犬のコーシローが12年間見つめた地方の進学校に通う18歳の青春『犬がいた季節』伊吹有喜インタビュー【PR:双葉社】

小説・エッセイ

更新日:2021/4/15

2021年本屋大賞第3位に決定!

 全国の書店員が1年間に出た本の中から「いちばん! 売りたい本」を選ぶ「本屋大賞」が今年も決定。4月14日(水)に大賞から10位までが発表され、伊吹有喜氏の『犬がいた季節』(双葉社)が、第3位に輝いた。

 実在した1匹の子犬・コーシローの視点を通して描かれる、大人でも子どもでもない18歳の恋や旅立ち、決意に背中を押されること間違いなしの本作。すでに手に取った読者からは、下記のようなコメントが寄せられている。

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悲しいのではなく、胸がつまって、でもどこか清々しい。きっとこれが「感動」ってやつなんだろうなあと、しみじみと泣きました

読後の“コーシローロス”には参った! 誰もがそれぞれの「18歳」を重ねながら共感できる物語。涙なしでは読めませんでした

犬のコーシローを触媒に語られる 18 歳のキラメキが眩しい! 作中で当時流行した曲が流れると、その時代の景色や匂いが思い出され、没入感が深まっていく。美しく、どこか切なさが残る作品でした。

 未読の人は、この機会にぜひ書店員お墨付きの心温まる青春ストーリーに触れてみてほしい。そして、読み終えた後に表紙カバーを外すと……その下に隠された嬉しい仕掛けが待っているのでそちらも要チェックだ。

 

伊吹有喜インタビュー!
本インタビューは、『ダ・ヴィンチ』2020年12月号より転載しています。

伊吹有喜さん

伊吹有喜
いぶき・ゆき●1969年、三重県生まれ。2008年、『風待ちのひと』で第3回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞してデビュー。『四十九日のレシピ』『ミッドナイト・バス』『カンパニー』など、ドラマ化、映画化、舞台化された作品も多数。『雲を紡ぐ』が第163回直木賞候補に。近著に『天の花 なでし子物語』など。

 

『犬がいた季節』は三重県の進学校を舞台に、18歳・高校3年生の生徒たちの物語を描く連作短編集。作中で流れる12年間は、生徒たちによって学校で飼われていた白いふかふかの毛の犬・コーシローが生きた時間。地方の進学校も、コーシローも、伊吹さんの母校と、そこに実在した犬がモデルだ。

「コーシローは、昭和49年から60年までの12年間、実際に学校で暮らしていました。私は61年卒なので、そのころはもうよぼよぼで、いろんなところでべたーっと寝ていて。たまにあくびをして、生徒を見て“おお、がんばっとるなあ”みたいな感じでのそのそ歩いていく。5話のコーシローが、私が見たころの姿です。入学して最初に、廊下ですれ違った時は、学校という管理されている場所に、リードのない犬が自由に歩きまわっていることに驚いてしまって。まぼろしでも見ているのかと」

 打ち合わせの雑談でそんな話をしたのが、この小説が生まれたきっかけになった。

「時代は1988年から2000年の12年間に変えました。どこか不穏で、ざわめいていた昭和と平成の境目の年に始まり、20世紀が21世紀になっても日常に変わりはないのに、再び時代の境目にいるように感じた年で終わり、というのを書きたくて。12年かけて、18歳の生徒たちの物語を犬の目を通して語ることで、時代が移って変わるものと、時代が移っても変わらないもの、その両方を描けるんじゃないかと」

作中に出てくる音楽がエンディングに流れるイメージ

 それぞれの物語は、その時代に流行っていた音楽、流行、時事ニュースなどを背景に語られ、とりわけ当時のヒット曲からは、時代の空気感が伝わってくる。

「連載中は取り上げるその時代の音楽が、各話のエンディングに流れるようなイメージで書くことを心がけていました。書き終わってから気がついたのですが、ヒットした曲って、本当によく時代に合っているんです。“歌は世につれ世は歌につれ”と言いますが、まさにその通りだなと思いました」

 第1話「めぐる潮の音」(テーマ曲は氷室京介の『FLOWERS for ALGERNON』)は、7日間しかなかった昭和64年(平成元年)に卒業した優花の物語。優花が作中でよく聴くアルバムが『FLOWERS for ALGERNON』で、東京の美大を目指す同級生の早瀬は小説『アルジャーノンに花束を』を読んでいる。三世代同居で、男尊女卑の家風に従っていた優花は、早瀬との交流をきっかけに、祖父母が望む地元ではなく、東京の大学を志望校に選ぶことになる。“東京”への思いは、優花以外の物語でも通底して描かれている。

「私も18歳のとき、東京の大学に行きたい気持ちがあり、優花ほど反対されずに上京できましたが、世代的には、女の子は短大か、四大に進学するとしても地元が主流でした。おそらく今も地方ではそういう傾向はあるのではないでしょうか」

 平成12年に卒業した大輔(第5話「永遠にする方法」。テーマ曲はGLAYの『HOWEVER』)は、教師とこんな会話を交わす。〈東京に住んでいる奴はいいな。地元に残るか離れるか、迷わなくていい。入試だって家から行ける。通勤、通学もそうだ〉〈ここだって名古屋なら家から通えるよ〉〈でも、俺は東京に行きたい〉。

「東京の人からするとなんでそんなに?と思うかもしれませんが、なにか焼けつくような衝動なんですよね。ここではないどこかへ行きたい。近所の大都市ではなくて、日本の首都に行きたい。そこになにがあるかは行かなきゃわからない……。そんなひりひりした18歳もいれば、〈この町が好きだから、きっと死ぬまでここにいる〉という18歳もいる。地方で暮らす18歳は卒業後に、まずどの街へ行くかで、大きくその後の生活や人生が変わるんです」

〈この町が好き〉な18歳は、第4話「スカーレットの夏」(テーマ曲はスピッツの『スカーレット』)に登場する鷲尾だ。鷲尾は、学校で一番美しい同級生の詩乃に恋をしているが口に出せない。父親がいない詩乃は愛情がない母と暮らす家を出て東京で生まれ変わるための資金を、放課後の援助交際や、母親のスナックでの秘密の接客で貯めている。やがて二人はお互いを特別な存在だと感じ始めるが――。

「詩乃はすごく頭がいい女の子ですが、周囲の大人の誰にも相談することができなかった。とにかく自分の過去を誰も知らないところへ行きたくて、一人で全部決めて、手っ取り早くお金を稼げる方法でなんとかしようとする。賢いけれど、それゆえに一人で思いつめて暴走してしまうんです。鷲尾は、詩乃が飛び抜けて賢くて綺麗なので、おっかなびっくりで手が出せない。高校生の不器用さというか、互いにまだ世間的な知恵がない状態なので、育った環境が違う二人はうまくいきません。でも大人になって振り返ったとき、それゆえに二人の関係は、永遠に色褪せない初恋になるんです」

 今作ではいくつかの恋愛が描かれるが、あえて恋愛を書こうと意識したわけではなかったという。

「働かなくてもいい18歳の高校生は、極論ですが、勉強と恋と放課後の活動が主な仕事。もちろんそれ以外にもいろいろあると思うんですけれど、振り返ると、その3つが印象深いのではないでしょうか。私自身は当時、眠狂四郎に恋していたので、生身の男の子より本があればそれでよかったのですが(笑)」

18歳で選択をした後も人生にチャンスはある

 作中には地方都市ならではのリアリティも、随所に盛り込まれている。三世代にわたる人間関係の濃密さや、車がなければ生活が成り立たない感覚などがそれだ。

「地方都市だとおじいちゃん、おばあちゃんはとても大きな存在。関係が近い分、18歳は半分大人として頼りにされてしまう反面、都合のいいところでは、子ども扱いで遠ざけられたりもする。そのいらだちやモヤモヤした感じは自分の中にもありました。それはすなわち、高校3年生という身分の不安定さなんですけれど、そのあたりはとても意識して書きました。車に乗らないと、買い物も、病院に通うのも大変なので、車に対する近さ、というのも地方ならではの感覚ですよね」

 卒業後、早瀬や鷲尾は地元に残り、優花や詩乃や大輔は上京する。人生最初の大きな選択をした彼らのその先の人生を、令和元年が舞台の最終話で知ることができる。

「18歳で進路を決めても、また行き先を変えることもある。社会人になって5〜6年経つと、転職したり、結婚したり、地方の実家に戻ったり、多くの人が人生の岐路に立つと思うんです。私も28歳で会社をやめてフリーランスになりました。人生にはいろいろなチャンスがありますが、30歳になる前を目安に、人生を切り替える人は多いのではないでしょうか。18歳の頃の選択と違うのは、親がかりではなく、自分でお金を貯めて、進路を決めて舵を切っていけること。18歳で選択をした後にも人生にチャンスはあるし、そのときにはもっと選択肢が広がっているかもしれない。そんな可能性を物語に託しました」

 優花と早瀬の両片思い、広い世界へ飛び出した詩乃、少年時代を地元に置いて、安い混載便で東京へ向かった大輔――。彼らの行く末を確かめたあとに、ぜひカバーをめくってみてほしい。そこには素敵なプレゼントが隠れている。

取材・文=波多野公美 写真=下林彩子

 

 

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