レドと共鳴し、声優としての礎を築いた『ガルガンティア』がくれたもの――石川界人インタビュー

アニメ

公開日:2021/2/20

翠星のガルガンティア
『翠星のガルガンティア』 Ⓒ オケアノス/「翠星のガルガンティア」製作委員会

 あれから8年。新しい大地に降り立った若者は、いま大海原で活躍している――2013年にオンエアされたTVアニメ『翠星のガルガンティア』で、主人公レドを演じた声優・石川界人。この役に挑んだとき、彼はまだ声優としてキャリアを積み始めたばかりの新人だった。

 はるか彼方の宇宙で、戦争を戦っていた少年・レドが、水没した未来の地球に降り立ち、そこで暮らす人々とめぐり合う。軍人として生きてきたレドは、激変した地球で生きる人々と触れ合うことで、少しずつ心を動かされ、人として生きていくことになる。

 当時はまだ10代だった石川にとって、この作品の収録はとても刺激的な現場だったという。レドの相棒であるチェインバー役を演じた杉田智和に支えられ、ベテランのキャストたちと渡り合い、ともにひとつの作品を作りあげる。その経験は、間違いなく現在の彼の活動に活かされている。今回は、『翠星のガルガンティア』のコンプリートブルーレイボックスの発売にあわせて、彼に話を聞いた。『ガルガンティア』で得たものとは、何だったのだろうか。

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どうしたって自分が劣っているのは確かだった。その中でやれることを考えたときに、自分が出した結論は「とにかく頑張る」「可能性を見せる」

――『翠星のガルガンティア』は2013年4月にオンエアされた作品です。あれから8年が経とうとしていますが、石川さんにとって『ガルガンティア』はどんな思い出のある作品ですか?

石川:言葉にするのが難しいんですが、TVアニメ初主演だったので、僕がアニメに関わっていくうえでベースになった作品なんです。ありがたいことにスタッフやキャストの熱量がとても高く、必然的に自分の熱量も高くなりました。

――主人公レド役のオーディションを覚えていらっしゃいますか?

石川:はい。いろいろなところで話をしているんですが、オーディション会場で自分の出番を待っているときに、たまたま杉田さん(チェインバー役)さんと向かい合わせの席になったんです。以前に杉田さんとお会いしたことがあったので、「界人くんじゃないか」と話しかけてくださって。世間話をする中で、当時僕が悩んでいた妹との関係性を相談したんです(笑)。そのことばかりを思い出すので、だいぶ記憶が薄れているんですが、僕はレド役以外にも、たしかピニオン役も受けさせていただいてました。

――そうだったんですね。石川さんはまず、レド役とピニオン役の芝居をテープに収録して、テープオーディションを受けたと。

石川:そうなんです。スタジオオーディションに呼ばれたときは、レド役だけでした。でも、まったく受かると思っていなかったです。というのも、このオーディションを受けたころは、僕のような声域が中音域の若手が主演をすることがあまりなくて。声が高めな方が主演をする傾向があったんです。だから、ぶっちゃけ自信はありませんでした。しかも、僕は経験もないですし、技術もないですから、オーディションのときにたくさんディレクション(指示)をいただきまして。「ああ、これは落ちたな」と思いながら受けたオーディションでした。

――でもプロデューサー陣の満場一致で、石川さんをレド役に決めたそうですね。

石川:本当かな……っていまだに思います。本当にあのときは一生懸命でしたから。

――第1話の収録のときは「普通のセリフのみならず、宇宙語も感情を込めて演じた」そうですね。

石川:宇宙語は「現代にある言語をアナグラム的に並べ替えたもの」と説明を受けていて。収録の前に、監督がぽろっと「地球語はポルトガル語、宇宙語はドイツ語がベースになっている」とお話されていたんです。たまたま、大学で「第9(ベートーヴェン交響曲第9番)」を学部ごとにドイツ語で歌う催し物があって。そこでドイツ語の響きにはなじみがあったので、それを参考にして宇宙語の収録をしました。

――学校が、声優のお仕事に役に立ったんですね。

石川:その歌は必修授業のひとつだったんです、芸術学部だったので。高校時代はモーツァルトの「レクイエム」を原語で歌ったり、海外の言語でクラシックを歌うことが多かったので、そういう経験が『ガルガンティア』に役に立ったのかなと思いました。

――当時の収録現場はどんな印象がありましたか。

石川:とにかく一生懸命でした。声優ってこんなに大変な仕事なのか、と思いました。でも、現場のスタッフさんが優しかったし、熱量が高い。僕だけ宇宙語が大量にあるので、練習するために第3~4話までの台本を早い段階でくださったんです。おかげで第2話以降はスケジュールを組み立てて練習を積むことができたので、とても助かりました。スタッフさんも3話くらいで慣れるだろうという目算があったんだと思います。

――いま台本3~4話分を先行して入手していたというお話がありましたが、『ガルガンティア』の物語がどんな展開でどんな結末を迎えるのかは事前にご存じだったんですか?

石川:いえいえ、何も知らないです。4話以降は台本をいただいてから、内容を知りました。

――レドという役は、地球に降りて地球の人々と触れ合うことで成長していくキャラクターです。彼の役作りはどのように臨んでいたんでしょうか。

石川:そうですね……レドの境遇って、僕と遠からずの立場だったんです。当時『ガルガンティア』でご一緒させていただいた先輩方は、他の作品などでご一緒していて、コミュニティが完成されていた一面もあるんです。その中に僕がひとりポンと入っていって、そこで杉田さんがすごく良くしてくれた。そこから、ほかの声優さんとコミュニケーションをとっていく。『ガルガンティア』は1クール(全13話)作品+OVAという作品でしたけど、1クールの終盤くらいに、僕もようやくほかのキャストさんとちゃんと話ができるようになったんです。そういう人間関係の形成も織り込み済みで、僕はキャスティングされていたのではないかなと。後になって、そう考えました。

――でも、まわりはキャリアがあるキャストさんばかりで、頼れる人は杉田さんのみという状況はかなり大変だと思うんです。不安になりませんでしたか。

石川:自分にできることは限られているのはわかっていたんです。技術もないですし、キャリアもない。まわりはキャリアのある人たちばかりですから、どうしたって自分が劣っているのは確かだったんです。じゃあ、劣っている中でやれることを考えたときに、自分が出した結論は「とにかく頑張る」「可能性を見せる」。子どもっぽい結論でしたけど、やっぱり熱量だけでも見せたいなと。

――『ガルガンティア』のストーリー中盤ではクジライカの正体が明らかになるなど、衝撃的なシーンを迎えます。こういった展開を知るのは、やはり台本を手にしたときになるわけですよね。

石川:事実として確定するのが台本をいただいたとき、という感じです。やっぱりアフレコ現場で「クジライカの正体ってアレじゃないか?」といった話がキャスト陣から出るわけです。みんな、先が知りたくなるので。台本をいただいたときに、みんなで「ああ、やっぱり」と納得したような気持ちになりました。

――中盤では、人類銀河同盟で生まれ育ったレドが自分の価値観をすべて打ち砕かれる衝撃シーンもありました。こういったシーンには、どのように臨みましたか。

石川:僕は、この現場で声をあてることに誰よりも不安を抱えていたことは間違いないんです。だから、とにかくこの作品について、誰よりも知っていようと思っていました。たとえばチェインバーが人類銀河同盟のマシンキャリバーの量産機の一体であるとか、どういう種類がいて、何があるのか。とにかく資料を読み込んで、あらゆる準備をしていたんです。だから、特定のシーンでどうするかということを考えていたわけではなかったと思います。

――石川さんはいわゆる声優としてレド役を務めるだけでなく、公式サイトで「どうも、石川界人です」という連載企画をやっていましたね。これはシリーズ構成・脚本の虚淵玄さん、メカデザインの石渡マコトさんのみならず、美術関係、そしてプロデューサー陣、ニトロプラスの小坂崇氣さん、グッドスマイルカンパニーの安藝貴範さん、ブシロードの木谷高明さん、Production I.Gの石川光久さんといった、いわゆる企業の社長にまでお話を伺っています。あの企画には、どんな思い出がありますか。

石川:イヤでした(笑)。僕は人と会話することに慣れていませんでしたから。しかも、売れていない若手にとって、自分の進退を決めるような方にお会いするというのは、めちゃめちゃ怖いことなんです。僕だけでなく、当時の担当マネージャーも必死でしたし、インタビューが終わったあとに「なんであの質問をしたの」「こういう質問にしたら、もっと話題が広げられたよね」と2,3時間ダメ出しをされるんです。あのインタビューが13回……合計で26時間くらい、延々ダメ出しされていたことになりますよね。本当にあれはつらかった……。

――マネージャーさんも懸命だったんですね。

石川:人から話を聞きだすのは、こんなにも難しいんだと思いました。しかも、相手が答えている内容からさらにポイントを拾って、新たな質問をして新たな回答を引き出していく。インタビューの醍醐味ってその会話の中から生まれてくるものなんですよね。こうやって取材をしてくれるライターさんって大変なんだなと。だからこそ、取材を受けるときはこう答えようと、自分の発言の仕方も考えるようになりました。

――第12回のProduciton I.Gの石川光久さんの回では「今日はね、200%くらい話せたと思う」「今までだったら、煙に巻くようで抽象的な話し方だけど、今回は一般のお客さんも目にするので、明確に話をしたつもりです。核心を突くような話もできたと思います」という言葉を引き出していて、石川さんのインタビューの成長も感じさせる、すごく良い内容になっていましたね。

石川:あれは石川光久さんから10代、20代の若者に向けたエールだったんじゃないかと思うんです。僕のインタビューがどうこうというのではなくて、これからアニメ業界に入っていく僕の境遇に対して、石川光久さんの立場からメッセージを贈ってくださったんじゃないかなと。石川光久さんが、あの企画を、多くの人に伝える場として捉えてくれたからこその言葉だったと思います。

――ほかにもアニメに関わる方々の生のコメントが集まっていて、とても貴重なインタビューだったと思います。

石川:本当に大変な企画だったんですけど、めっちゃ良い経験でした。1本のアニメにはこれだけの人たちが関わって、それぞれの工程にはどんな苦労があって、そのうえで最後に僕らが声を当てているんだと。声優はいろいろなスタッフさんたちと直接会話をすることは限られているんですけど、みんな僕たち以上の熱量でこの作品に臨んでいる。そういうことを知ることができました。

翠星のガルガンティア

翠星のガルガンティア

翠星のガルガンティア

続編がアニメ化されたら、僕が主人公をやりたいと思っていた

――いま改めて『ガルガンティア』という作品をご覧になって、どんな印象がありますか。

石川:振り返ってみると、この作品は本当に1クールだったのかなと思うくらい、熱量と密度があるんです。それこそ村田(和也)監督が10年間温めてきた企画があって、この1クールで描かれているのはほんのわずか、氷山の一角に過ぎないんです。この作品を観ると、創作ってそうやって「作ったもののごく一部しか見えない」というものなんだろうなと。もしかしたら、村田監督がスタジオジブリ時代に身に着けたジブリイズムなのかもしれない。画面の見えないところも作り込んであるからこそ、世界観にすごく説得力があるんです。1クールの放送のあとOVAも作られましたし、続編が小説(「翠星のガルガンティア ~遥か、邂逅の天地~」)というかたちで出ましたけど、もし続編がアニメ化されたら、僕が主人公をやりたいと思っていたんです。

――『ガルガンティア』シリーズの主人公はほかに譲りたくないと。

石川:実際には難しいんですけどね。でも、それくらいの気持ちでいました。

――これから『翠星のガルガンティア Complete Blu-ray BOX』が発売され、この作品を新たにご覧になる方が多くいらっしゃると思います。

石川:恥ずかしいな(笑)。

――恥ずかしいんですか?

石川:自分もけっこうな頻度で観ているんですが、自分のお芝居をちゃんと吟味すると、やっぱりできてないところがあるんです。今観ると、もっとこうできたな、と思ってしまう。やっぱり当時は本当にがむしゃらに走っていたんだなと……こういう話をすると「当時にしかできないものがあったよね、あのころは良かったよね」と言われるんですけど、そこにはやっぱり良し悪しというものがあって、僕の価値観では「悪し」なんです。

――過去の作品は、いわゆる思い出補正があって「良し」と言いたくなる。でも、石川さんは、そう言いたくないわけですね。役者としての矜持ですね。

石川:声優という仕事は、キャラクターとの距離感やそのシチュエーションをしっかりイメージして演じなくてはいけないわけです。たとえば第1話でチェインバーの中で目覚めたときに声を出したときに、しっかりその計算ができていないじゃないかと。完成した映像を観たときに、そういう部分がどうしても僕の中では「悪し」となってしまうんです。

――アニメのアフレコ現場は、映像が完成していない状態で行うことが多い。アニメは作画と美術、音楽、文芸、演技がおりなす共同作業である以上、自分自身の力が反映する部分も限られている。石川さんはその中で力を尽くしているんですね。

石川:多くの方が関わって制作され、とても複雑化されている中で、僕たちが提供できるのは熱量しかないんです。『ガルガンティア』はその熱量をみんなが持っている現場でしたし、その想いにもっと応えられたんじゃないかと思うんです。

――オンエアから7年以上の時間が経ちましたが、石川さんにとってはいろいろな思いを抱かれている大事な作品なんですね。

石川:『ガルガンティア』のおかげでいろいろな選択肢をいただくことができて、そのうちのひとつに自分は進めているのかなと思います。実は村田監督と収録が終わったあとにご飯を食べる機会があって、そのときのことがとても印象に残っているんです。村田監督に僕は「この作品のことを一生忘れません」と言ったんです。そうしたら村田監督は「この作品のことは忘れてください」と。

――おお!

石川:「この作品を忘れて、どんどん次の作品に参加して、そのときに参加している作品が一番大事になるようにしてください」とおっしゃったんです。「石川さんには石川さんの人生がある。だから、『ガルガンティア』のことは忘れても良いですよ」と。そんなことを言われちゃったら、何も言えなくなっちゃうじゃないですか。

――村田監督は10年この作品の企画を温めてきて、それでなおかつ、「忘れてください」と言えるなんてすごいですね。

石川:いや、本当にすごいです。先ほど、僕の芝居は僕の中では「悪し」と言いましたけど、僕の人生として考えると、『ガルガンティア』に出会えたことは「良し」なんです。村田監督の言葉どおりにはならなかったかもしれないですけど(笑)、『ガルガンティア』のストーリーは人間の可能性を見出す作品だったし、僕にとっても可能性を見つけられた作品でした。

取材・文=志田英邦

石川界人(いしかわ・かいと)
プロフィット所属。2012年『あの夏で待ってる』でアニメデビュー。2013年4月にTVアニメ『翠星のガルガンティア』のレド役で初の主役を演じる。2014年、第8回声優アワード新人男優賞を受賞。近作に『盾の勇者の成り上がり』岩谷尚文役、『ハイキュー!!』影山飛雄役など。