芦沢央「『カインは言わなかった』では、“夢に食いつぶされる”という問題を書いた」×凪良ゆう「『滅びの前のシャングリラ』最後の4ページを書くのに、2カ月かかった」

小説・エッセイ

更新日:2021/4/9

本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』5月号からの転載です

芦沢央さん
写真:鈴木慶子

 2019年8月末、凪良ゆうの『流浪の月』が刊行されたのと時を同じくして、芦沢央の本格ミステリーにして本格芸術小説『カインは言わなかった』が刊行された。近しい誕生日の著作を持つ2人による、オンライン対談!

凪良 共通の担当編集さんが誘ってくれた「オン飲み」で、芦沢さんとオンラインでお話しさせていただいた時、「この人は小説が大好きなんだな!」って感激したんです。あの日はあまりにも楽しすぎて私、お酒を飲みすぎちゃって最後の方はほとんど記憶がないぐらいで。

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芦沢 そうだったんですね(笑)。

凪良 だから今日こそ、芦沢さんとたくさん小説の話をシラフでするんだって思って来ました。

芦沢 私もまだまだ話したかったから、こういう機会をいただけて嬉しいです。じゃあ、いきなり語っていいですか?

凪良 ぜひぜひ(笑)。

芦沢 「オン飲み」の時に、私が『滅びの前のシャングリラ』で一番グッときたのは、友樹のお母さんの静香がりんごの甘煮を作るシーンだと話しましたよね。それは私自身が母として、子どもに普段何もできていないなという負い目のような気持ちと共鳴したからで。ただ、今回改めて「小説を通して凪良さんを知りたい!」みたいな気持ちで読み返してみたら、(藤森)雪絵の存在がポイントなんだと思ったんですよ。友樹のクラスメイトで初恋相手でもある雪絵は、自分は養子で妹とは違って両親の血を継いでいないから……と、家族の中で疎外感を抱いていた。でも、最後の1カ月を過ごす相手として選んだのも、実の家族とは別の、血の繋がりのない家族なんですよね。ということは、地球最後の日に誰といたいかは、血の繋がりの有無が問題じゃない。何かを選ぶことは、他の何かを捨てることでもあるという責任を負ったうえで、他の人からその選択がどう見えるとかは関係なしに、自分の意思で自分の居場所を選んでいる。雪絵は、この物語を象徴する存在なんじゃないかなと思いました。

凪良 今のお話を伺いながら、私が芦沢さんの『僕の神さま』をとっても好きな理由がわかった気がしました。主人公の男の子が「神さま」と呼ぶぐらい尊敬している同級生の水谷くんは、4話目までは本当に「神さま」みたいな名探偵じゃないですか。でも最後のお話で、水谷くんは「神さま」なんかじゃないということを提示したうえで、彼自身にものすごく過酷な道を選ばせている。絶対しんどいことになるとわかっていながら、水谷くんが自分の責任で自分の居場所、自分の未来を選ぶ姿に感動したんです。

芦沢 そう言っていただけると嬉しいです。あのラストはつらいとかひどいとか、結構言われたりもするんですよ。「子ども相手に容赦ないな!」とか。

凪良 それは、確かに(笑)。でも、未来を感じさせる、光のあるラストだったと私は思います。あと、私は芦沢さんの『カインは言わなかった』がすごくすごく好きなんですが、直接的にはダンサーと画家の話でありつつ、表現をする全ての人に関わる「人間の業」についての話ですよね。書いていてしんどかったんじゃないかと思うんですが……。

芦沢 めちゃめちゃしんどかったです……。

凪良 だけど、最後の最後でやっぱり光を描いている。私だったら、最後にあの展開は書けないかもしれない。ああ、この作家は人間を信じているんだなと思ったんです。

変われないと思っていた自分が変われた瞬間

芦沢 私はデビューから10年目になるんですが、自分に対してずっと「このままでいいのか?」と思い続けてきたし、これからもずっとそうだと思うんです。自分のことを基本的に信じていないというか、変わっていくことでしか可能性を広げられないと思っている。凪良さんは、どうですか?

凪良 私は結構頑固なところがあって、変わりたいって思うんだけどどうしても変われない。例えば私の小説って、何にも解決してないことが多い気がするんです。明確な結論を出さずに、お話を終わらせているんですよね。

芦沢 重要なポイントですね。『神さまのビオトープ』もそうだし『流浪の月』も、主人公たちの関係性は「いろいろあって、元に戻った」だけだとも言える。でも、『流浪の月』が一番わかりやすいかもしれませんが、1回目の出会いでは偶然が大きく作用しているけれど、2回目の出会いは、自分たちの意思で掴み取っていったものなんですよ。「いろいろあって、元に戻った」ように見えるけれども、1回目の関係とは全く意味合いが違う。

凪良 周りの人からすれば同じ場所から全く動いてなさそうに見えるんですけど、本人たちの心の中では、全然違う場所に行っているんです。

芦沢 だから、そこにわかりやすい変化はないかもしれないけれども、物語としてのカタルシスはあるんです。

凪良 えっ、あるんですか!?

芦沢 ある、というのが凪良作品の凄みなんだなと、今自分で話しながら初めて気づきました(笑)。周りからどう見られようと、登場人物たちが自分の居場所を自分の意思で選び取っている。人生をちゃんと前に進めている感触があるんですよ。

凪良 私は自分が何を書いているかがわからないことが多くて、今も芦沢さんのお話を聞きながら、「そういうことか!」となりました。ただ、私は『滅びの前のシャングリラ』で、4コママンガの4コマ目でいきなり全員死亡する、「爆破オチ」みたいなラストを書いてしまったので……(苦笑)。

芦沢 このラストはすごいです。みんな死んでしまうわけで、そういう意味では救いがないはずなのに、救いがある。それまで丁寧に登場人物たちのドラマを積み上げてきたからこそ、物語の必然というか、自然で強い説得力がある。鳥肌モノでした。最後の4ページは、書くのがしんどくなかったですか?

凪良 その4ページを書くのに、2カ月かかりました。書きあぐねていた2カ月は、最後の1日をみんながどう過ごしたかを、心情込みで詳細に書こうとしていたんです。そのやり方では書ききれないというか、書いても書いても終わる感じがしなかった。でも、ある時「起きたことだけ、事実だけを書いてみれば?」とアドバイスしてくださった方がいて。私は展開の妙とかよりも人の心を書いていくタイプの作家なので、そのやり方は自分の主義に反するというか、今までやってきたことを全部覆すことになる。だけど一回やってみようと書き出したら、とんとんとんと数時間で書けたんですよ。読み返してみても、事実メインで書いているんだけれども、ちゃんと気持ちも書いていた。

芦沢 うん、うん。書かないからこそ、行間から匂い立ってくるものがあるんですよね。今までの物語の記憶が、ブワーッと蘇ってくる。

凪良 できた……と思った時、パソコンの前で号泣しました。あっ、芦沢さん、私、その時自分を壊しました!

芦沢 おー!!

自分を信じていない でも、どこかで信じている

凪良 芦沢さんの「こういうお話を書こう」という思いはどこからやってくるものなんですか? いや、質問が違うのかも。何のために書くんですか?

芦沢 自分にとっての怖いもの、消化しきれない問題を、小説で書くことで少しでも明らかにしていきたい、という感覚が強いかもしれないです。『カインは言わなかった』でいえば、「夢に食いつぶされる」という問題。私には夢の諦め方がわからなくて、そのことが昔からずっと怖いんです。

凪良 夢が「作家になる」ことだったら、芦沢さんも私も今夢の中にいる。でも、夢の中にも山があるんですよね。いくつもの高い山があって、次はもっと高みに行きたいという思いが常に消えない。

芦沢 さっきは私、「自分のことを信じていない」と言いましたけど、どこかで信じてもいるんですよね。私はもっとやれるはずだ、変わることができれば、もっと面白い物語が掘り出せるはずだと思っている。

凪良 私、今、むちゃくちゃ芦沢さんと握手したいです。

芦沢 リモートじゃなければよかった!(笑)

凪良 私も自分を疑っているけれども、自分を信じていなかったら、1行だって書けない。両方の感覚があるからこそ、少しずつでも前に進んでいけるんでしょうね。

芦沢 いつかびっくりするぐらい高い山に登るためには、書き続けるしかない。いつか「これ、誰書いたの? えっ、私!?」みたいなやつ、書きたいです。

凪良 書きたい!! 自分の作品って、自分が書いたものだって意識は拭えないじゃないですか。そういう意識が全部すっ飛んでしまうような、自分が書いたものに自分で溺れてしまうような作品を、一生に一度でいいから書きたいです。

芦沢 央
あしざわ・よう●1984年、東京都生まれ。出版社勤務を経て、2012年『罪の余白』で第3回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。昨年刊行の独立短編集『汚れた手をそこで拭かない』が第164回直木賞候補となる。その他の著書に『いつかの人質』『許されようとは思いません』『貘の耳たぶ』『火のないところに煙は』などがある。

取材・文:吉田大助

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