一路真輝「クラシック音楽の聴き方、聴こえ方が大きく変わる作品になると思います」
更新日:2021/1/13
毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは主演舞台『Op.110 ベートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』が控える一路真輝さん。稽古開始を前に、台本や役と対峙する今の心境をうかがいました。
最近は、プラベートで読書をするというより、仕事に関する書物に目を通すことが増えたという一路真輝さん。現在読んでいるものも、次の出演舞台作であるベートーヴェンにまつわる資料が中心だ。
「ベートーヴェンの生涯が書かれた伝記や研究資料などですね。ベートーヴェンには“不滅の恋人”と呼ばれた女性が3人ほどいるそうなんです。その中で一番有力とされているのが、今回私が演じるアントニー。ただ、資料によってはそれを否定するものもあって。そういう時は、“あぁ、これは読まなきゃよかったなぁ”って思ったりしますね(笑)」
情熱的な音楽を作り続けた稀代の音楽家・ベートーヴェン。彼が残した「ピアノ・ソナタ」に隠された、ある女性への想いを元に今回の舞台は展開していく。
「ただ、ベートーヴェン自身は登場しないんです。ですから、いかに当時の人々が彼を愛していたか、そして彼の音楽に魅了されていたかをステージ上にいる私たちが表現していかなければいけない。この壁の高さを前に今は、“……さて、どうしようか?”という心境です(笑)。でも、役者は与えられたハードルが高ければ高いほど、俄然やる気が出ますからね。共演者の皆さんと、楽しく作り上げていきたいと思います!」
インタビュー時はまだ稽古前ということもあり、ときおり「本当に大変そうなんですよね……」と弱気な一面ものぞかせる。しかし、そんな彼女にとって大きな安心材料がある。演出家・栗山民也さんの存在だ。
「これまでに2度、舞台をご一緒させていただいているのですが、またこうして演出を受けられるのが本当に嬉しいです。栗山さんが考える世界に身を投じれば、必ず素敵な方向に導いてくださると信頼もしていますから。ただ、小耳に挟んだところ、今回は今までに経験のない作品に挑むということで、ご自身も少し悩まれているそうなんですね。……となると、やはり、全員で頑張って乗り越えていかなければならない作品になりそうですね(笑)」
過去に受けた栗山さんの演出については、「とにかく細かいんです」と一路さん。
「セリフの言い回しや体の動きなど、ひとつひとつをしっかりと決めていかれる。私も、過去にないくらい台本にその指示を書き込んで、書ききれなくなったら頭の中に叩き込んでそれを消し、また新たに書き込んでいくという作業を繰り返していました。あまりに細かい指示に最初は戸惑うこともありましたが、でもその動きが体に馴染んでくると、すべてに大きな意味があり、いかに効果的な表現へとつながっているかがわかるんです。もう何十年とこのお仕事をしてきて、初めて知る自分の声のトーンとの出会いもありましたし。ですから、今回もまた新たな世界へと導いてくださるのではないかとワクワクしています」
圧倒的な才能を持ったベートーヴェンを周囲の視点から描いていく本作。確かに、鋭い人間描写と物語を深くまで紐解く考察力に長けた栗山さんほど、この舞台の演出にふさわしい人物はいないだろう。
「アントニーだけでなく、彼女の夫やベートーヴェンの元恋人など、さまざまな登場人物たちの思いが押し寄せてくる作品なんです。感情が渦を巻けば巻くほど演劇は面白くなっていきますが、それを栗山さんがどうまとめていくのか、私自身もとても楽しみです。また、この作品のテーマにもなっている『ピアノ・ソナタ』に秘められた思いもぜひ感じ取ってほしいですね。クラシック音楽ってきれいで美しいだけではなく、作家たちのいろんな人生が込められているんだと私も改めて思いました。きっと観劇後は『ピアノ・ソナタ』の印象が変わっていると思いますよ。私はもう、アントニーの気持ちでしか聞けなくなりましたけどね(笑)」
取材・文:倉田モトキ
舞台『Op.110 ベートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』
原案:小熊節子 脚本:木内宏昌 演出:栗山民也 音楽・演奏:新垣隆 出演:一路真輝、田代万里生、神尾 佑、前田亜季ほか 11月28日(土)より兵庫、富山、愛知、東京で順次上演
●ベートーヴェンの死後、彼の机の引き出しから一通のラブレターが発見された。宛名はなく、そこにはただ強い愛情と、一緒に暮らせない障害が二人にあることだけが知らされていた……。
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