破天荒な刑事と新人刑事が対極を成す、“継承”の物語「孤狼の血」シリーズが完結!! 『暴虎の牙』柚月裕子インタビュー

小説・エッセイ

2020/4/9

柚月裕子さん

 暑さを残した夕風が吹き抜ける。ヒグラシの鳴く声だけが響くなか、満開の百日紅の傍にある因縁の場所で2人の男がまみえる──。『孤狼の血』と『凶犬の眼』で描かれた狂熱の月日。それらをくるんだ18年の月日が、その2人の間には横たわる。物語の中盤に現れるその場面は、“熱い小説を書きたい”という一念で、『孤狼の血』を書き始めてから5年、文字通り、全力疾走してきた柚月さんが辿り着いたひとつの地点だ。

「舞台となった広島には、第1作となった『孤狼の血』の執筆以前から、幾度となく足を運んできました。その地を映像として思い浮かべながら描いたその場面は、私のなかで非常に大切なもの。大上から日岡へと血が受け継がれていく、その継承の様をひとりの男の存在が炙り出す。本シリーズの双璧である、大上と日岡を結ぶ場面です」

 違法捜査も辞さない破天荒な刑事・大上章吾。やくざとの癒着を噂されてきた彼の下に配属された新人刑事・日岡秀一。『孤狼の血』では、強引な捜査を繰り返す大上に戸惑いながらも、極道の男たちに向き合い、激闘のなか、大上から日岡へと受け継がれるものが活写された。その2年後を描いた続編『凶犬の眼』では、大上から受け継いだものを、いかに己の血肉にしていくのかという日岡の苦しみと焦燥が描き出された。

「前二作では書ききれなかった日岡の真に成長した姿、そして彼にそこまで影響をもたらした大上がどういう人間だったのかというところを三部作の完結編となる本作では描ききりたいと思いました。舞台としたのは『孤狼の血』以前と『凶犬の眼』以後。そこにいる大上と日岡を繋ぐ一本の筋として登場させたのが、呉原で愚連隊を束ねる沖という男です」

“筋も糞もあったもんじゃないけ、なにをしでかすかわからん。場合によっては、極道より質が悪い”と、警察、そして極道からも危険視される沖虎彦は21歳とは思えぬ、度胸と凄みを持つ。『暴虎の牙』は昭和57年、大上との出会いから始まっていく。

「沖は組織というものに属さない。これまで描いてきた暴力団も警察も、組織であり、そこには上下関係や規則、掟がありました。けれど彼はそういった概念を一切持たない。社会のルールや法も、自分の価値観で生きる沖にとって意味などない。その姿は自分で書いていながら、絶対、傍に近寄りたくないと思うほどのものではありました。でも一方で、これくらい何ものにも縛られず、自由に生きることができたら────という熱いものも感じていました」

“極道がなんぼのもんじゃ!”と咆哮し、危うい騒動を次々起こしつつも、堅気には絶対に手を出さない。そんな沖を見て、“面白いやつに出会えた”と大上はほくそ笑む。

「惹かれるものを感じたのでしょうね。こいつはどこか自分と同類であるとも。そして、いろいろちょっかいを出してしまう(笑)。一方、沖も、“おっさん、なんでわしらにかまうんじゃ!”と言いつつも、大上が気になってしまう。互いに引き合う2人の、そんな野性の勘みたいなものも表してみたかった。この2人の掛け合いを書くのは楽しかったです」

 そのなかには大上のトレードマーク、あのパナマ帽にまつわるエピソードも。当時の大上は40歳少し前。青さの残り香をまとった、その姿とともに、それ以前に過ごした穏やかな時間も語られていく。

なぜこんな生き方をするのか その“なぜ?”に心を砕きたい

「頭のなかにはあったものの、若き日の大上の姿は、綿密に筆で起こす際は悩みました。特に妻とのなれそめのところとか。大上って、どうやって女を口説くんだろうなって(笑)。人の人生を紐解くとき、“あの人は、あの頃が一番幸せだったんだろうな”と、見えてくるものがあると思うんです。それは、その人の人生を表しているように思えて。結婚をし、子どもが生まれ、というあの時は大上が人生で一番、満たされていた頃だったと思うんです。彼の人生に確かに存在した、そして突然、失ったそのわずかな時間を描きたかった」

 その光、そして闇からは、“なぜ彼は、こう生きざるを得ないのか”ということも立ちのぼってくる。

「なぜこの人は、こういうことをするのか、あんなことを言うのか。私はその〝なぜ?〟に心を砕きたいんです。現実の世界でも、それは相手を理解する一歩であるし、物語では、読者の方が、登場人物に感情移入してくださる大切な部分であると思うから。沖にしても、なぜ彼があんなめちゃくちゃな行動をとるのかという部分は丁寧に書いていきました」

 デビュー時より柚月さんが自身のテーマのひとつに据えている世の中の理不尽や不条理。沖はそれらを一身に背負った人物だ。そんな彼を救うために、大上のしたことは、確かに彼を“助ける”。けれどそれは同時に、沖の内に暗く、激しい炎を灯してしまうものにもなる。

「悪意を持っている人って、思いの外、少ないと思うんです。人と人の摩擦が起こるのは、多分、良かれと思ってしたことが“ずれる”から。この物語のなかに生きる人たちの境遇は、読者の方から見ると、距離あるものかもしれません。けれど人間関係やそこから生じてくる感情については、きっと身近なものが多々、含まれていると思います」

 そして──。そこから月日が流れた後、沖は日岡に出会う。舞台は平成16年、『凶犬の眼』以降の物語が、そこからは語られていく。

大上をそのまま受け継いだ日岡であってはならない

「日岡の姿を描くとき、最も意識したのは時代の変化でした。そこではすでに暴対法も施行され、18年間の懲役を終えた沖も驚愕するほどに世の中は激変している、そこに生きる人々の感覚も。そうしたなか、日岡は、大上から受け継いだものをどう使っていくのか、ということが、後半の大きなテーマになっています」

 呉原東署捜査二課、暴力団係主任。その春から、かつての上司、大上と同じポストに配属された日岡は心のどこかで宿命を感じている。だが大上から受け継いだ教えがそのままの形では通用しないことも、40歳となった日岡は身に沁みている。

「立ち位置はまったく同じ。けれどそこにいるのは、大上ではなく、“自分”。そこでかつて大上が目を掛けていた沖という危うい人物と、自分はどう関わっていくのか。親から子へ何かが受け継がれても、それがそのままの形であることはない。“自分”が主軸になって、咀嚼し、その時代に合ったものに変えていかなければいけない。沖というひとりの人間を挟み、大上と日岡が対極を成す構成をとった本作は、継承したものが変容する様を表した物語でもあります。けれど、その変化のなかには普遍的なものも必ずある、ということも、ストーリーには託しました」

 書き終えた後、気付いたのは、登場人物が、誰ひとりとして後ろを振り返っていないことだったという。

「あがきながら、常に前を見て進んでいく。それが結果的にどちらに向かっているのかわからなくとも、ひたすら突き進む。そうして精一杯生きようとする人間の姿とは、なんて尊いのだろう、と感じました」

 それは、デビューから11年、休むことなく、作品を生み出し続けてきた柚月さん自身の姿にも重なる。

「がむしゃらに書いてきました。後ろを振り返る余裕もなかった。殊に、この三部作は、その瞬間、瞬間にパワーの必要な作品でしたので、必死の思いで書いてきました。だから一切、悔いがないんです。大上、日岡をはじめとする登場人物が皆、そうであるように。持てるだけのパワーを注ぎ込んで書いた作品です。そのパワーをどうか受け取ってください」

取材・文:河村道子 写真:山口宏之

 

『暴虎の牙』書影

『暴虎の牙』
昭和57年、広島のマル暴刑事・大上章吾の前に現れた愚連隊“呉寅会”を率いる沖虎彦。激化していく彼の暴走──。その後の平成16年、沖と対峙したのは、大上の愛弟子・日岡秀一。沖はある恨みとともに再び“戦争”を仕掛けようとする。著者初の新聞連載としても注目を集めた『孤狼の血』シリーズ完結編。語られてこなかった登場人物たちの過去、真実も明らかに。

柚月裕子
ゆづき・ゆうこ●1968年、岩手県生まれ。2008年、『臨床真理』で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、デビュー。『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞、『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞受賞。著書に『最後の証人』『検事の死命』『検事の信義』『パレートの誤算』『慈雨』『盤上の向日葵』など多数。

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