毎週更新! みんなで語る『バック・アロウ』特集⑦――谷口悟朗監督インタビュー【前編】

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公開日:2021/2/27

バック・アロウ
TVアニメ『バック・アロウ』 TOKYO MXほかにて毎週金曜24:00より放送中 (C)谷口悟朗・中島かずき・ANIPLEX/バック・アロウ製作委員会

 信念が世界を変える! 壁に囲まれた世界リンガリンドに、謎の男バック・アロウが落ちてきた。壁の外から来たというその男をめぐり、リンガリンドの人々が動きはじめた。信念が具現化する巨大メカ・ブライハイトを駆使して、壁の外へ帰ろうとするバック・アロウ。その彼をめぐってリンガリンドの国々は、様々な策謀をめぐらしていく。ものすごいテンポ感とともに、壮大な世界がつむがれていく「物語とアニメの快楽」に満ちた、TVアニメ『バック・アロウ』が描こうとしているものは――? オリジナルアニメ作品ならではの「先が読めない面白さ」を味わうために、今回は『バック・アロウ』のスタッフとキャストの連続インタビューを試みる。

 第7回となる今回は、谷口悟朗監督が登場。『コードギアス 反逆のルルーシュ』や『プラネテス』を生み出してきた彼は、現在のTVアニメの状況をどのようにとらえているのだろうか。『バック・アロウ』に込めた挑戦を語ってくれた。

「ロボットアニメ」は25年以上前に役割を果たし終わったジャンル

――まずは、オリジナルアニメ作品『バック・アロウ』の制作の原点をお聞かせください。中島かずきさんと組むことになって、どんな作品にしたいとお考えでしたか? 先日実施した中島さんのインタビューでは、早い段階で「ロボットアニメ」という題材があったそうですが。

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谷口:まずプロデューサーから「ロボットが出る作品にしてほしい」という話があった気がしますね。同時に、中島さんの特徴を考えたときに、そういったジャンルにするのもひとつの手だと思っていました。企画段階で「転生もの」「なろう系」の方向性も考えましたが、私と中島さんという座組の特徴を活かすとすると、確かに時代遅れのジャンルだけれど「ロボットアニメ」かな?と。

――「ロボットアニメ」は時代遅れだという印象をお持ちなんでしょうか。

谷口:まあ、「ロボットアニメ」は25年以上前に役割を果たし終わったジャンルだと思っているんです。

――25年前。それは「ロボットアニメ」は世の中の流れにそぐわなくなった、という意味なのでしょうか。

谷口:一般向けではなくなった。特定の趣味嗜好の人に向けたものになった、という意味です。私の経験で言わせてもらうと、1993年あたりが最後、という印象があります。1993年はサンライズさんが『疾風!アイアンリーガー』『機動戦士Vガンダム』『勇者特急マイトガイン』や『熱血最強ゴウザウラー』をオンエアしていて、その結果、『ガンダム』シリーズがビジネス的に厳しくなったことが明らかになってしまいました。『ゴウザウラー』で、エルドランシリーズ(1991年から続く光の戦士エルドランが登場するロボットアニメシリーズ)も最後になります。勇者シリーズはもう少し続きますが、1997年の『勇者王ガオガイガー』でシリーズの終わりを迎えてしまいます。おそらく1993年が、最後の輝きだったんじゃないかと思うんですよね。1996年ぐらいまでは、余波。でも、余波から『エヴァンゲリオン』が出たので、ちょっとわかりづらくなっているんだと思います。

――谷口監督はエルドランシリーズなどロボットアニメで演出家として活躍されていました。その最後の輝きを肌で感じていらしたということですね。

谷口:ご存じかもしれませんが、私は勇者シリーズの次の作品の監督をする予定だったんです(企画名は『フォトグライザー(仮)』)。演出家時代に「ロボットアニメ」に多く関わってきた私が、いざ監督になろうとしたときには、すでにそのジャンルは求められていなかった。そういう経緯もありまして、単純にロボットアニメが好きとか嫌いではなく、ビジネスのリアルを知ったうえで言っているつもりです。

――90年代以後も「ロボットアニメ」は存在します。その後の「ロボットアニメ」はどのような存在になっているとお考えでしょうか。

谷口:もちろん「ロボットアニメ」がもうダメだと思っているわけじゃないですよ。メインストリームではなくなってしまった。いわば「怪獣もの」のように、ある世代に向けた、限られたファン層に向けたジャンルになってしまった、ということです。ちょっと補足しますね。メインというのはアニメファンのメインという意味ではありません。

――谷口監督作品の『ガン×ソード』や『コードギアス 反逆のルルーシュ』にもロボットは登場します。これらの作品でロボットを出したのはなぜですか?

谷口:『ガン×ソード』でロボットを出したのは、スタッフワークが大きいですね。ロボットを描くのが得意なスタッフがいましたし、プロデューサーもそういうスタッフワークを承知の上だったので、ロボットが出ることになりました。『コードギアス』に関しては、映像のDVDを販売するだけでなく、立体物を売ることが前提で動いていた作品です。当時のアニメのビジネスにおいてDVDとグッズは重要でしたからね。その課題をクリアするために、ロボットを出すことになったんです。

――作品としてだけでなく、スタッフ面やビジネス面を加味した結果、ロボットという要素が入ったということですね。それを物語に落とし込んでいった。

谷口:そうですね。物語上でロボットが求められる役割って次のどれかだと思うんです。「自分自身」「友だち」「受け継いだ象徴」「乗り物」「軍事の象徴」「自己の延長(自己実現や自己開放なども含む)」……それが複雑に絡み合って、ロボットに役割が託されている。

――今回のシリーズ構成・脚本を手掛けられている中島かずきさんも「ロボットアニメ」を手掛けられています。中島さんのロボット観について、谷口監督はどのように受け止めていましたか?

谷口:正直言うと、私は中島さんを「ロボットアニメの人」だとは認識していないんです。私が考える中島さんは、劇団☆新感線の人(座付き作家)や『クレヨンしんちゃん』の人(劇場版チーフプロデューサー、『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』脚本)、あとは『仮面ライダーフォーゼ』の人(メインライター・脚本)なんですよ。もちろん、これまでのお仕事で『天元突破グレンラガン』や『プロメア』もありましたし、ロボットが出たということでは『ニンジャバットマン』もありましたよね。中島さんは「時代劇」や「武侠小説」のような、大向こうに見得を切るような舞台的なセリフ回しがお得意な方なので、それを上手く活かすジャンルということで、結果的にロボットものになったんだと思うんです。だって、あのセリフ回しで現代のアイドルものや日常ものは映えないでしょう。今回は結果的にロボットが出る作品になったということですね。

――では、『バック・アロウ』では、中島さん脚本の魅力を活かすために、「ロボットアニメ」という舞台が設定されたということですね。

谷口:多少好みが狭まるジャンルかもしれないけど、ロボットを出してみようと。それが私たちにとって一番やりやすいんだろうな、ということです。

――『バック・アロウ』では信念が具現化して巨大メカ・ブライハイトになる。先ほどの谷口監督の分析によると「自己の延長」のロボットと言えるのでしょうか。谷口監督の考える「信念」とはどんなものなのでしょうか。

谷口:『バック・アロウ』における信念は、通常の日本語における信念とはちょっと意味が違っているんです。この作品で、信念とは「自分をかたち作っている核のようなもの」であって、本人自身はそれを知らないんです。ブライハイトを顕現させることができた者だけが、自分の核を知ることができる。「あなたはこういう人ですよ」とわかるんです。それがこの作品における信念です。

――ブライハイトとは、本当の自分を知ることができるロボットだと。

谷口:ブライハイトと向かい合うことで、自分が何者かを初めて知ることができる。その「己とは何者か」ということが、この作品における信念なんです。

――この作品に登場する一般の兵士たちは「お仕着せの信念の持ち主」だから、同じかたちのブライハイトに乗っています。それはつまり、他人から言われたことがその人の核になってしまっている、ということなんですね。かたや主人公たちには、それぞれ自分の核がある。

谷口:信念がそれぞれ違うし、その戦い方もそれぞれ違うということですね。

――中島かずきさんとの脚本打ち合わせはいかがでしたか。

谷口:やりにくいということはなかったですね。私がやりにくいと思うのは、たとえば……ポエムで脚本を組まれる方。「盗んだバイクで走り出す」という尾崎豊の歌詞がありますけど、あれはとても詩情的で、「その気持ち、わかるよ」というのと「バイクを盗むなんて許せん」という、いろいろな読み取り方があるわけです。受け取り方で、それぞれの価値観や美意識の違いが出てしまう。そうすると、価値観のすり合わせから始めないといけないので、どうしてもすんなりとは作業が進まないんですよね。一方、中島さんはロジックで脚本を組まれる方なので、たとえ価値観が違っていても、そのロジックさえ理解ができれば打ち合わせは進む。ゲッター線を浴びているような人だったらどうしようと思っていたんですが、とてもクレバーで価値観にもそんなにズレがなかったので、すごくやりやすい脚本家でした。

――中島さんはロジカルな脚本家であると。

谷口:そうです。大向こうで見得を切るようなシーンって、基本的にロジックを積み重ねないと書けないと思うんです。結果として見得を切る。中島さんはすごくロジカルな方だなと思いましたね。

――中島さんのインタビューでは、長い脚本を見事に1話分に収めていて、谷口監督の演出家としての手腕に感心されていました。

谷口:作品のテンポやリズムが決まってくると、だいたいどうすれば脚本が収まるのかが見えてくるんですよね。アニメは、セリフを頭から尻までしっかり聞かせたうえで、別のキャラクターが次のセリフをしゃべるという会話の演出をやることが多いのですが、私はキャラクターの芝居をなるべく生っぽく見せたいので、セリフの間にほかの人が割って入る、ということをやりたくなるんです。もちろんセリフを全部聞かせることで、セリフの一音一音がすごくきちんと聞こえるので、お客さんにもセリフの内容が伝わりやすい良さはあると思います。でも、逆に言うと、そうすることでそのシーンやキャラクターの生の感情が欠落してしまうことがあって、私はそれがイヤなんです。だから、中島さんのセリフをテンポよく、生っぽく演出することで、1話分に収めていきました。

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ムチャやヤンチャがなければ、業界が硬直化してしまう

――実際に完成した『バック・アロウ』は生っぽいドラマだけでなく、コミカルなテイストも強い作品になっていますね。たとえば第1話では、空から落ちてきたバック・アロウを、エッジャ村の住民たちは食べようとしてしまう。しかも、不思議な踊りを踊って……。

谷口:たしかに、空から落ちてきたバック・アロウ(が入ったラクホウ)を食べちゃおうと、エッジャ村の住人が謎の動きをしていましたね。エッジャ村には僻地のイメージがあったので、あれくらいするだろうと(笑)。私の頭の中にあったのは筒井康隆さんの『アフリカの爆弾』です。

――『アフリカの爆弾』はアフリカの新興国で、核ミサイルを購入したセールスマンが崇められるという短編小説ですね。

谷口:そうです。私の中では、エッジャ村にはそれくらいの未開の地のイメージがあったんです。

――踊ったり、歌ったりと、かなり自由な要素が詰め込まれていますね。

谷口:この作品は舞台のテイストを意識しながら作っていたので、私としては何の問題もありませんでした。舞台演劇ってシリアスな展開にちょっとした笑いを入れたりすることがありますよね。まあ、舞台だったら、空から神様の賜りものが落ちてきたら、踊っちゃうよね、と。

――たしかに、小劇場演劇のような自由さがありました。

谷口:ほかの演出のスタッフには、手塚治虫さんが発明された「おむかえでごんす」という手法だと伝えていましたね。

――「おむかえでごんす」!

谷口:手塚治虫さんの作品では、シリアスになりすぎたときに「おむかえでごんす」というキャラクターを出して和ませるという手法があるんですよね。コミカルなシーンは、そういった手法のひとつだと理解していました。

――第6話では美少年牧場が出てきたり、レッカ凱帝国、リュート卿和国にそれぞれ濃いキャラクターがいたりと、演出のみならずストーリーもかなり想像のつかない展開が楽しみです。

谷口:今回は良い意味でTVアニメの持っていた乱暴さや、いい加減さに立ち返りたいと思っていたんです。「映像って自由だよ」と。こういうノリについてこられないお客さんがいるだろうなとは思いつつも、今回はこういう手法ってアリなんだ、面白いと思ってもらえると良いなと。

――谷口監督はTVアニメには、乱暴さやいい加減さが失われているとお考えなんですね。

谷口:TVアニメーションがビジネスになって久しいですが、「こうしておくと問題がない」「こうしておくと売れる」といった法則やルールが強くできあがりつつあって、その中でどの作品もスタッフもあがいているのが、今のTVアニメ界だと思うんです。もし、そのルールに縛られずに、ムチャをやっていいよ、ヤンチャしてもいいよ、ということが許されるならば、その場を与えられた人は「やらなくてはいけない」。やらなければ業界に失礼だろうと。そういうムチャやヤンチャがなければ、業界が硬直化してしまいますから。

――『バック・アロウ』は硬直するTVアニメに対するムチャやヤンチャな挑戦であるということですね。

谷口:もちろんビジネスを重んじた作品作りを否定するつもりもないんです。アニメを作るには、お金を儲けないとといけませんから。でも、いろいろと挑戦できる機会があるのだとすれば、機会を与えられたスタッフにはやるべき責務があるだろう、とは思っていますね。

後編へ続く(3月5日配信予定です)

TVアニメ『バック・アロウ』公式サイト

取材・文=志田英邦

谷口悟朗(たにぐち・ごろう)
アニメーション監督、演出家、プロデューサー。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業。エルドランシリーズ、ガンダムシリーズ、勇者シリーズなどの演出を手がける。代表作に『無限のリヴァイアス』『スクライド』『プラネテス』『ガン×ソード』『コードギアス 反逆のルルーシュ』『純潔のマリア』『ID-0』など。