話題作が続々! コミック界は”ちょいエロ”ブーム!? 専門家に「最新事情」を聴いてみた

マンガ

公開日:2021/11/21

『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』などの大ヒットが牽引する形で、活況を呈しているコミック市場。その中で今存在感を放っているのが、性描写やフェティシズムを大胆に取り入れた「ちょいエロ」コミックだ。インターネット・SNSを中心に話題が広がり、青年漫画や少年漫画といったジャンルを超えて、さまざまな読者から人気を集める作品も増えている。しかし、なぜいま「ちょいエロ」なのだろうか? これまでにもあった、いわゆる「エロ漫画」との違いとはなんなのか? 話題作の担当編集からのコメントを寄せていただくともに、日本出版販売株式会社で本の情報サイト「ほんのひきだし」編集部の吉田元さんに、コミックを取り巻く最新事情についてお話を伺った。

(取材・文=小川智宏)


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――今、コミックの売上が伸びているそうですね。

吉田:今年に入ってちょっと途切れてしまったのですが、昨年までは前年比で100%を超える売上となっていました。やはり吾峠呼世晴さんの『鬼滅の刃』(集英社)というビッグタイトルがあったことが大きかったのですが、『鬼滅の刃』を除いても、前年超えでした。ヒット作に押し上げられる形で、書店にお客様が来るようになったと見ています。

――なるほど、リアル書店での売り上げが上がっているんですね。

吉田:そうですね。弊社には「全国書店員が選んだおすすめコミック」という企画があるんですが、そちらで書店員さんに座談会をしていただいた際に、これまでと違って若いお客さんや親子連れのお客さんが増えているという話があったり、もともとコミック好きな人には、「この日にこの作品が出る」と、前もってリサーチしてお店に行くお客さんが多かったんですけど、今は特に決めずに書店に入ってみるお客さんが増えている、という話もあります。その影響で、ビッグタイトルと併売されている作品を、「面白そう」と手に取る方が多いようです。

「鬼滅ヒット中の今こそ要注目!「全国書店員が選んだおすすめコミック2021」発表直前座談会」

――そんなコミック市場の中でも、本日はちょっとエロ要素のあるコミックのお話を中心に伺えればと思っているんですけども。今伺ったようにコミック全体が伸びている中で、売れているコミックにはどういう傾向や新しさがあるのでしょうか?

吉田:今、漫画への接点が雑誌や単行本だけではなく、例えばTwitterで作家さんがアップされている画像や出版社さんの漫画アプリ、電子書籍などにも広がってきていて。そうやって接点が増えているところがかなり大きいのかなと思っています。ちょっとエロ要素をもった漫画はこれまでにもあったと思うんですけれども、それが目に触れる機会が増えている分、市場でも存在感が出てきているように見えるのかなと思います。

――これまでは限定的だったものが、間口が広がっていると。

吉田:そうですね。弊社でも新しく売れ始めたコミックを発掘するために「第1巻ランキング」を調査しているんですが、上位はわりと話題になっている作品が並んでいるものの、その下を見ていくと、たとえば「小説家になろう」などの小説投稿サイトに投稿された作品が原作になって生まれた作品などがどんどん売れてきていることがわかります。こういう作品の読者の方は他のコミックと同時に購入してくださる方が多くて、そこで話題になっていくと、ある程度売り上げのところも積み上がっていくんですね。

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こうした作品に関していえば、成年向け漫画を書いていた方がキャラクターデザインや、作画を担当していたり、作品そのものが性行為を前提とした作品もあったりします。そういった理由もあって、数としてもそういう性質を持った作品が目立つように見えるのかなと。

――新たなフィールドから作家さんが登場してくることで、作品の内容の傾向も変わってきていますか?

吉田:たとえば「週刊少年ジャンプ」で連載されていた河下水希さんの『いちご100%』や桂正和さんの『I”s』のような、いわゆるお色気シーンやフェチ感をそそる描写を入れ込んだ漫画は昔から変わらずあると思っているんですが、より直接的な行為が描かれた作品が売上ランキングでも上位に入っている印象があります。

――確かに、表現としても、いわゆる成年向けではない作品でも、かなりギリギリを攻めているような作品も多いですよね。

吉田:そうですね。前だったらいわゆる「朝チュン」(夜のシーンを省略し、翌朝に場面転換することで行為があったことを匂わせる手法)で終わってたところが、しっかり夜の営みも描いているものが多い。でもそのシーンを描くことが主題ではなく、思ったよりサラッと、物語の展開で至極自然に描かれているんですね。たとえば講談社さんの『あせとせっけん』という作品は、匂いを嗅ぐシーンであったり、直接的な行為のシーンもあるんですけど、物語としては主人公のふたりが出会って交際して、夫婦になっていくというお話がメインなんですよね。

これを物語上の延長としてとらえる人もいれば、「Hなシーンだな」と捉えている人もいると思います。そういう作品が多い気がしますね。「次にくるマンガ大賞」の候補にも選ばれていた、双龍先生の『こういうのがいい』という作品があるんですけど、この作品も、描写としてはかなりダイレクトです。ただこれも、漫画だから直接的に見えるけど、文字媒体だったらそんなに気にならない内容なのかもしれないですし。

あせとせっけん

担当編集 講談社 モーニング編集部 鈴木さんのコメント

青年漫画として、大人の恋愛(不倫だとかアンモラルなものとしてではなく)を描くうえで、エロを描写として省くのは「嘘」になるよね、という話になり、平和な世界観を描くうえでも尚、恋愛ものとしてのリアルさを保つためにはエロシーンは必要なものでした。また、そうしたシーンは、例えば少年漫画のラブコメではなかなか読むことができないものでもあり、「本来読めないはずのものが読めてしまう」漫画になったらいいなと思っていました。なのでストーリーの流れの上で「そうなるよね」というシーンでは基本惜しみなく描いていただいています。

作家は「女の子が赤面して恥ずかしがっているところを描きたい」と言っていたものの、エロシーン自体を積極的に描きたい!というわけではなかったと思うのですが、それでも要所でしっかり描き込んでくれました。担当としては感謝しています。

読者の方からは、「エッチなのにいやらしくない」と言っていただけたのはやはりうれしかったです。また「家の壁になってこの二人のラブラブぶりをずっと見ていたい」とお手紙いただいた時は「なるほど」と思いました。どちらも、主人公カップルを、リアルなキャラクターとして捉えていただいているからこその感想で、「彼女ならこんな態度をとるんじゃないか」「彼はこんな言い方しないんじゃないか」と、キャラクターの人間性に重きを置いて作ってきた漫画だったので、やはり喜ばしかったです。

――たとえば奥山ケニチさんの『ワンナイト・モーニング』とかも、主題は夜の行為自体にあるわけではないですよね。

吉田:そうです。そこが主題ではない。作品全体を通して見ると、決められた型にハマらない登場人物たちの人間関係が描かれていると思います。ただ、そこに行為があるとちょっと目がいってしまうというところはありますね(笑)。

ワンナイト・モーニング

――そういう描写が可能になっているのは、世の中的にもそういうものに対してオープンになってきている、みたいな傾向もあるのかもしれないですね。

吉田:確かに、いいのか悪いのか、何か目に触れやすいですよね。

――逆に、ユーザーが待っていられないというのもありそうですよね。いきなりクライマックスを持ってこないと、すぐに飽きてしまうのかもしれなくて。

吉田:それもあると思います。漫画に限らずですが、第1話から「なんだこれ!」っていう作品じゃないと読まれにくくなっているのかな、と思いますし、知り合いの編集の方に伺ったんですけど、先ほどお話した小説投稿原作の作品に関していえば、いわゆるテンプレとされる展開がある中で、「そこから外れているよ」ということを読者に対していかにアピールするかの手法として、オチを1ページ目から持ってきたり、第1話にすごい仕掛けをするようにしているそうなんです。いわゆるエロ要素も、その手段のひとつになっているのかもしれないですね。例えばその描写だけが妙にリアルだったり、克明だったとしたら、その部分だけでも見たいなと思ってくれるかもしれないですし、物語がどうなっても「そのシーンがある作品なんだね」ってなるかもしれないので。

――「ダンダダン」(龍幸伸)とかも、第1話が秀逸ですよね。

吉田:すごかったですね。最初から「これは他の作品と違うな」と思わせるエネルギーが溢れています。性行為をしようとする敵、女性の裸が描かれる、といったちょっとエロの方向に行きそうな要素が溢れているのに、そちらの方向にいきません。話の勢いと圧倒的な絵に魅せられました。

ダンダダン

――エロ描写みたいなものが、作品に読者を食いつかせるフックになっている部分もある、と。

吉田:そうですね。すごく雑な言い方にはなってしまいますが、やっぱりみんな興味があるんですよ、エロに対して(笑)。それに対するアンテナが、「この漫画面白い!」っていう感度よりも、もしかしたら高いのかもしれないです。その感度に合致したものを、漫画にかかわらず手に取っている部分はありそうですね。

――逆に言うと、そこのセンサーに合致すれば手に取ってもらえる。一言で「エロ」というキーワードで括っても、作品のジャンル的にはかなりさまざまなものがあるじゃないですか。日常系から異世界もののファンタジー系まで、自由度が高いですよね。

吉田:「少年ジャンプ+」で連載している『魔都精兵のスレイブ』(原作:タカヒロ、作画:竹村洋平)はエロ要素をフックにしている作品の一つだと思います。主人公の少年が多数いる女性キャラクターたちの奴隷となって怪物たちと戦うアクションマンガなんですが、戦った後にその対価として女性たちから“いろんな”施しを受けることになる。戦いのハードさによって、その施しの過激さが上がっていく感じで、エロ要素はどんどん上がっていきます。ただ、この作品は物語そのものが、十分に面白いんですよ。原作は『アカメが斬る!』というTVアニメにもなった作品を手がけたタカヒロ先生です。1話ごとにどう展開していくのかワクワクできる王道な物語で、バトルの部分だけを切り取ってもすごく楽しめる作品ですね。

――だからキャッチーな要素としてエロがありながらも、作品としてはしっかりしていつつ、エロをひとつの武器として使えるようになってきてるのかもしれないですね。

吉田:そうですね。物語を動かす上で使っている武器の一つ、キャラクターの魅力や物語の面白さといったものに続くような武器なのかもしれません。もちろん、描写については十分配慮されるべきだと思います。『魔都精兵のスレイブ』に関しても、現実の世界の常識からは逸脱している設定です。「そういった行為が大丈夫な設定」というような、あくまでもフィクションであるという前提が分かりやすく明示されています。

――ファンタジーではない、日常系の作品についてはどうですか?

吉田:リアルな設定に近ければ近いほど、そこに至る理由までリアルに描かれるというか。そこが面白いポイントなのかもしれません。たとえば『正臣くんに娶られました。』(漫画:烏丸かなつ、原作:兎山もなか)という漫画があって、少女漫画なんですけど、主人公が女子高校生で、そのお母さんが亡くなってしまってどうしようってときに、もともと知っている男子高校生が「俺のとこに嫁に来い」という話をして物語が始まるんですね。性行為をしたがる男子高校生と、ちょっとそれは早いという関係、行為よりも駆け引きが描かれているんです。

正臣くんに娶られました。

担当編集 白泉社・デジタル編集室 室長代理・山下さんのコメント

身寄りを無くしたヒロインを救うため、幼なじみである正臣くんが、彼女を一人にしない為に求婚します。ですが、それは「一人にしない為」だけでは無く、元々から彼女が好きだったからです。だから形式だけの偽装結婚ではなく、正式な結婚を申し出るわけです。夫婦であれば、性生活があるのは当然でもあり、また健全な若い男子であれば、行為をしたがるのは自然な事だとも思います。

作品内でのキャラクターの行動原理として、必然性を求めた結果としてその要素が存在するのだと思います。『ちょいエロだから売れる』という安直なものではなく、ストーリーとしての必然性があるので、そのような描写が含まれているのだと考えています。

――この作品は、「花とゆめコミックス」じゃないですか。それでこの内容はインパクトあるな、と思いました。

吉田:男女の駆け引きや関係性、という視点から考えると、これまでの少女マンガらしい作品とも言えますね。内容も過激な表現があるかもしれないですけど、たとえば昼ドラを見たら、そういう関係性って普通に描かれているじゃないですか。それが漫画に移行したと考えると、腑に落ちるところもあるんですよね。原作と作画のお2人が描いていた『才川夫妻の恋愛事情』(ぶんか社)というTL(ティーンズラブ)作品も成年向けマンガという枠組みを超えた読みごたえのある作品でおすすめです。

――青年誌から少年誌、そして少女誌まで、エロ要素がどんどんタブーではなくなっているようにも思います。実際の売上として拡大していくような傾向は、今後さらに広がっていくんでしょうか。

吉田:前提として、エロ要素があるかないかを判別してデータベースにしているわけではないので、それがメインストリームになってるのか、それともあくまでもサブ的なものなのかの判別はしにくいところではありますが、コミック市場の下支えになっていることは間違いないと思います。もちろん、それがすべてのコミックの中で売上1位になるかといったら難しいかもしれないですけど、読者がしっかり定着する作品は出てくると思います。桜井のりおさんの『僕の心のヤバイやつ』(秋田書店)にしても、エロ要素があるといえばあるんですが、「次にくるマンガ大賞2020」などのマンガ賞も獲っていて、売れ行きも好調です。いろんな層のファンがいる作品なので、「エロいから売れない」ということはきっとないのだろうな、と思います。

――わかりました。コミック市場の今後の展望については、どのようにお考えですか?

吉田:『鬼滅の刃』などの話題となった作品や、コロナ禍をきっかけに電子書籍やECが伸長したこともあり、より多くの人にマンガが読んでもらえるようになりました。どんな人が読んでも面白い、もしくは「この読者層だったら絶対面白いと思ってもらえるマンガだ」というコミックはまだまだたくさんあります。こうしたマンガを発掘して、それが売れるように積極的に仕掛けていくという動きが加速すると思います。面白いマンガをいかに読者に届けられるか、こうした取り組みを一業界内の人間として考えるとともに、いち読者としてはもっと沢山の面白い作品と出合いたいと思っています(笑)。

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