みんなスゴくてカワイイ存在だった! 役に立たないけどためになる『胎児のはなし』――著者のお2人に聞いてみた!

出産・子育て

2019/4/12

 考えてみれば、経験していない人はいない。それなのに、その実態を詳しく知る人もほとんどいない──それが、赤ん坊になる前=胎児だったときのこと。『胎児のはなし』(最相葉月、増﨑英明/ミシマ社)は、すべての人類に関係が深い一冊だ。

 ノンフィクションライターの最相葉月氏が、胎児が“見える”時代の産婦人科界を牽引した元病院長で長崎大学名誉教授の増﨑英明氏に、「胎児とはなんぞや!?」という胎児のイロハや最新医療を聞き尽くした本書が生まれるまで──いわば本書の“胎児”時代を、おふたりに語ってもらった。

■「胎児、スッゲー!!!」という感動

──増﨑先生と最相さんは、どのように出会われたのでしょう?

最相葉月(以下、最相) 下北沢に、「ダーウィンルーム」という博物館ショップがあるんですが、そこで毎年、ダーウィンの誕生日の2月12日に至る数日間、「DARWIN DAY」というイベントを開催しているんですね。2018年の初日に増﨑先生が、翌日、私が登壇しまして。当時はおたがいの講演を聞けなかったのですが、イベントのコーディネーターである渡辺政隆さんに、増﨑先生が私の本を読んでくださっていると聞いて、メールでご紹介いただいたんです。

増﨑英明(以下、増﨑) ちょうど、森鴎外にすごく興味があったんです。星新一の本を読むと、森鴎外の妹が出てくるでしょう。その話を聞きたくてね。

最相 森鴎外の妹で歌人の小金井喜美子が、星新一のおばあさんなんです。私は星新一の評伝を書いているので(『星新一―一〇〇一話をつくった人』〈上〉〈下〉最相葉月/新潮社)、産婦人科医の方々が集まるシンポジウムでそのことをお話ししました。そのプログラムの最後に、教授として最後の年をお迎えになった増﨑先生が、この約40年間、どんなことをしてきたかというあゆみを語ってくださって、胎児の映像も拝見したんですね。それを見たときに、すごいインパクトを感じまして。それはもう、「すごい」じゃなくて「スッゲー!!!」という感じの(笑)。

増﨑 僕はふつうのことだと思っていたんですけどね、最相さんが「スゲー」って言ってくれるから(笑)。

最相 とくに、お父さんのDNAが胎児を通じてお母さんの体内に入るというお話は大変ショックでしたね。これは生物学的な事実として、人類史や生命史につながること。本当にすごいと思ったんです。

 同時に、お母さんとへその緒でつながったままの胎児を手術する映像も拝見しました。その赤ちゃんは、無事に生まれて大きくなっているそうです。今までは生まれてこなければわからなかったことが、超音波診断の技術によって、生まれる前にわかるようになった。今までは失われていた命が、生きられるようになったということです。

 こういったことを、私はぜんぜん知らなかったんですね。今、新型出生前診断のNIPTが話題になっていますが、これは一般の方々にも、きちんと知っていただく必要があるなと思って。なんだかんだと議論してはいるけれど、まず胎児とは、こんなに尊いものだという事実をまず伝えることが大事なのではないかと考えました。それを知った上で議論を始めようよという思いから、先生に企画のお話をさせていただいたのがきっかけですね。

増﨑 なんだかね、出生前診断っていうと、たいがいは「ヤバいんじゃないの?」という感覚で語られるわけですよ。けれどそれは、出生前診断というものの、ほんの一部しか見ていないから。最相さんが手術を見たのは、そのまま生まれた場合、絶対に生きていけなかった子です。その子がふつうに生きられるのは、出生前診断があったからなんですよ。そういうことについては、まったく話題にならないですね。表と裏です。

 産婦人科って、とくに表と裏があって、裏ばっかり見ると本当に暗い話になっちゃう。たとえばNIPTはね、医者じゃなくてもできちゃうから、商売になるんですよ。相当な金額になる。だからこそ、マスで語るのではなく、ひとりひとりへの対応を大切にしたいですね。

■“胎児”とは何者か?

──最相さんは、以前から生命科学にご興味があったのですか?

最相 そうですね。1997年、クローン羊ドリーの誕生が発表され、翌年、ドリーを作ったイアン・ウィルムットという学者が来日しました。その際、彼へのインタビューが叶い、なぜドリーを作ったのかという話を聞くことができたんです。

 ウィルムットは私に、「私たちがドリーを生み出したのは医療のためだ。だが、この技術が誤って使われてしまったら、大変なことになってしまう。だから、この技術をどうしていけばよいか、社会で議論してほしい」と言いました。それをきっかけに、私はいろいろな取材をし、インターネット上に「受精卵は人か否か」といった話題についてディスカッションができるサイトを立ち上げるなど、活動を続けてきたんです。しかし、十分な議論がないままにクローン技術を人間に対して応用することを禁止する法律だけができてしまった。生殖医療については学会の指針があるだけです。

 今、生殖医療の分野では、代理母による出産や第三者の卵子や精子の提供、顕微授精など、さまざまなことが起こっています。技術はどんどん進んでいますし、それに応じて私たちの倫理観も変化しますから、技術だけを規制しても仕方がないんです。そういった問題意識を持ち続けていたところに、増﨑先生の講演を拝聴して、「あ、これだ」と。これまでは、主役であるはずの胎児のことを忘れたまま、議論を進めようとしていたんですね。胎児とは何者だろう、それをまずきちんと知ろうじゃないかという。

増﨑 ちょっと話が飛ぶようですけど、うちの娘はね、僕に「お母さんも働いてるんだから、ごはんくらい自分で作りなさいよ」って言うんです。もう、びっくりしちゃって。

最相 そういう時代ですよ、共働きの家では当たり前!(笑)

増﨑 こういう意識って、時代が変わるとだんだん変わっていくものですよね。でも、生殖というのは、本来的になにも変わらないんです。その一部を、医療だと言って変えていっているところがある。さっき、これまでであれば死んでいた赤ちゃんが生きられるようになったと言いましたが、そういった事例が増えるということですよ。

最相 先日、慶應義塾大学病院を退院した、286グラムで生まれた男の子もそうですよね。ひと昔前では考えられなかったことが起こっています。

増﨑 それに対しては「素晴らしい」っていう反応が一般的だと思うんですが、一部には「大丈夫なの?」という反応があって当然。そういう意見が一切出てこなくなるというのは、むしろ用心すべきですよね。

■男性も、不妊治療に「行ってみるか」という気分になってほしい

──胎児のことはもちろん、学者さんの興味の持ちようもおもしろく拝読しました。

最相 増﨑先生は特別だと思いますよ! 研究者としても、本当に好奇心旺盛でいらっしゃる。この本にも書いてありますけど、一日中、胎児がお母さんのお腹の中でおしっこをするのを、ずっと眺めていらしたって言うんですよ。それにつき合った妊婦さんもすごいなと思いますけど。

増﨑 本当にすみませんでした(笑)。妊婦さんに「先生、おトイレに行かせてください」って言われてね、ハッと気がついたら10時間経ってた。もう夢中でしたね、ハマっちゃって。胎児の膀胱を見ていると、1時間に1回くらいおしっこをするのがわかるんですが、ずっと見ているとね、胎児、ぷるぷるしてくるんです。そうすると、「そろそろだな」って。

最相 おしっこを我慢してる子どもが、そわそわするのと同じですね。

増﨑 そうそう。おもしろいんですよ、いろんな子がいてね。ピッとおしっこをするんだけど、ぜんぶは出してしまわない。あれ、おしっこしたはずだけどな、と思って見ていると、またそこからおしっこを溜めはじめるんですね。だから、「ははあ、これはお漏らししたな」って思うわけです。

最相 かわいい。

増﨑 そうでしょ。でもね、ずっとお漏らしをしている状態の子もいるんですよ。病気を持っている子です。超音波診断の技術が進化して、お腹の中にいるときから病気を持っていることがわかる子もいる。胎児が“見える”ようになってからは、生まれる前に健康診断ができるようになっちゃったということです。

 でもね、僕らって、2人に1人はがんになるっていうでしょう? 胎児が病気になることなんて、ある意味では当然なんですよ。それなのに、胎児についてだけは「出生前診断」なんて言う。昔は、そんなことはできませんでしたからね。生まれるまで、胎児の状態はなにもわからなかった。それでよかったのかもしれないなと、半分反省のように思うこともありますが、一方で、最相さんに手術の映像を見てもらったように、助けられる子もいる。そういう子を取り上げたとき、ちょっと救われますよね。

──お医者さんも、悩まれているんですね。

増﨑 いやあ、それはそうですよ! 毎日毎日、迷ってます。それが仕事のようなものです。だから、たまには大声で笑っていないとやってらんないです。

最相 悩みも迷いもある中で、それでも増﨑先生は「楽しんで産みましょう」と妊婦さんを励ましてこられた。実はこの本のインタビューでも笑ってばかりで、かなり「ははは」っていう笑い声を削っているんですよ。「楽しくてためになる、“役に立たない”本」っていうのが、この本のコンセプトです。

増﨑 それが、この本の明るさのもとでしたね。役には立たないけれど、ためになると思いますよ。胎児がお腹の中にいるときのしくみって、本当によくできてるから。男性にとって、妊娠って、自分の体の中で起こることではないから、実感を持ちにくいんです。でも、自分のDNAが胎児を通してお母さんの体の中に入っていくんだということを知ったら、不妊治療だって、奥さんだけに「おまえのことなんだから、おまえ行ってこいよ」って言うんじゃなくて、「そうか、じゃあ俺も行ってみるか」ってなるでしょう。

最相 みんな昔は胎児だったわけですからね。すべてが我が事なんです。それを知っていただくために、この本を出したんですよね。知れば知るほど、「胎児、スッゲー!!!」ですよ。

取材・文=三田ゆき