映画『恋する寄生虫』林遣都×小松菜奈対談――虫に寄生され、社会に適応できない2人を通して見えてくるものとは

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公開日:2021/11/6


 映画『恋する寄生虫』が11月12日より公開される。10~20代から絶大な支持を得る三秋縋の代表作を原案にした本作は、切なくも美しいラブストーリー。主演の林遣都さん、小松菜奈さんにお話を伺いました。

(取材・文=河村道子 撮影=網中健太)

――選んでいただいた本のお話から伺います。林さんは『殺人の門』。出演された映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』とは、東野作品のなかにあって、読み心地、後味が対極を成す一作ですね。

 そうですね(笑)。田島という一人の男の人生につきまとう倉持という強烈なキャラクター、その二人の男の切っても切れないつながりがすごく面白くて。ヘビーな話だけど、先が気になってしょうがない。僕は本を読むのが遅いのですが、この本はひと晩で一気に読んでしまったんです。

小松 (手に取って)すごい! 600ページ超えなのに。これは相当、面白そうですね。

 面白い! 登場してくるのはある意味、どうしようもない人々ばかりなのですが、それもエンターテインメントならではのひとつの魅力だと思って。元気をもらえる作品も大切だけど、今のちょっと疲れた世の中で、そんな人間たちを見ると、どこか心が軽くなるような気もするんです。

小松 たしかに。私も読んでみたい。

 田島という男は、裕福な家庭で生まれ育ったんだけど、小学生のとき起きた家族の事情を発端に、人生が狂っていってしまうんです。そして小学校の同級生でもある倉持は、そんな田島の人生になぜかずっとつきまとっていく。田島は人生のターニングポイントで、必ず倉持と出会ってしまい、影響を受け、悪い方へ、悪い方へと行ってしまうんです。そして“こいつさえいなければ”って……。

小松 殺しちゃう……みたいな?

 いわゆる“殺人の門”を越えるかどうか、という。

小松 なるほど、タイトルの意味は、そこにあったのか。

 “人を殺す”行為というのは、いかなることかというのが、この物語のテーマなのですが、僕が強く感じたのは、人の性格、人格というものは、生まれ育った環境の影響がすごく強いんだな、ということ。田島も倉持も、すごくしんどい人生を歩んでいるんです。この物語の面白さ、凄さは、なぜか読む人に、そこへの感情移入をさせず、ただ“覗かせる”こと。そしてその“覗く”という行為に読む側はわくわくしてしまうんです。


――小松さんが選ばれた本は『アルケミスト 夢を旅した少年』。

小松 私は旅行が大好きなんですけど、旅の本をネットで探したとき、おすすめの本にこの一冊が出ていて。19歳か20歳くらいのときだったのですが、そのとき、自分が欲しかった答えと出会えたような気がしたんです。自分を待つ宝物が隠されているという夢を信じる羊飼いの少年が、アンダルシアの平原からエジプトのピラミッドに向けて旅に出るという話なのですが、彼は旅をすることで、いろんな人のいろんな価値観に巡り合い、それを素直に受け止めていく。自分の旅の経験も重ねつつ、わくわくしながらページをめくっていました。遣都さんは旅行、お好きですか?

 すごく好きです。

小松 旅行に行ったときって、周りは誰も自分のことを知らなくて、その知らない誰かと喋って、ドキドキというか、わくわくというか……。

 解放感がありますよね。

小松 それをこの本からも感じました。今いる自分の幸せ、今ある環境のありがたみというものを、旅することによって改めて実感するということも。

 実は昨日、家でDVDを整理していたんですけど、そこで18歳のときに行かせてもらった旅番組の映像を見つけたんです。

小松 どちらに行ったんですか?

 ベトナム。僕にとって初めての海外旅行でした。“一人で行ってこい!”みたいな番組だったんですけど、その映像を観て驚いたんです。行ってすぐのときと帰るときとでは顔つきがまったく違っていて。

小松 へぇ。

 未知の環境に飛び込み、さまざまな人と触れ合っていくことによって、10代の頃の自分が変化していくのが手に取るようにわかって。“この旅のなかで自分はこんなに成長していたんだ”って、なんだかうれしくなりました。

小松 そういう旅の経験って、人生を豊かにしていきますよね。いろんな人との出会いでつながっていくこと、そこから得ていく人との距離感も。それもこの物語のなかには描かれていて。読むと、また旅行に行きたくなるんです。今、旅に行けないじゃないですか。まさか、こういう世界になるとは思っていなかったので、自由に旅に出ていたことはけっして当たり前ではなかったんだ、ということも考えさせられました。


――夢を追求しているときは、心は決して傷つかないという、この本のなかの言葉からは“心って何だろう”ということにも思いが巡っていきます。それはラブストーリーを通じて、人の〈心〉はどこにあるのか、ということを描いた、映画『恋する寄生虫』のテーマにも重なりますね。

小松 誰かを好きになることなんて一生ないと思っていた恋を諦めた孤独な二人が〈虫〉によって〈恋〉の病に落ちていく。恋に落ちるのは、虫のせいなのか、それとも心のせいなのか。撮影現場でも“心が動くか、動かないか”ということを中心に考えていました。原案で著されている感情を、実際に演じてみると、たとえば、“こんなふうには思えないかな”という感情が立ちあがってくることもあって、映画は、人が描き出すものなので、自分たちを通したリアルを大切にしたかった。ワンシーンごとに、いろいろ話しましたよね。

 ずっと話し合っていました、〈心〉について。恋をしてしまうのは〈虫〉の仕業かもしれないという物語の設定に、僕はすごくファンタジーの要素を感じたのですが、登場人物は誰もが持つ人の弱い部分を抱えている人間ばかりで。その部分への説得力は大切にしていかなければと考えました。〈虫〉が心に寄生するという設定の前にあっても、変化していく心というものを、みんなで感じ合いながら、この映画をつくっていけたらなと。

――極度の潔癖症で人と関わることができずに生きてきた高坂(林遣都)。視線恐怖症で、不登校の高校生・佐薙(小松菜奈)。不器用な二人が、少しずつ共感し合い、〈恋〉に落ちていく過程は、〈心〉そのものが映し出されているようでした。

 高坂と佐薙の変化、積み重ねていったその心のイメージを共有し合うことを大切にしていました。撮影中は、そこにずれが生まれないよう、脚本とずっとにらめっこしていました。

小松 私も。この期間脚本とかなり向き合いました。

――世界を拒絶し、世界から拒絶されているという心理を持つ、それぞれの役に対しての理解はどのように組み立てられていきましたか。

 僕は考えこむと抜け出せなくなるタイプで。そこに囚われないように、ということを日々心掛けながら過ごしているんです。なので、人と触れ合ってきていない二人に恋心が芽生え、距離が縮まっていくという、ファンタジーだからこそのスピード感については、自分のなかで戸惑う部分も正直、出てきて。でも、そうした僕自身の思いも、現場では正直に、皆さんに相談していました。がんじがらめになりそうなときは、“ファンタジーに託す”みたいなところと葛藤しながら演じていました。ファンタジーに身を委ねることの大切さと自分自身の気持ちとのバランスを探りながら。

小松 私は役に対して、わりと直感的なアプローチをしていました。柿本監督はCGを多く使われるので、殊にCGがインサートされる場面の撮影時は、自分がどう動くか、どう表現するかというのは言葉にできない難しさがあって。そんなCG場面も含め、“動くしかない”という自分の感覚みたいなものを駆使して闘っていたんです。だからこそ、遣都さんがいてくださって本当によかったと思っています。遣都さんは脚本を軸に、忠実に考えてくださる方なので、気付けなかったセリフやシーンの奥にあるものまで提示し、“こうするとどうかな?”と提案をしてくださって、すごく助けていただきました。遣都さんの提案でラストシーンも変わりましたよね。

 いやいや、僕ではなく(笑)。でもあのシーンについては、柿本監督とすごく話し合いました。今は物理的にも精神的にも、人との関係が遠くなってしまいがちですよね。そのなかで誰かを頼ったり、自分の弱みを隠して一歩を踏み出そうとすると、どうしても無理が生じてきてしまう。そんなに無理しなくていいんだよ、わかり合える大切な人に目を向けることが大事なんじゃないかなということを、僕はこの物語から痛切に感じたんです。そんな想いを監督と語り合ったところから、あのラストシーンは生まれてきたと思います。完成作を観終わったあと、“あれ?”と感じたのは、登場人物が全然いないということ。現場では意識していなかったのですが。

小松 高坂と佐薙、ほぼ二人の物語ですよね。

 それが柿本監督の演出によって、すごく意味のあるものになっていました。冒頭の周りの人との見せ方だったり、二人以外の人たちとの空気感の違いの描き方が秀逸で。リモートで話す機会が多くなった今、対面しないと感じとれないことが出てきていると思います。誰もが積み重ねてきたそうした苦しさみたいなものがあるなか、身近な人や大切な人に目を向けること、そこだけの世界でちゃんと幸せはちりばめられているんだということに、この作品を観てくださった方の気持ちがつながっていったらいいなと思います。

小松 撮影はコロナ禍になる前で、“虫と恋? 寄生して恋するってどういうこと?”と、ストーリーの設定に少し戸惑っていたんですけれど、今ではどこか予言のようになってしまったように感じています。この映画では〈虫〉、私たちの今いる世界では〈ウィルス〉〈菌〉。共存するという意味では同じで、私たちはこれからも菌と一緒にこの世界を生きていかなければならない。そして情報もたくさん飛び交っていて、何を信じたらいいのか、何が本当なのかもわからない。そんな世界に今いる私たちに対し、人が信じるべき軸のようなものを、この映画は明示し、伝えてくれるのではないかなと思いました。

こまつ・なな●1996年、東京都生まれ。2014年に『渇き。』で長編映画デビューを飾り、日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ多くの賞を受賞。出演作に、映画『糸』『さよならくちびる』『さくら』『ムーンライト・シャドウ』など多数。公開待機作に映画『余命10年』。

はやし・けんと●1990年、滋賀県生まれ。2007年、映画『バッテリー』で俳優デビュー。第31回⽇本アカデミー賞新⼈俳優賞ほか多数の新⼈賞を受賞。出演作に、映画『私をくいとめて』『犬部!』、舞台『友達』など多数。映画『護られなかった者たちへ』が現在公開中。

[林遣都さん]ヘアメイク:主代美樹 スタイリング:菊池陽之介 衣装協力:ジャケット8万2500円(チノ/モールド TEL03-6805-1449)、Tシャツ2万9700円(トーガ × トモオ ゴキタ)、シャツ3万800円、パンツ 4万7300円、ブーツ7万5900円(全てトーガ ビリリース)(全て TOGA 原宿店 TEL03-6419-8136)(全て税込)
[小松菜奈さん]ヘアメイク:小澤麻衣(mod’s hair) スタイリング:二宮ちえ 衣装協力:シャツ8万2500円、スカート12万7600円(全て OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH™/EASTLAND TEL03-6231-2970)(全て税込)

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小松さんが表紙で持った本

『アルケミスト 夢を旅した少年』

『アルケミスト 夢を旅した少年』
パウロ・コエーリョ:著 山川紘矢、山川亜希子:訳 角川文庫 616円(税込)
羊飼いの少年・サンチャゴは、そこに彼を待つ宝物が隠されているという夢を信じて、エジプトのピラミッドに向けて旅に出る。「何かを強く望めば宇宙のすべてが協力して実現するように助けてくれる」――少年は、さまざまな出会いと別れのなかで、人生の知恵を学んでいく、世界的ベストセラー。

林さんが表紙で持った本

『殺人の門』

『殺人の門』
東野圭吾 角川文庫 924円(税込)
祖母は母により毒殺されたという噂から裕福な家庭が傾きだしたのは、田島が小学校5年生の時。両親の離婚、父の女遊び、大切な人の死……。人生の節目に必ず現れ、田島の進む道を捻じ曲げていくのが同級生の倉持だった。湧きあがる彼への憎悪。心の闇に潜む殺人願望を描く、衝撃の問題作!

原案

『恋する寄生虫』

『恋する寄生虫』
三秋 縋 メディアワークス文庫 715円(税込)
失業中の青年・高坂賢吾と不登校の少女・佐薙ひじり。二人は社会復帰に向けてリハビリを行うなかで惹かれ合い、やがて恋に落ちる。何から何までまともではない、しかしそれは紛れもない恋。けれど幸福な日々はそう長くは続かなかった。彼らは知らなかった。二人の恋が〈虫〉によってもたらされた“操り人形の恋”に過ぎないことを――。

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映画『恋する寄生虫』

映画『恋する寄生虫』

社会に適応できない二人。柿本監督が描きたかった、“心の在り方”

 極度の潔癖症から誰とも人間関係を築かず、孤独に過ごす青年・高坂(林遣都)は、視線恐怖症で不登校の少女・佐薙(小松菜奈)の面倒をみてほしいという奇妙な依頼を受けた。露悪的な態度をとる佐薙に辟易していた高坂だったが、それが自分の弱さを隠すためだと気づき、共感を抱くようになる。クリスマスに手をつないで歩くことを目標に決めた二人はやがて惹かれ合い、初めての恋に落ちていくが――。

 新鋭作家・三秋縋の大ヒット作品を原案として、メガホンを取ったのは、現在放送中の大河ドラマ『青天を衝け』のタイトルバック映像をはじめ、CMやミュージックビデオを中心に、多岐にわたって活躍を広げる柿本ケンサク。映像と音楽が織りなす斬新なスタイルで、現代の孤独、そのなかに生きる者の心象風景を繊細かつ美しく描き出した。

〈虫〉に寄生され、社会に適応できない二人のストーリーを通して、柿本監督が描きたかったのは、“心の在り方”。そこには今、社会が置かれている状況のなかで、自分や未来への希望を見失っている人々へ、本当に大切なものが何かを見失わないための温かなメッセージが託されている。そのメッセージを体現するかのように、切なくも美しいラブストーリーを紡いでいったのは林遣都と小松菜奈。本作が初共演となりW主演を務める二人の姿からは、スクリーンを通してリアルな感情と等身大の感動が流れ込んでくる。

原案:三秋 縋『恋する寄生虫』(メディアワークス文庫/KADOKAWA 刊)
監督:柿本ケンサク 脚本:山室有紀子
出演:林 遣都、小松菜奈、井浦 新、石橋 凌 配給:KADOKAWA

11月12日(金)全国ロードショー