんですよね(笑)。たぶん街で会ったら絶対目を逸らすわ、みたいな。苦労してたんでしょうね(笑)。でもそれも歴史というか、そういう心の形じゃないと当時は曲も書けなかっただろうし、その後バンドは解散をするんですけども、それも自分の心がダメになってしまったからだったりして、なかなか当時にしか味わえない経験だったと思いますね。

――当時は世の中を妬んでいた、というか。それは少なくとも、ポジティブではないですよね。

オーイシ:全然違いましたね、超ネガティブでした。ネガティブであり、ナーバスでした。常に鉛色の雲が心に張ってる状態で毎日を過ごしてた気がします。

――だけれども、今は自然にエンタメを志向できている、と。

オーイシ:そうですね。やっぱり、人が集まるところに絶対幸せも集まるし、人が集まるきっかけ作りに自分も一役買えるような人間、クリエイターになりたい、とは常々思ってますね。楽しいの中心になる、とか。「ヤジを飛ばされてもいいから、とりあえずこのイベントに貢献したいなあ」とか。

――えげつないヤンキー時代とは別人になってますね(笑)。

オーイシ:いやあ、ヤバいですよね。人って変わるんですね(笑)。まだアニソンをやってなくて、シンガーソングライターだった30歳くらいのときに、あるアーティストと対バンして、自分よりも彼らのほうが動員があったんですよ。たとえば僕は50人呼んでたけど、彼は100人呼んでた、みたいな。そこにすごく差を感じてしまって。「人を呼ぶこと」に対していかに鈍感だったか気づかされて、そこから自分のステージングが変わってきたかなあって思います。彼らは、お客さんに対してサービスをしてたんですよね。それを、すごく真摯に、真っ直ぐ、ひたむきにやってたんです。「そりゃ、人増えるわ」と思って。自分は何をしてたかっていうと、好きだと思う音楽をただかき鳴らしてた感じで。

 さっき話した、元マネージャーにピザを配ったときに自分は目覚めたわけですけど、そういうきっかけがなかったらと思うと、ちょっとゾッとしますよね。そういう意味では、何かあるんでしょうね、何個か用意されてるターニングポイントみたいなものが。それに気づけるか気づけないか、気づける準備ができてるかどうか、そこは非常に大事なのかもしれないです。

――ここまで話を聞いてて「めちゃくちゃ持ってるな、この人」って思いました(笑)。

オーイシ:わらしべ長者ですから(笑)。

やり切った感があったので、どんな人に聴かれても恥ずかしくない楽曲だと思ってる

――新曲の“オトモダチフィルム”、激烈にキャッチーな曲に仕上がりましたね。

オーイシ:たまたま、『多田くんは恋をしない』の第1話のオープニングをスタジオのロビーのテレビで観てたんですけど、佐藤くん(佐藤純一/fhána)と田淵くん(田淵智也/UNISON SQUARE GARDEN)と一緒だったんです。そのときに、「相変わらず激烈キャッチーな曲書きますよね」ってふたりが僕に言ってくれて、僕は「そっくりそのままお返しします」って言ったんですけど(笑)。そのふたりに見ていただいても、ちゃんとやることやってるっていう自負があったので、観られて恥ずかしいとか緊張する感覚はなくて。やり残したことがあったりすると、「大丈夫かな?」って思ったりするんですけども、今回はわりとやり切った感があるので、どんな人に聴かれても恥ずかしくない楽曲だと思ってます。

――そう思える曲が作られるときって、きっと変なエゴがあったらダメだし、逆に媚びてても無理だろうな、と思います。それこそ、媚びるとサービスは全然違うわけで。

オーイシ:違うんですよねえ。サービスって、こちらに主導権があるんですよ、媚びてるときは、向こうに主導権がある。この違いは、芸人さんで言うところの「笑かす」と「笑われる」の違いと似てますよね。やっぱり、ちゃんと自分にイニシアティブがあって、そのコントロール下の中でお客さんを楽しませることができてこそサービスであって、それができるようになりたいなあ、とはいつも思いますね。

――媚びてる状態って、結果的に人が欲しいものをわかっていない状態なんじゃないですか。

オーイシ:ああ~、なるほどなるほど、確かにそうかも。的を射てないってことですよね。そういう意味では、今回のシングルはガッツリ当てにいってます。実は、表題曲はこれが第2稿で、第1稿はカップリングに入ってる“ぜんぶ君のせいだ”なんですよ。シナリオを第3話、4話くらいまでいただいて、まずその“ぜんぶ君のせいだ”を書いてアニメ制作チームに提出したら、「コミカルな要素が強すぎる」って言われて。「えっ、ラブコメっすよね?」みたいな(笑)。で、その後に最終話までのシナリオを全部読んでみたら、意外とラブの要素が強いんだな、と。僕的には「7:3くらいでコメディ」だと思ってたんですけど、「7:3でラブ」だったんですね。だから、「ラブに寄せたものを書き切らないとな」って思って臨んだのが“オトモダチフィルム”だったんですよ。自分的には、このシングルはダブルA面と言っても過言ではない感じで、両方とも自分的にはすごくよくできたと思うし、好きな曲です。

――それこそ、“君じゃなきゃダメみたい”と同じように、風化しない普遍的なよさが今回の2曲には詰まってますよね。その上で今っぽさもちゃんとある、アップデートもされてるっていう。

オーイシ:最近、僕の一番の長所はなんだろうなって思って、気づいたことがあったんですけど、とあるクリエイターに「オーイシくんの一番のよさって調和だよね」って言われたんです。総合的にバランスがいいのと、バランスを取ろうとする能力に長けてるっていう。現場でも、制作でもそうだし、「バランス能力が高い調和の人だよ」って言われて。「昭和の人みたいに言わんといて」って言ってたんですけど(笑)、なんとなくわかる気がしたんですよね。そういう意味では、今回も調和が取れてる楽曲なのかなあって思います。誰も傷つかない曲、誰もが幸せになれる曲になってるというか。

――まさにそうですね。えげつないヤンキーには絶対書けない、素晴らしいシングルですよ(笑)。

オーイシ:えげつないヤンキーはたぶん、最後「ぶっころ」で終わると思います(笑)。なんか、このインタビューを通して、「人って変われるんだよ」って言いたいですね。やっぱり、常にアップデートをしていかないとクリエイターとして飽きられてしまうし、今回の“オトモダチフィルム”ではいいアップデートができたかな、と思います。弦も含めて全アレンジと作詞作曲、さらに自分で歌唱までして作らせていただいてるので――こういう人、あまりいないと思うんですよね。そういう意味でも、100%オーイシマサヨシが楽しめる作品になってます。今までの歴史も含めつつ、その最先端が味わえる、オーイシなりのエンタメが、ここに詰まってると思います。

取材・文=清水大輔