「SNSのキラキラ投稿を見て疲れる」「自分の投稿への反応に一喜一憂」 SNSで人と比べて落ち込むときは…

暮らし

公開日:2021/7/4

SNSでの友だち関係で落ち込む

 次に多かったご意見は「友だち関係」でした。

 たとえば仲が良いと思っていたのにフォローをしてもらっていない、自分の投稿にはあまり「いいね!」をつけてもらえない、人気のあるアカウントの人には投稿するのに自分にはコメントをもらえない、自分の誘われていない集まりがあったなど……。

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 ただし、本当に嫌がらせを受けている場合や、ケンカなどで個人間の仲がこじれている場合は一旦除いて考えましょう。それは気の持ちようではどうにもならない問題で、個別の具体的な解決法を考える案件です。

 おそらく皆様が気にしておられるのは「大きなトラブルがないはずなのにSNS上の他人の反応や投稿で一喜一憂してしまうこと」だと思いますのでその前提でお話を進めます。

 たしかに先に紹介したような事態があると、「もしかして嫌われているのかな」と考えてしまうことはありますよね。また「私の投稿にもいいね!してよ! コメント書いてよ!」なんていくら思っていても言いづらいと思います。

 本当に嫌われているのかを確かめたり、解決したりするための術がなく、もんもんと落ち込んでしまうのもわかるような気がいたします。

 ではどんな風に捉えればいいのでしょうか。

 これはもう「文化がちがう!」と考えるしかありません。たとえばお葬式に行くのなら黒い服というのは多くの人が知る常識ですが、地域によっては「お通夜に出ていい人」が暗黙の了解で決まっていることもあるそうです。そのようなローカルルールまでは把握できないですよね。このように「文化」の中には守るべきルールもあれば、たくさんの「暗黙の了解」も存在するものなのです。

 SNSというのはまだできて間もなく、あちこちでその媒体ごとに「ルール」が生まれています。

 たとえばLINEの「既読」は単に読んだことが確認できるシステムだったはずなのに、いつの間にか「既読無視は失礼」という新しいルールが生まれました。そこからさらに「私は既読無視は気にしない」という派閥が生まれたり、「スタンプには返信なしでOK」というローカルルールができたりしているようです。

「いいね!」機能についても「既読」の意味で押す人もいれば、本当に「いいね!」と思った人しか押さないという人もいます。もちろん「いいね!」と思っても押さない人もいますよね。

 SNSは知り合いとつながるのが目的という人もいれば、むしろ知り合い以外の人とつながりたいという目的の人もいるでしょう。この2人が相互になると、おそらく「いいね!」や「コメント」の価値観がちがってくると思われます。

 つまりSNSは使っている人によって「ルール」や「文化」が全然ちがうのです。あなたが「常識」だと思っているルールでも、少し違ったコミュニティに行けばまったく通用しないことがあります。

 そこで「自分が思っているルールと意味は、相手と同じではないかもしれない」という視点を大切にしてください。これは必要以上に自分が傷つかないというだけでなく、相手の気持ちを尊重することにもつながります。

SNSで落ち込むのは「距離感」が適切ではないのかも…

「キラキラ投稿を見てキラキラした人だと思い込んでしまう」というのは、ある意味相手をありのまま見ていないとも言えます。見えない部分を自分の想像で補完して、実際の相手とはどんどんかけ離れた人物像になってしまうのです。「粗を探せ」とは言いませんが(笑)「これはこの人の一部」と思うだけでも、適切な距離を保ちやすくなると思われます。

「友だちの反応に自分のルールで意味づけをしてしまう」というのは、逆に距離が近すぎます。相手と自分が同じかのように捉えてしまっているので、「文化がちがう」と思いながら少し距離をあけるとちょうど良いのではないでしょうか。

 SNSではお顔や相手の反応が見えない分「距離感」というものが失われやすくなります。落ち込む必要がないと頭ではわかっているのに落ち込んでしまっているときは、相手との「距離感」がおかしくなっているかもしれません。そんなときはぜひ「距離感」を疑ってみてくださいね。

文=白目みさえ

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