なぜ佰食屋は「働きやすさ」と「経営」を両立できる? “すべてのスキンケアを捨てた”女性経営者の覚悟

ビジネス

公開日:2019/8/15

「どれだけ売れても1日100食限定」「営業わずか3時間半」「飲食店でも残業ゼロ」など、逸話の数々から、奇跡のビジネスモデルと称された、京都の国産牛ステーキ専門店「佰食屋」。

 代表の中村朱美さんの初の著書『売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』(ライツ社)の出版を記念したトークイベントが開催された。ファシリテーターを務めるのは、経済メディア「NewsPicks」のアカデミアマネージャーを務める野村高文さん。

 働き方改革が叫ばれる中、佰食屋が「社員の働きやすさ」と「会社経営」を両立できる理由とは一体何だろうか。イベントレポートとして、本内容をお届けする。

advertisement

■儲かる夜にはあえて店じまいを選ぶ。セオリー破りの佰食屋

野村高文さん(以下、野村):今日はよろしくお願いします。佰食屋ではランチタイムのみの営業を行なっているんですよね。多くの飲食店ではディナー営業のほうが客単価が上がるため儲かるなんて話を聞きますが、それを選ばないのはなぜでしょう。

中村朱美さん(以下、中村):ディナー営業を行う場合、お酒の注文が増えるので商売効率が良いんです。お酒は調理の手間がありませんからね。でも、佰食屋ではその売上を潔く捨てました。あくまで食事のみで勝負しています。

野村:言うなれば、セオリー破りですよね。

中村:そうですね。『ミシュランガイド』のビブグルマンに選ばれた飲食店の方と話していても「どうして昼のみの営業ができるのか?」と聞かれます。

野村:気になります。どうしてなんでしょう?

中村:もちろん、何も考えずに経営していると赤字なので、工夫が必要です。佰食屋では、その工夫として「圧倒的な商品力」で勝負すると決めました。少し抽象的なたとえですが、Appleを目指すのかパナソニックを目指すのかと考えたのです。というのも、Appleは製品数を限りなく絞っていて、パナソニックは2万点を超える商品を展開しています。どちらも企業戦略としては正しいと思うのですが、佰食屋は、営業マンが商品を営業せずとも商品力のみで知られる店にしたいと思ったんです。だから、徹底的に商品を磨き、ランチタイムの営業のみでも経営が成り立つようにしました。

野村:ステーキ丼を磨き込む、というと具体的にどのようなことを意識されていたのでしょう?

中村:佰食屋のステーキ丼のおいしさは、とくにソースに表れています。醤油とワインが肝です。ワインは調理用ではなく日頃から嗜む方がいらっしゃる高級品を惜しまずに使用しますし、醤油はなかなか流通しておらずステーキ丼にフィットするものを選んでいるんですね。これらの調味料が変わると、同じ味は再現できません。

野村:組み合わせを相当研究したのですね。

中村:そうですね。以前、帰省した際、両親にステーキ丼を振る舞ったことがあるのですが、ワインと醤油が異なったおかげで全然おいしくなくて……(笑)。作り方を知っている自分ですらこれだけ味が変わってしまうのかと驚いたことを覚えています。

野村:お肉にもこだわりってあるのでしょうか。

中村:もちろん、仕入れる国産牛の基準は細かく定めています。ただし、ただ良い肉だったらどんな肉でもいいわけではありません。たとえば、A5ランクの黒毛和牛をステーキ丼としてご提供すると、たぶん胃もたれしてしまう方が多いと思うんですよね。いくら良い肉でも、贅沢に使用することばかりがおいしさを生むわけではありません。ですから、佰食屋では利き肉によって選ばれたヘルシーで柔らかい肉を使用しています。

野村:今までのお話を伺っていると、企業のプロダクト開発と似た視点をお持ちのように感じます。ユーザーがどうやって使うのか、どんな体験をしてほしいのか曖昧にすると、プロダクトはまったく刺さらない。それと同じで、ランチに特化することを選んだから、そのために午後も活動がしやすく、かつおいしい肉を見つけられたのですね。誰か特定のターゲットを定めて導き出した結論なのですか?

中村:自分に焦点を当てました。自分以外のことはなかなかわからないので、自分がお金を出しても食べたいものはなんだろうと考えていましたね。

野村:開発者である自分とお客さんである自分、混ざってしまうことはありませんか?

中村:容赦なく分断します(笑)。佰食屋のメニューは、私がテーマを決め、夫が開発しているものなんです。だから、夫に試作してもらって、わたしが食べてダメ出しする、という流れで進めていて。夫の厳しい上司のような存在で、ズバズバ意見を言っていますね。なぜなら、目的が本当においしいものを世の中に出すことだから。うちでは、商品開発時に原価計算をしないんですよ。おいしいものを追求してみて、その後に効率化や原価率のことを考えます。6月12日に新規オープンした「佰食屋1/2」も、まだ原価率の計算はしていないですからね。オープン後1ヶ月くらいの数値を見ないと、原価のバランスは検討できないので。まあ、怖いですが(笑)。

■自分のキャパに合った売上を考えて調整する

野村:飲食店というと働き方が過酷なイメージがありますが、中村さんはそこにも工夫を加えていますよね。

中村:わたしの場合、父がホテルのレストランでシェフとして働いていた経験があり、サービス業は大変だと幼い頃から言われて育っていました。自分自身は食べることがすごく好きだったけれど、働いている人はたしかにしんどそうだと思っていて。食を提供されるわたしたちは幸せでも、提供するスタッフが幸せじゃないなんて矛盾だと感じたので、働く人も幸せになれる飲食店を作りたいと思いました。

野村:佰食屋のスタッフのみなさんは、朝出社して、夕方には帰宅するってことですよね?

中村:そうですね。出勤は9時・9時半、退社も17時・17時半・17時45分から選べます。ときどき、やる気を持って30分前くらいから出社するスタッフがいるのですが、実は怒ります。やる気は評価するけれど、早すぎる出社は周囲に無言のプレッシャーをかけるので。出勤時間の5~10分前出社が基本です。働く時間も給料も自らで決めてもらっているので、主体的に働けるような仕組み作りは意識していますね。

野村:商品はひとつ、営業もランチのみ。言い方を変えると、売上のキャップを決めていることになると思います。成長性を自ら抑え込んでいるとも考えられますが、どうしてそう思いきれるのでしょうか。

中村:他人に対する見栄を捨てたからだと思います。他社の社長さんとお会いすると、自社の売上を自慢する会話になりがちだと感じるんですよね。年商を大きく見せたいといいますか。わたしは、そういった物差しを持っていないんです。年商はただの数字の羅列でしかありませんから。むしろ、今は少し年商が大きすぎるかもしれないと思っているくらいなんですよね。

野村:それは、売上が自分のキャパを超えたからってことですか?

中村:そうですね。右肩上がりの成長ってどうして必要なのだろうと思うようになりました。自分に必要なお金を知るといいますか。とはいえ、アルバイトスタッフの人数も増えていますし、スタッフのベースアップも年間5000円のペースで進めているので、そのための規模拡大は行なっています。6月にオープンした「佰食屋1/2」も規模拡大のための新規オープンですが、1日50食限定と、売上に落とし込むと小さな成長しか見込んでいません。

野村:従業員に対しても、ベースアップとして仕組みで感謝を伝えているんですね。

中村:あとは、長く勤めている従業員の新しい活躍の場も用意できるようにしています。たとえば、肉寿司専門店「佰食屋肉寿司専科」は、お寿司屋さんで働いていた経験を持つ従業員に舵を取ってもらうために始めたお店です。メニュー開発から、オープン時の準備まで、相談しながら一緒に進めました。

■必要以上に儲かるならやらない。「足るを知る」覚悟を持つ経営論

野村:お金の話に戻りますが、自分にとって必要なお金を考える視点はすごく良いですね。

中村:もちろん暮らす上でお金は大切です。でも、だからといって何かを犠牲にする必要はないと思うんですよね。やりたいことともらえるお金が比例しないなら、最低限暮らせるだけのお金を知ることが大切です。「足るを知る」とも言いますね。ちなみにわたしは、7年前に私生活の中ですべてのスキンケアを捨てました。化粧水や乳液だけではなく、ファンデーション、マスカラなども全部捨てました。事業を始める上での、自分なりの覚悟だったと思います。

野村:それは潔い……。

中村:髪型もショートヘアから変えないですし、洋服も青しか着ないと決めてネットで購入したり。無駄な時間を取り除くことで、事業や家族のために時間をかけるようにしました。

野村:ビジネス施策としては儲かるかもしれないけれど絶対にやらないと決めているなんてこともありますか?

中村:ありますね。というか、儲かることはやりたくない主義なんです。「儲かる」って言葉自体、利益を取りすぎているように感じるからです。経営する上では心地良いかもしれないけれど、もしかしたらそれはお客さんのためにはならないかもしれないですよね。ブームのような一過性の波を作るのが嫌いなのだと思います。たとえば、昨今のタピオカブーム。いずれブームがなくなったときに雇用されていた人たちはどうなるんでしょうって思ってしまうんですよ。誰かが不幸になるストーリーが見えるような波は作りたくありません。

野村:今、自分だったら同じ選択肢を選べるだろうかと考えながら聞いていました。100食と限定して良いものを作って売り切る。飽きられるかもしれない不安を抱くことはありませんか?

中村:不安はありますし、お客様からも「季節商品ってないの?」と聞かれることもあります。一般的なプロモーションとしては間違っていると思うこともあります。ただ、わたしは変わらない味があることの安心感もあると思っていて。好きだと感じた料理が、いつも未来も変わらないでほしいと思う気持ちもあるじゃないですか。新しいメニューを作るのは簡単です。でも、なんとか変わらない味を広めることに挑戦したい気持ちが強い。だから、常に期待を超えていこうと覚悟を決めて事業に取り組んでいます。

■組織風土を変えるには、トップ自らが変わることから

野村:佰食屋で意識している働き方やお金の話を伺っていきましたが、中村さんご自身の考えをもう少し深掘りさせてください。今、世間では働き方改革が注目を集めていますが、中村さんの目から見て世の中の働く環境はどのように映っていますか?

中村:もっと有休申請が取りやすく、残業をしないことも上司に言える仕組みがあったら良いのにと思うことがあります。平日のコンサートとか旅行だって、自由に行けたほうが良いじゃないですか。有休申請をしてから当たるかもわからないコンサートのチケットの抽選に応募しなければいけないくらいなら、抽選の当落がわかってから有休申請できたほうがハッピーなはず。でも、制度を変えるには企業のトップが変わらないといけないですからね。全社的に働きかけができる仕組みができたらいいのですが。

野村:周囲の「当たり前」に左右されますよね。言いにくい雰囲気だったり、社内的にはタブーである、みたいな。

中村:難しいですよね。わたしも休みを取りやすい雰囲気作りには意識的に介入するようにしています。従業員同士だけだとなかなか仕組み化ができにくいこともありますから。「相談しにくいときは必ず言ってね」と伝えていますね。たとえば、休暇申請書を提出するボックスを専用に設けると、明らかに提出したことがわかってしまうから、経費精算書用のボックスの中に休暇申請書も一緒に入れていいと制度を変えたこともありました。いろいろな従業員が働いているわけですから、全従業員をお客様だと思って対応することを一番に考えています。うまく働くためのおもてなしをするといいますか。

野村:フローそのものを改革してしまうんですね。これからの話も少し伺っていきたいのですが、将来の展望ってどのように考えていらっしゃいますか?

中村:よく「佰食屋は子どもに継がせるのか」と聞かれるのですが、継がせるつもりはありません。自分たちの目の行き届く間だけ続けて、徐々にスケールを小さくして、また夫と2人だけのお店に戻すかもしれません。まあ、朝令暮改なのですぐに言うことは変わるかもしれません(笑)。ただ、誰かに託すと、事業に懸ける想いは自ずと薄まっていくと思っているので、ひとつの時代を作る感覚で、生きている間だけ続けようかなと思っていますね。ただ、夫は肉料理以外も得意ですし、わたしはパティシエの資格を持っているのでスイーツのお店も興味があって。また新しい店舗をオープンする可能性もありますね。

野村:「中村さん2.0」が見られる日も来るのかもしれないですね。とても楽しみです。今日はありがとうございました!

取材・文=鈴木しの