SFを描き続けるために信頼できるパートナーと分業のスタイルへ。6Bの鉛筆で描くネームとは?/太田垣康男インタビュー③

マンガ

公開日:2020/11/23

『MOONLIGHT MILE』や『機動戦士ガンダム サンダーボルト』といった緻密なSF作品で知られるマンガ家・太田垣康男。彼は2018年に、腱鞘炎によりマンガ家人生の大きなターニングポイントを迎えることになるが、SFを描き続けるためにそのスタイルを変えた。

『ディアーナ&アルテミス』(双葉社)

腱鞘炎という絶望を乗り越えた、太田垣康男がマンガ家生活30年目にたどり着いた“原点回帰”の一作/インタビュー①

――原点回帰となる『ディアーナ&アルテミス』を描いてみて、太田垣先生はどんな手ごたえを感じていらっしゃいますか?

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太田垣:やはりSF作品は作画カロリーが高くて大変なんです。SF作品は、メカのディテールがとても重要になるんです。キャラクターが宇宙服を着ていたら、それは服ではなくてほぼメカ、ロボットなんですよね。街の背景が出てきたとしても、現実の写真を使うことも、トレスすることもできないので、ゼロから未来世界を描き起こさないといけない。『MOONLIGHT MILE』を描いているときから、大変だなと思っていたんですが、腱鞘炎になって絵が描けなくなって、SFを続けて描いていくことは至難の業だなと、あらためて実感しました。

――作画カロリーの高さを、今回はどのように克服していったのですか?

太田垣:今回、ひとりで描き切るのは難しいと思ったので、作画のパートナーとしてRECON Inc.さんに協力してもらっているんです。『ディアーナ&アルテミス』では、私はネームまでしか描いていません。そのネームをもとに、正しく清書してくださる、アニメーターのようなお仕事をしていただいています。RECON Inc.さんは、双葉社の平澤さんから紹介していただきました。

――ネームはどこまでお書きになっているんでしょうか。

太田垣:私のネームはほぼ下書きと言っても良いくらいまで描き込んでいるんです。腕に負担がかからないように、6Bの鉛筆を寝かせるようにして、一気に描いています。キャラクターの表情は、そのネームの段階でほぼ決まっています。

(C)太田垣康男/双葉社

――いわゆるネームと作画を分業するスタイルは、これまでに経験したことはあるのでしょうか。

太田垣:以前、スクウェア・エニックスで連載していた『FRONT MISSION DOG LIFE & DOG STYLE』のときも、作画は韓国の作家さん(C.H.LINE)にお願いしていました。最近は『機動戦士ガンダム サンダーボルト』でも、メカのディテールを外部委託することがあります。なので、今回の取り組みは、私の中では必ずしも新しい挑戦ではなかったんです。信頼できるパートナーが新たに増えたような感覚がありました。

――RECON Inc.さんとご一緒したときの良いところはどんなところにありますか?

太田垣:今回、雑誌掲載版はグレースケールだったんですが、実はデータ上は全ページをフルカラーで描いてくださっているんです。実質上はカラー連載ができているんですね。高いクオリティでフルカラーの彩色ができるスタジオは珍しい。とても得難いパートナーと出会えたなと思っています。

――今後も、RECON Inc.さんのようなパートナーとともに執筆活動を進めていかれるのでしょうか。

太田垣:これからも作家生活を続けていくには、優秀なパートナーとタッグを組んで作っていくしかない。自分自身の絵師としてのピークは過ぎてしまったという感覚があるので、お話作りに特化した作家になっていきたいという希望があります。作画をパートナーと分業するという作り方は、アメコミ(アメリカンコミック)の作り方に近いのかもしれません。遠隔地に住んでいる人たちとネットワークを介して、一緒に原稿を作っていくというやり方が、私の今後のスタイルだと思います。

――作画スタジオとの分業でマンガを作っていくというスタイルを続けていくうえで、今後の課題になりそうなことはどんなことですか?

太田垣:外部委託で作品を作るのは、スケジュールの管理が難しいんです。どうしてもタイムロスが多くなる。そこで、私はネームを毎週作るのではなくて、2~3週間かけて単行本1巻分くらいのネームを描き終えてしまう、というやり方にしています。外部委託のスタジオにはまとめて作画に入ってもらうことで、スケジュールの管理を明確化できる。マンガの制作環境は自転車操業になりがちなのですが、まとめてネーム、まとめて作画に入るというやり方なら、毎週スケジュールに追い回されることもなく、余裕を持った作品作りができるのではないかと思っています。

――マンガの新しい可能性が見えてくるお話ですね。さて、太田垣先生としては『ディアーナ&アルテミス』の今後をどのように考えていますか。

太田垣:満足しているかといえば、まだまだ満足はしていません。ネタ自体は4~5本のストックがあります。描く機会があれば、ぜひやってみたい。キャラクターの掘り下げも含めて、この世界とキャラクターたちを描いてみたいなと思っています。

――そして、本家の『MOONLIGHT MILE』の執筆再開も楽しみにしています。

太田垣:『MOONLIGHT MILE』の継続を、本当に多くのファンが求めていることは私もよく知っていますし、いくつかのところから続編のオファーもいただきました。でも、ようやく執筆体制が固まってきたところで、自分が腱鞘炎になってしまった。今の新しい絵柄で『MOONLIGHT MILE』を描くと、これまでのシリーズとの整合性が合わなくなる心配があります。もう一度、状況を整理したうえで、再開の目途を立てていきたいと思います。

――今後の太田垣先生の新たなスタイルでの活躍を楽しみにしています。

太田垣:腱鞘炎で絶望的な状況になったときに、スペリオール編集長の英断で連載が継続できたり、今回の双葉社からのオファーをいただき、また、Netflixさんから新作アニメーションのお話作りに参加しないかというお話もいただいた。自分はもうダメか、と思ったときに、自分を評価してくださる方から連絡をいただけたのは、本当に救われた思いでした。今後は、その期待に応えるべく、がんばりたいと思っています。

取材・文=志田英邦