みんなで語る『バック・アロウ』特集⑩――田中公平(音楽)インタビュー

アニメ

公開日:2021/6/12

バック・アロウ
TVアニメ『バック・アロウ』 TOKYO MXほかにて毎週金曜24:00より放送中 (C)谷口悟朗・中島かずき・ANIPLEX/バック・アロウ製作委員会

 信念が世界を変える! 壁に囲まれた世界リンガリンドに、謎の男バック・アロウが落ちてきた。壁の外から来たというその男をめぐり、リンガリンドの人々が動きはじめた。

 信念が具現化する巨大メカ・ブライハイトを駆使して、壁の外へ帰ろうとするバック・アロウ。その彼をめぐってリンガリンドの国々は、様々な策謀をめぐらしていく。ものすごいテンポ感とともに、壮大な世界がつむがれていく「物語とアニメの快楽」に満ちた、この作品が描こうとしているものは――? オリジナルアニメ作品ならではの「先が読めない面白さ」をお伝えするべくお届けしてきた『バック・アロウ』のスタッフ&キャストへの連続インタビュー。最終回は、劇伴(BGM)を手掛ける田中公平の登場だ。数々の名作の音楽を手掛けてきた彼が、意欲作『バック・アロウ』に込めた想いとは? いよいよクライマックスへ向かうアロウとリンガリンドの物語。そのドラマを彩る楽曲が生まれるプロセスについて、存分に語っていただいた。

楽曲を書くときは「一人称」「三人称」「鳥の目」「犬の目」といった楽曲の視点を考えておくことが重要

――『バック・アロウ』もいよいよ後半戦に突入していますが、田中さんはここまでご覧になって、作品にどんな印象をお持ちになっていますか。

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田中:めちゃめちゃ面白いです。こういう正統的なロボットアニメはもっと人気が出てほしいですし、こういう作品はなくなってはいけないな、と思います。いつもオンエアをリアルタイムで観ているんですけど、Twitterの視聴者の反応をチェックしていると、より楽しいですよ。

――今回の劇伴(BGM)をお作りになるにあたって、最初に取り掛かった楽曲はどの曲ですか?

田中:劇伴を作りはじめたのは2年前です。まだ映像も何もできあがっていない時期。シナリオと絵コンテ、監督との打ち合わせをベースに、楽曲を書き始めました。最初に書き始めたのは「アロウのテーマ」です。エッジャ村を歩いているところから、走り出して、最後はカッコいい戦いまで、一曲の中に詰め込んでいます。

――楽曲を作るにあたり、この作品や主人公のアロウにどんなイメージをお持ちでしたか。

田中:レッカ凱帝国はアジア風、リュート卿和国はヨーロッパ風と、最初に谷口悟朗監督から聞いていたんです。ただし、レッカは普通のアジアではないし、リュートも普通のヨーロッパではない。両方とも闇を抱えた変な国ですから、一筋縄ではいかない。その中で「明朗快活で、疾走感。空間的な広がり、未来、明るい明日をイメージした楽曲が欲しい」というリクエストがあったんです。でも、本編を見ると、どの国もドロドロしているんですよ(笑)。おそらく、生命観がある音楽が欲しかったんでしょうね。もちろん楽曲の中には「陰謀や妬み」をモティーフにした曲もあるのですが、全体としてカラッとした空気感の楽曲が多くなっています。それはきっと、アロウの性格によるんでしょうね。

――アロウの性格が作品全体のカラーに影響を及ぼしていると。

田中:本当にアロウはすごいよね。梶(裕貴)くん(バック・アロウ役)の声もぴったりだし、アロウがしゃべりはじめると、暗かった画面が明るくなる(笑)。アロウは敵に捕まっても誰かを責めたりしないし、自分のことで深く落ち込んだりもしない。アロウのまわりはドロドロしている人ばかりなのに、彼が声を発するだけで明るく爽やかになるんです。だから、アロウのテーマはひねることなく、作っていくことができました。スタッフのみなさんにも気に入っていただけたようで、いろいろなシーンで使っていただいていますね。個人的にも、アロウの楽曲は気に入っています。

――この作品はグランエッジャのような巨大な城艦だけでなく、信念がかたちになった巨大メカ・ブライハイトが登場します。ブライハイトの戦闘シーンなどの楽曲はどのような方向性で考えていったのでしょうか。

田中:この作品ではそれぞれ持っている信念によって、ブライハイトのかたちも変わるんですよね。でも最初は、シナリオしか読んでいなかったから、どういうものになるのか、正直よくわからなかったんです。とくにブライハイトになる機装顕現の楽曲は、いわゆる「ガガガ(勇者王ガオガイガー)」的なロボットものの合体変形シーンのイメージで描いたんだけど、オンエアを見て、ちょっと激しすぎたかなとも思ったんですよね。もしかしたら、もっとボワーンとした音響だけの曲でもいけたのかもしれないなと。ブライハイト関連の曲はどうしても抽象的に感じられたので、かなり難しいと思いましたね。

――とくにアロウのブライハイト・ムガはいろいろな変身をするから、固定したイメージを持つのは難しいかもしれませんね。

田中:分身しちゃうし、空も飛ぶし、剣にもなるし。オンエアされていたときに「何でもアリかよ」ってみんながTwitterでつぶやいているのが面白かったです。

――レッカ凱帝国からアロウのもとにやってきて、ともに戦うようになったシュウ・ビについてはどんな楽曲を作りましたか?

田中:シュウの楽曲には一瞬、二胡を使おうかと思ったんです。でも、そういう音色を入れると、完全に中国の音楽になりすぎてしまう。あくまでレッカは架空のアジアのイメージですからね。シュウは諸葛亮孔明のような策謀家ではなく、「ただの天才」ですから。そこで中国の笛を混ぜて、バスフルートと対比させているんです。あと、琴の音色ですね。そういった音を使うことでシュウのテーマを作っています。シュウを見ていて思うのは、やはり杉田くん(智和。シュウ・ビ役)がすばらしいよね。杉田、置鮎(龍太郎。カイ・ロウダン役)のコンビは本当にすごい。

――幼いころからの友人だったシュウ・ビとカイ・ロウダンが道を違えてしまう。ふたりの関係は、とてもドラマチックです。カイのテーマでは、どんな楽曲を作ったのでしょうか。

田中:カイはリズム的にテナーサックスを使っています。後半にはカイのメロディとシュウのメロディが組み合わさった楽曲もつくっています。

――メロディの組み合わせで、キャラクターのドラマを表現しているということですね。

田中:ライトモティーフと言うんですが、特定のキャラクターや事件を象徴するメロディなどを、いろいろなテーマ曲に混ぜることで作品のドラマを象徴していくんです。たとえば、今回では「世界壁」のテーマに、「リンガリンド」のテーマを混ぜていたりして、つながりを作っています。そういうのは、個人的な遊びに近いものなんですけどね(笑)。今回はいっぱい遊びました。

――「リンガリンド」のテーマは、どんなイメージで楽曲をお作りになったのでしょうか。

田中:荒野ですね。緑がない、広い土地のイメージ。この曲は空撮(空を飛ぶ飛行機などから撮影した風景)のイメージで描いています。リンガリンドの土地を俯瞰でとらえているイメージです。

――劇伴を作るときは、そういう視点を変えて作ることもあるんですね。

田中:そうですね。楽曲を書くときは「一人称」「三人称」「鳥の目」「犬の目」といった楽曲の視点を考えておくことが重要です。どの視点で見ているかで、曲のスケール感や雰囲気が変わりますからね。同時に、色や匂いが感じられるような曲にすることも大事です。たとえば『ONE PIECE』の曲だったら、船の上の潮の香りやカモメの声、波の音が聴こえるような曲。『バック・アロウ』のリンガリンドの曲だったら、遠くで野生動物の雄たけびが聴こえるようなイメージや、空撮で見た荒野のイメージを大事にしていました。

――アロウたちがいるグランエッジャのテーマ曲も作っているんですか?

田中:グランエッジャの曲も4~5曲書きました。グランエッジャは、映画『インディペンデンス・デイ』に出てくる、空を覆いつくすUFOくらいのイメージで描いていました。だから、かなり迫力のある曲のイメージですね。グランエッジャ発進のテーマ曲、グランエッジャ独立のテーマ曲は、自分でも気に入っています。

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アニメで世界と戦うことを、いつも考えている

――リュート卿和国皇女卿のフィーネ・フォルテの楽曲はどのようなイメージで作っていったのでしょうか。

田中:フィーネは、フィノワールへの豹変の仕方が、自分が考えていたよりもすごかったんです。とくに「舐めな!この靴を。クソジジイ」がすばらしかった(笑)。あれは小清水さん(亜美。フィーネ役)の最高の演技ですよ。最初は視聴者も「なんで小清水さんがお姫様なんてやってるの?」と思っていたみたいですけど、豹変したら、いつもの小清水さんになった(笑)。ただ、あれほどの二重人格とは私も思っていませんでした(笑)。「フィーネのテーマ」はちょっときれいな曲を書きすぎたかなと。「フィーネの暴走」という曲もあるんですけど、もっと暴走させて良かったなと思っています。

――リュート卿和国にはデマイン・シャフト科学卿など、インパクトがあふれるキャラクターもたくさん登場しました。デマイン合唱団の合唱曲も、田中さんの筆によるものですか?

田中:そうですね。デマイン合唱団の合唱曲は、歌詞を先にいただいて、そこから曲を作っていったんです。歌詞をいただいたときには「讃美歌風に」というオーダーがあったんですが、讃美歌風で「痛い~」なんて歌うのはちょっとおかしい(笑)。まだ絵もできあがっていなかったのですが、きっと歌いながら踊っているんじゃないかなと想像して。テンポの早いワルツにしたんです。そうしたら、監督が「OKです」と快諾してくれました。

――映像がなくても、想像をして音楽を作っていくんですね。

田中:昔から私は、絵や映像を想像して曲を作ることがすごく多いんです。台本や絵コンテから読み取れる、自分なりのイメージをふくらませて、この曲を描きました。

――レコーディングはどのように行ったんですか?

田中:本当は合唱団のレコーディングのときに僕も立ち会う予定だったんです。でも、ちょうどコロナ禍で、小島幸子さん(合唱団のメンバー)に託した、と。小島さんは『サクラ大戦』シリーズでメル・レゾン役を務めてくれていて、歌が上手いことを知っていたんです。だから、彼女を信頼して、合唱団をまとめてもらいました。

――中島さんのシナリオで劇伴を作られるのは、初めてだと思いますが、中島作品の印象はいかがでしたか?

田中:まず、台本が本当にすばらしいです。台本をいただいたときは、むさぼるように一気に最後まで読んでしまいました。これほど夢中になって読んだ台本は、近年珍しいんじゃないかな。中島かずき作品ってキャラクターがたくさん出てくるんですよ。しかも、そのキャラクターを最後までしっかりと描くんです。登場人物を、いわゆるモブキャラにしないんですね。そこが彼のすごいところだと思います。そのキャラクターたちに、ひとつひとつ楽曲を付けていたら、膨大な数の楽曲が必要になってしまう。それは最初からわかっていたので、どうせ中島さんはすごくたくさんのキャラクターを出すのだろうから、こちらもなるべく汎用性の高い曲を書いておいて、多くのキャラクターをカバーできるようにしていました。

――実際に全部のキャラクターを作るとしたら、どれくらいの規模になりそうですか?

田中:本気で作るんだったら、150曲くらい必要だと思います(笑)。『超電子バイオマン』や『電撃戦隊チェンジマン』のころは1年のシリーズがあったら、全部で100曲ぐらい作って、しかもレコーディングは1日でしたからね。やろうと思えば、できる(笑)。当時は、すごく大変でしたけど。

――ははは。150曲ではなくても、『バック・アロウ』では60曲以上の楽曲をお作りになっていますね。

田中:『バック・アロウ』は最初から、贅沢にやりたいという話をプロデューサーにしていたんです。レコーディングのときも、かなり大きな編成のオーケストラに演奏をお願いしました。やはり、世界で戦うには、それくらいのクオリティじゃないといけないと思うんです。

――日本のアニメ作品として、世界市場を視野に入れた楽曲作りを考えていらっしゃったんですね。

田中:世界と戦うことを、いつも考えているんです。日本のアニメは、はじめから世界を目指すクオリティで作らないといけないなと思っているんですよ。映像としてのクオリティは高いのだから、コンピュータの打ち込み音楽だけで世界に対抗するわけにはいかない。予算がないから、打ち込みだけという状況になっていたわけで。今回は、アニプレックスさんが音楽に予算をとってくださったので、私にできる全てをやろうと思って、かなりクオリティの高い、分厚い音楽をつくっています。譜面を見てもらえばすぐにわかりますが、譜面が真っ黒けなんですよ。

――譜面が真っ黒けとは……音符の数が多い?

田中:いえいえ、私は譜面を手書きで書いているから、譜面を書き込んでいくうちに、五線紙が真っ黒になってしまうんです。

OST Disc2 M13「希望あるもの」より
OST Disc2 M13「希望あるもの」より

――田中さんは譜面を手書きされているんですか?

田中:そうなんですよ。現在は、関わった楽曲は全部手書きで譜面を書いています。アニメーターさんも昨今は3DCGを使ったりもするけれど、やっぱり手描きの良さもあるじゃないですか。同じですよ。私たち(作曲家)もコンピュータを使う人が多いけれど、フレーズをコピペしていくような作り方をしていたら、ダメだと思うんです。もっと血の通ったものを書かないと。

――田中さんは、キャリアの早い時期に打ち込みを使っていますよね。

田中:そうですね。私はまだシーケンサー(音楽を自動演奏させるプログラミング機器)が発売されていないころ、誰も打ち込みを使っていない時期に東京藝大作曲科同期のメンバーと、NECのパソコン・PC-8001mkIIを使って、打ち込みで音楽を作っていたんです。アニメ『ドラゴンボール』の「魔訶不思議アドベンチャー!」の編曲はコンピュータを使ってやっていたんですね。でも、しばらくすると、みんなが打ち込みを使うようになってきたので、これはもうやめようと。あえて手書きにこだわって、血の通った音楽を作ろうと思ったんです。

――手書きとコンピュータだと、できる音楽も違いますか?

田中:そうですね。以前、ワーグナーのトリスタンとイゾルデの自筆楽譜を見たことがあって、それを見たときに涙があふれてきたんです。「ワーグナーはここにいたんだ」という生々しい現実が感じられたんですよね。あと、フィンランドに行って、シルベウスの交響曲2番の自筆譜を見たことがあるんですが、その楽譜をよく見ると、違うフレーズを書いたところを消しゴムで消して、その上に現在私たちが知っているフレーズが書かれていることがわかったんです。ああ、現在私たちが知っているフレーズにたどり着くまでには、いろいろな試行錯誤があったんだと、シルベウスの頭の中が見えたような気がしたんですよね。手書きの楽譜にはそうやっていろいろな想いが記されていくものなんです。

バック・アロウ

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バック・アロウ

アニメは「5割増しでやるのが丁度良い」

――さて、いよいよ物語も後半戦にはいります。田中さんがお作りになった曲で、これからオンエアされる楽曲もあるんですよね?

田中:そうですね。後半にはクライマックスに向けて追加で作った曲が使われると思います。先ほどお話したように、モティーフをいっぱい散りばめていますね。

――田中さんが注目されているキャラクターはいらっしゃいますか?

田中:私はビットが好きですね。これからどんどんフィーチャーされていくと思います。はじめはみんな、ビットのことを弱虫と思っていたかもしれないけど、この作品は彼の成長物語でもあるのかなと思っていて、すごく好きです。ビットのテーマ曲はおふざけのシーンをイメージして書いていたので、カッコいい曲を書いてはいないのですが。

――レッカ凱帝国の凱帝ゼツ・ダイダンやリュート卿和国の選帝卿・ルドルフ・コンダクトーレといったキャラクターたちも後半はいよいよその正体を明かし、決戦へと向かいます。

田中:ゼツはすごいね。この作品の主人公はアロウだけじゃなくて、言ってしまえば、全員が主人公みたいな話で、それぞれにドラマがあるんですよ。ルドルフだって、脚本を読んでいるときは、こんなキャラクターになるとは思っていなかった。オンエアを見ていて、ルドルフが最初に登場したときは三木さん(眞一郎。ルドルフ・コンダクトーレ役)がこんな声を出すとは!、と驚きましたね。まあ、彼(ルドルフ)が変身してからは、三木さんだなと思ったけれど(笑)。だから、『バック・アロウ』は台本だけではわからないことがいっぱいあるんだよね。そういうところもすごく面白い。

――クライマックスの田中さんの楽曲も楽しみです!

田中:先日、日高のり子(声優、女優)とも話をしたんだけど、アニメは「5割増しでやるのが丁度良い」って言っていたんです。感情の変化も、驚きの芝居もちょっとオーバーにやると絵とぴったり合う。私の音楽も5割増しくらいの感覚があって。ここ30年くらい実写の音楽の仕事を断っているんだけど、自分には5割増しのアニメの音楽が向いているなと感じているんです。サウンドトラックを聴いたら、きっとお腹がいっぱいになるだろうなと思います(笑)。

TVアニメ『バック・アロウ』公式サイト

取材・文=志田英邦