『娚の一生』の西炯子も絶賛! 男同士の奇妙な関係を描く『ダブル』は、なぜ人を惹きつけるのか

マンガ・アニメ

2020/5/1

『ダブル』(野田彩子/小学館クリエイティブ)

 第23回文化庁メディア芸術祭「マンガ部漫画部門 優秀賞」を受賞し、いま最も注目を集めている野田彩子さんの最新作『ダブル』(小学館クリエイティブ)。演劇の世界を舞台に、天才・多家良と凡人・友仁の“ふたりでひとつ”の奇妙な関係を描く本作は、多くのマンガ好きはもちろんのこと、プロのマンガ家からも絶賛されている。

『娚の一生』『お父さん、チビがいなくなりました』などで知られる人気マンガ家・西炯子さんも、『ダブル』を評価しているひとり。

西炯子さん

 西さんは、一体『ダブル』のどこに惹かれているのか。プロのマンガ家から見た『ダブル』の魅力について、お話を伺った。

■『ダブル』は命を削って生み出された作品だと思う

――『ダブル』を最初に読んだとき、率直にどんな印象を受けましたか?

西炯子さん(以下、西):第23回文化庁メディア芸術祭にノミネートされていて、審査をする段階で初めて読ませていただいたんです。そのとき、「あ、この作品が大賞になるんじゃないかな?」と感じました。もうこれを上回るものは出てこないと思ったんですよ。

――結果的に『ダブル』はマンガ部漫画部門 優秀賞に輝きましたが、西さんはどのような点を評価されたんですか?

西:技術という点においても、作品に込められた情熱という点においても、このポテンシャルの高さを超えるものはないだろうと思ったんです。以前に文化庁メディア芸術祭の審査をさせてもらったこともあって、なんとなく審査のポイントを理解していたことも関係しているかもしれません。たぶんこれで決まりだろうな、と。

――野田さんの技術で優れている部分とは?

西:やはり絵の描き方ですね。最初に少女マンガ誌ではないところで活動されていたこともあって、縛りのない描き方を感じました。『ダブル』が連載されている、ふらっとヒーローズ(株式会社ヒーローズが運営しているWEB媒体)は少女漫画誌ではないので、それも野田さんの作風が発揮できた要因かと思います。

――情熱の部分でいうと、やはりストーリーに込められたメッセージですか?

西:愛情と嫉妬という感情を、非常に高いレベルで融合して描かれているんです。技術に圧倒されると同時に、友仁と多家良の間に流れる愛情でもありながら嫉妬でもある感情を、こんなにも高い熱量で描けるのか、と。随分と挑んできているなと思いました。

 もしかしたら、野田さんのなかで「これを描かずにはいられない」という感覚があったのかもしれない。それは私にはわかりませんけど、少なくともこういう物語に着手するにはかなりの情熱が必要だと思います。よくぞここまで高いレベルで表現してくださった。

――まだ第2巻までしか出ていませんが、人間の持つ本質的な感情が凝縮されています。

西:作者が命を削らないと、ここまでのものは生まれないと思います。人間としての力を注ぎ込んでいると感じました。

 ここ20年くらい、私たちは「いつでも誰とでもつながれる孤独」を抱いていると思うんです。熱いものが欲しいんだけれど、その熱いものを手に入れるのはなかなか面倒くさい。でも、『ダブル』を読んでいて、「人と深く関わらないと得られないものがある」という事実を突きつけられました。友仁と多家良の間にあるものは、SNSでつながっているだけの関係では得られない。そして、第1巻が出たときにあれだけの反応があったということは、やはり現代人はみんな、熱い関係を欲しがっているということの証明でもあったんでしょうね。

――もしかすると、現代人はむき出しの感情を求めているんですかね?

西:そうだと思います。いまの時代って、なかなかそういったものに触れる機会がないじゃないですか? みんな、自分だけの小さなお城の中にひとりぼっちでいるような状況だと思うんです。それはもちろん居心地がいいし、そこから出たくはない。でも、『ダブル』で描かれているむき出しの感情のリアルさを目にしたときに、「やっぱり、これが欲しかったのかも」と気づかされたのではないかな、と。

■友仁と多家良の関係は、現代人が飢えている関係そのもの

――ぼくも友仁と多家良のようにお互いをわかりあっている関係をうらやましいと思いました。その反面、危うさのようなものも感じたんです。

西:その感じ方は世代によって違うかもしれない。私たちの世代からすれば、ふたりの関係はとても懐かしいですよ。SNSのない時代に青春を過ごしていたので、たとえば誰かと話がしたかったら、直接会いに行ってましたもん。自分のなにかを相手にぶつけるためには、直接会いに行くしかなかったんです。だから、友仁と多家良みたいな関係というのは、昔だとよくあった話だと思います。若い読者にとっては、きっと珍しいものとして映っているとも思いますけどね。だからこそ新鮮で、そんな関係に飢えていたことに気づいた読者が大勢いたんでしょう。

――友仁と多家良、どちらも濃い人物ですが、それぞれのキャラクター性をどのように分析していますか?

西:友仁は、まさに大半の読者の代表ですよね。圧倒的な才能がある人なんてほんの一握りで、大半の人は見上げることしかできない。その喜びと苦しさが友仁には凝縮されています。

 しかも、苦しいんだけど、多家良のことは手放したくない。この作品は、いずれ性別を超えた物語になっていくと思います。単に同性の嫉妬の話ではなく、もっと本質的なところに迫っていくはず。私も読んでいて共感しましたし、苦しくなりましたよ。

――西さんは多家良側ではない、ということですか?

西:私なんて天才に憧れる側の人間ですよ。多家良には感情移入ができなかった。完全に友仁目線で読んでいました。彼の苦しみは痛いほどわかります。特にクリエイティブなことを仕事にしているので、苦しかった……。でも、野田さんはそこを誤魔化さず、安易な感情として片付けていない。だからギュッと引き込まれるんです。

 ただ一方で、私も多家良側だった瞬間があったのかもしれないとも思いました。無意識のうちに、自分の能力で誰かのことを踏みつけてしまったこともあるはず。とはいえ、やはり多家良に完全に感情移入するのは難しくて、私は友仁側なんだなと思いました。

■同じマンガ家として、ショックを受ける作品だった

――友仁と多家良は正反対の人間ですが、共通するのはどちらも色気があるということ。これは野田さんの絵の力の為せる業ですよね。

西:たしかに。魂がこもった男を描かれますよね。

――絵に魂を込める、というのは難しいことですか?

西:商業作家を長く続けていくと、そこまでテンションをかけなくてもある程度のレベルのものが仕上げられるようになるんです。それなのに、野田さんの人物の手の描写とか、一人ひとりの表情とかには相当なポテンシャルを感じます。おそらく、持てるエネルギーのほとんどを注ぎ込まれているんじゃないかな。もはや仕事を超越して、魂を込めていると言えるでしょうね。

 ただ、命を削るようにして描いていたら、長くは続けられないんです。そこまで自分を削らず、一定のレベルを保った状態で納品することが大事ですから。だって、一作描いて死んでしまったら困るでしょう? 作品はあくまでも商品なのだという割り切りも必要で。そういうのに慣れてしまった私からすると、野田さんが生み出す魂のこもった『ダブル』は、後頭部を打たれたような衝撃を覚える作品でしたね。

 だから、最初に読んだときは、ちょっと落ち込みました。こんな風に作品に命を込めて描く時期が、私にもあったのになぁって。もうなにをしていても、野田さんの絵がちらつくんです。でも、もう私には彼女みたいな仕事はできない。私は私の仕事をしていくしかないな、と思いました。それくらいショックを受けたんです。

――そんな野田さんに、伝えたいことはありますか?

西:もっと売れて! もっともっと売れてほしい! 『ダブル』はいまも連載が続いていて、今後もますます盛り上がっていくはず。毎月、読者の方に読んでもらって、どんどん大きなうねりを起こしてもらいたい。野田さんの作品にはそんなパワーがあります。

――野田さんが聞いたら、きっと喜ばれると思います。では最後に、『ダブル』をまだ読んだことがない人たちに向けて、メッセージをお願いします!

西:あなたが憧れる青春が、ここにあります。マジで!

取材・文=五十嵐 大

【試し読み】「第一幕 お気に召すまま」その1『ダブル』①

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