『アイドルマスター シンデレラガールズ』の10年を語る(クリエイター編):作曲家・TAKU INOUEインタビュー

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更新日:2022/2/1

2021年、『アイドルマスター シンデレラガールズ』がプロジェクトのスタートから10周年を迎えた。10年の間にTVアニメ化やリズムゲームのヒット、大規模アリーナをめぐるツアーなど躍進してきた『シンデレラガールズ』。多くのアイドル(=キャスト)が加わり、映像・楽曲・ライブのパフォーマンスで、プロデューサー(=ファン)を楽しませてくれている。今回は10周年を記念して、キャスト&クリエイターへのインタビューをたっぷりお届けしたい。クリエイター編のラストに登場してもらったのは、『アイドルマスター シンデレラガールズ』の多彩な音楽性を象徴する作曲家、イノタクことTAKU INOUE氏だ。自身のルーツであるクラブミュージックのエッセンスを注いだ数々の名曲のエピソードや、『シンデレラガールズ』への熱い思い入れなど、幅広く語ってもらった。


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アイドルが歌って魅力的になる曲、という軸はガチッと固めつつ、音楽的にも面白いものを、独り善がりにならないように

――まずは、『シンデレラガールズ』が10周年を迎えたことへの感慨を聞かせてください。

TAKU:自分がナムコで働いているときに始まったプロジェクトで、当初は(バンダイナムコスタジオの)中川浩二さんや内田哲也さんの仕事を拝見していたんですけど、やっぱり感慨深いですね。最初はみんなでいろいろ考えて、手探りでやっていたプロジェクトだと思うし、本当におめでとうございます、という感じです。

――10年続いている上に関わる人の熱量が落ちない、むしろどんどん高まっていくプロジェクトが『シンデレラガールズ』だと思うのですが、その熱量の源について、イノタクさんはどう感じていますか。

TAKU:『シンデレラガールズ』に限らないかもしれないですけど、『アイドルマスター』は関係者もわりと楽しんでやっている印象があります。それぞれ推しアイドルがいたりして、もちろん仕事としてやりつつも、自分の熱量をしっかり込めているんだと思います。それってユーザーさんにも伝わるところだと思うし、やっぱり僕らもアイドルたちのことを知ってしまっているので、そういう意味でも思い入れを持ってやっていることが伝わってきた結果なのかな、と思いますね。

――イノタクさんの場合、その思い入れはどこから湧き上がってくるものなんでしょうか。

TAKU:『アイドルマスター』って、僕が会社に入ったときにはすでにかなり人気のコンテンツで、自分の作風的にやれることはないかもしれないな、と半ば諦めの気持ちでいたんです。そんな中、ひょんなことからまずは作詞を頼まれて。で、『アイドルマスター』で初めて作編曲まで手がけたのが“Romantic Now”だったんですけど、当時めちゃくちゃ気合いを入れて“Romantic Now”を作ったことを覚えています。まずそこで自分も熱量がグッと入った感じになって、ありがたいことに反響があって、“Hotel Moonside”もそうですが、いろんな挑戦をさせてもらいつつ、自分のキャリア的にもすごく大きな作品になりました。他の方の曲を聴いてみたりする中で、いろんなアイドルに対する思い入れも湧いてきますし、10年続いてきて、自分の中にも積み上がってきたものがありますね。

――『アイドルマスター』に関わったきっかけが「ひょんなことから」というお話でしたが、詳しくお聞きしてもいいですか?

TAKU:僕の場合は、もともとラップを好んで聴いていたバックグラウンドがあったので、「おまえラップ書けるじゃん。やってみろよ」って最初に言われたのが、765プロダクションの“Honey Heartbeat”という曲の作詞だったんですね。たとえば『リッジレーサー』とか、ゴリゴリのクラブミュージックみたいな音楽をやっていた人間だったし、「アイドルソングはないだろう」って思われていたんじゃないかな、と思います。その次が『シンデレラガールズ』の“アップルパイ・プリンセス”という十時愛梨ちゃんの曲の作詞でした。そこで、「こういうアイドルの曲やつもいけるのかも?」と、たぶん中川さんが思って、 “Romantic Now”をやらせてもらったのかな、という。

――『シンデレラガールズ』の楽曲を作るときに楽しいと感じる部分と難しいと感じる部分、それと「これだけは絶対に外さないようにしよう」と考えているポイント、の3点について聞かせてください。

TAKU:楽しいところは……ちょっと語弊がありますけど、パッと思い浮かばないです(笑)。苦労している印象のほうが強いかな。でも、曲ができ上がって、プロデューサーさんからの反応を見るのが、やっぱり楽しいですね。ありがたいことに、いい反応を受け取ることが多かったので、それはもうものすごく楽しいです。でも、作るときは「どうしよう、どうしよう」ってずっと思っていますね。やっぱりアイドルを育ててきたのはプロデューサーの皆さんなので、まずそこを裏切りたくないし、とはいえ「いや、こういうのくるよね」って正攻法で攻めるのも、自分に期待されてるものではないだろう、と思います。自分なりの方法論を入れ込みつつ、プロデューサーさんに喜んでもらえるものを作るプレッシャーは大きいです。そういう意味では、特に歌詞はだいぶ悩みます。「こんなこと言わんでしょ」みたいなワードはまず入れたくないし、でも意外性も欲しいし、アイドルの新たな魅力に気づいてほしい、といつも思っていて。そこのせめぎ合いは、毎回苦労しますね。

外せないポイントは、曲を出すと「あっ、イノタクっぽい」って言われちゃうので、その意味ではうまくいってるのかわからないんですけど、やっぱりアイドルソングであるという軸は、外さないようにしようと思っています。アイドルが歌って魅力的になる曲、という軸はガチッと固めつつ、音楽的にも面白いものを、と考えていますね。独り善がりにならないように、これもずっと考えています。聴いた人がどう楽しんでくれるだろうかっていう――これは『シンデレラガールズ』に限らずかもしれないですけど――その視点は、常に持つようにしています。

――先ほど話に出ていた“Romantic Now”は、この特集でも何度か話題になっている曲のひとつで、まず田中秀和さんが2年前のインタビューから引き続き“Romantic Now”の話をしていました(笑)。

TAKU:(笑)好きですね、彼は。

――今回の特集では黒沢ともよさんにも“Romantic Now”の話も聞かせてもらいました。ここで改めて、作詞・作曲のイノタクさんに、“Romantic Now”制作当時のエピソードをお聞きしたいです。

TAKU:まずは発注が中川さんから来て、「おっ、ついに来たか」と。作詞と作曲、編曲も含めてやらせてもらえるのかな、と思って話を聞いてみたら、小学生のアイドルだと(笑)。しかも当時のディレクターさんからは、「ラップをやりたい」っていう謎の発注も来ていて(笑)、「えっ? なんで?」と。まずは、小学生でラップをすることの意味を考え始めました。で、作っては投げ、作っては投げで、最初はいい歌風の曲を作って中川さんに出したら「いや、これちょっといい曲風すぎるな」っていう、そのままの答えでしたね(笑)。相当、試行錯誤をして現在の曲ができました。で、オケもそうなんですけど、やっぱり歌詞がね……当時僕も30過ぎのオッサンですから、小学生女子の気持ちを想像しつつ、それをラップに落とし込まないといけないので、《チェックワンツー》を小学生だったらどう言うんだろう、と考えて、算数に絡めてみたり(笑)。「ヨー」とかもそのまま言わんだろう、と思って、あえて《洋服選び》の「洋」をラップの「ヨー」に聞こえるように作ってみたり、ギミックをいろいろ仕込んだ感じでしたね。

サウンド的には……なんでああいうふうになったんだったかな(笑)。今聴くと、自分でも「よくこれを1作目に持ってきたな」とは思うんですけど、言うてもやっぱり自分がやるならってところで、自分らしさも果敢に入れていった感じはしますね。でも、リリース直前は「ああ、これは叩かれるだろうな」って思いながら過ごしていたのを覚えています。歌録りは、そんなに苦労しなかったと思います。ライブで初めて見たときも「すっごいなあ」と思ったし、この曲は黒沢ともよさんにとてもよくしてもらった印象があります。人を選ぶ曲だと思うし、彼女じゃなければまとまらない曲だったかもしれないですよね。

――乗りこなすどころか、普通に臨んだら振り落とされそうな曲ですからね。

TAKU:ほんとにそうだと思いますね。あの曲のラップを、小学生感を出しながら乗りこなすのは相当大変だったと思うんですけど、難なくやっているように見せた彼女はすごいなって思います。

――黒沢さん的には、“あんずのうた”に衝撃を受けて、「ここまでエクストリームなことをやらないといけないんだ」っていうプレッシャーを感じていたらしいですね(笑)。

TAKU:それは自分も思いました(笑)。“あんずのうた”を佐藤貴文と八城雄太がやったことで、「ここまでやっていいんだ」「ここまで振り幅が広いプロジェクトなんだな」という気持ちで取り組めたので、そういう意味で“あんずのうた”はよくやってくれたなって思いますし、いい意味でプロジェクトとしての礎になったんじゃないかと思います。“お願い!シンデレラ”と“あんずのうた”はみんなが知っている歌になっていると思うし、自分の中でひとつの基準になりましたね。

――そして、イノタクさんの『シンデレラガールズ』における代表曲と言えば“Hotel Moonside”ですが、あらゆるプロデューサーさんに絶大な波及力をもった曲なんじゃないかと思います。こちらも、制作時のエピソードを聞きたいのですが。

TAKU:流れ的には“Romantic Now”をやったあとに、765プロダクションのほうで2曲ほど曲を作らせてもらって、そのあとに765のリミックスアルバムでガチガチのクラブミュージックをやったんですね。そんな中で、ド直球のアイドルソングじゃないクラブミュージックでもいけるじゃんって、関係者の人たちが思ってくれたんだと思います。で、当時のディレクターさんから速水奏のソロを、というお達しが来て。彼女のキャラクター性として、当然キャピキャピソングではないだろうし、わりと奥行きのある、クールな雰囲気の曲がいいのかなと思ったので、遠慮せず打ち込みの曲を作りました。

タイトルは最後にできたんですけど、歌詞を全部書き終わった時点では「XOXO」って書いて「キスキス」って読ませる、手紙の最後に書くやつですね、それを仮タイトルにしていて。ただ、ちょっと弱いなあって自分でもは思っていたところで、なんとなく“Hotel Moonside”というタイトルが出てきて――言ってしまえば“リバーサイドホテル”から着想を得たんですけど、さすがにアイドルソングに「ホテル」とつけていいのか、みたいな気持ちもあり、当時関係者に確認して、「“XOXO”じゃなくて“Hotel Moonside”でどうですかね」ってお伺いを立てたけど、全然返信がなく、「やっぱダメだよなあ」と思っていたら、情報解禁のときに「速水奏:“Hotel Moonside”」って出て、「OKだったんだ?」みたいな(笑)。

――いい話ですよね(笑)。

TAKU:そうなんです。歌録りは、スケジュールの関係でほぼ立ち合えなくて、自分がディレクションしたのは《1 2 kiss kiss》だけなんですけど、そこだけは変な言い方だとファニーになっちゃうから、「ここだけは絶対に自分がディレクションしたいです」と言って、歌とは別の日にそこだけ録らせてもらいました。30分くらいかけて、《1 2 kiss kiss》だけを録りましたね。この曲は3rdライブの幕張公演でドカーンと跳ねて、飯田友子さんのパフォーマンスは今思い出しても神懸かっていたと思うし、僕も会場で見ていましたが、それまで何度も『アイドルマスター』のライブを見てきて、プロデューサーさんがザワザワザワッてなるのを初めて見ました。

「これ、すげえこと起きてるな」ってなんとなくそこで思って、その後CDが突然めちゃくちゃ売れたり、自分がDJをやる機会もあるんですけど、その日を境に“Hotel Moonside”のリアクションがガラッと変わって、突然アンセム扱いになったりして。自分の名前も、そこで知ってくれた人が多いのかなと思いますし、自分のキャリアの中でも本当にデカい曲ですね。でも、ここまで有名にしてもらったのは、やっぱり飯田友子さんの幕張のパフォーマンスが本当によくて、それに尽きると思います。

――飯田さんと“Hotel Moonside”の話をしたときに、歌詞の中が《天秤座行きのバスでキス》がとにかく好きなんです、という話をしていて。

TAKU:あっ、そこが好きなんだ、そうなんですね。

――速水奏は成熟している感じに見えて、天秤座に向かって行くのはバスなんだ、と。この言葉選びがすごいよね、この言葉選びという話で。

TAKU:なるほどな~。あれ、なんでバスにしたんだったかなあ。ロマンチックなほうを選んだのかな、と思いますけどね。車だと、高校生は運転できないし、誰も乗ってないバスってけっこうロマンチックだよなあ、みたいなところで、バスにしたんだと思います。そしてそのバスから”リバーサイドホテル”の歌詞を連想して、現在のタイトルに至った記憶があります。でも、歌詞に1個も「ホテル」は出てこないんですけど、“Hotel Moonside”とタイトルをつけたことによって、一気に景色が広がった気がしていて。たぶんそのまま“XOXO”だったら、今こうなってないんじゃないかな、と思いますね。“Hotel Moonside”にしてよかったです。

今でも、1stライブでサイリウムを渡してくれたプロデューサーさんに、お礼を言いたい

――今回の特集では、他のクリエイターの方にもお話を伺ってますが、作詞も作曲もアレンジもご自身でする方って、多くはないじゃないですか。その中で、田中さんに今後チャレンジしたいことを聞いたところ、「イノタクさんのように自分が作った曲で作詞もして、楽曲の強度を高めたい」という話をしていて。楽曲の強度を高める歌詞、にとても興味を惹かれたのですが。

TAKU:たぶん、作詞をすることで増すのは強度というよりも尖りなのかなって思います。尖りというか、エッジですかね。うまく言えないんだけど、他の方に作詞を頼んだほうが曲の強度が高まることはもちろんあるし、ひとりよりふたりの脳を使ったほうが、幅広い人にアピールする曲はできあがりやすいと思います。ただ、何から何までひとりでやってると、自分の中で――たとえば“Hotel Moonside”だったら、速水奏に対する思い、「自分はこう思ってます」みたいな解釈の部分で、人とは共有できない深みのような部分は、もしかしたらひとりで作るほうが出やすいのかもしれないです。プロダクトとして完成されてるというよりは、ちょっとイビツな部分がひとりでやったときに出るのかな、と思いますね。『シンデレラガールズ』のように、我々関係者もアイドルに対して熱量を持っているプロジェクトだと、特にその傾向は強いんじゃないかな、と思います。

――2年前のインタビューで、他のクリエイターさんの曲に「やられた!」と感じた曲として、トリ音さんの“ましゅまろ☆キッス”を挙げてもらいましたが、最近だとどうですか?

TAKU:これはもうぶっちぎりで、“OTAHENアンセム”です。素晴らしい曲だと思うし、セルフサンプリングがすごく上手ですよね。10年かけて積み上げてきたものがあって、それをもう一度楽しめるもの昇華させるというところがすごいです。自分も歌詞を聴いて、もう声を出して笑っちゃったんですけど、素晴らしいなと。あのサンプリング感覚には脱帽だったし、「自分もこういうのやりたかったな」って思うし、あれを受け入れてくれるプロデューサーさんの土壌にも、改めて感銘を受けました。“OTAHENアンセム”は素晴らしい曲です。

――クリエイターさんのインタビューでは、取材で話したことが「言質」になってそのアイドルの曲の発注が来るという話題が出ていまして、前回イノタクさんはナターリアのソロを、という話をしていましたが、他にも希望はあるんでしょうか。

TAKU:LiPPSの曲はやりたいですね。速水奏も好きだし、レイジー・レイジーも好きだし。そのメンツが揃っているLiPPSは、いつかやらせてもらえたら嬉しいですね。2年前の田中くんとのインタビューで、「ふたりで共作したいよね」って言ったあとに、“Go Just Go!”の発注が来たので、そういう流れはあるんでしょうね。ここで言うとやることになるっていう(笑)。

――(笑)“Hotel Moonside”のパフォーマンスの件を話してもらいましたが、これまでライブをご覧になってきて、特に印象的だった公演はありますか?

TAKU:やっぱり、3rdライブの幕張2日目は、たぶん一生忘れないでしょうね。あの日を境に自分の人生も変わったというか、名前を知ってもらって、「“Hotel Moonside”みたいな曲を書いてください」っていう発注も増えました。まあ自分は、ただ見てただけなんですけど(笑)。あとは、1stライブのアンフィシアターも思い出深いですね。あのとき、たぶん関係者席がなくて、普通にお客さんに混じって、僕と“あんずのうた”の佐藤貴文とで並んで見てたんです。僕らはサイリウムを持っていなかったんですけど、隣に座っていたプロデューサーさんが「これ使ってください」って、曲ごとに1本1本色を教えてくれつつ渡してくれて。しかも、ふたり分ですよ。当時、僕らを知ってる人なんで誰もいなかったと思うので。いちプロデューサーさんとして優しくしてくれたんだなあ、と思うと、「ああ、いいプロジェクトだなあ」と思いますよね。

――最高のエピソードですね。

TAKU:今でも、あのときのプロデューサーさんに、お礼を言いたいですね。あの日は、関係者も「ついに1stライブまで来た」って大喜びで、楽屋にも挨拶に行ったんですけど、会う人の8割くらいが泣いてた(笑)。みんな、『シンデレラガールズ』が好きなんだなあ、と思いました。

――『シンデレラガールズ』が、作曲家としてのイノタクさんにどんな影響を与えたと思いますか。

TAKU:自分では出世作だと思っていますし、『アイドルマスター』の曲をやっていなかったら、わざわざ会社をやめてレコード会社入って、みたいなこともなかったと思います。育ててもらったプロジェクトだな、とは思っていますね、ずっと。だから協力できることがあればしていきたいし、これからも恩返しをしていけたらと思います。

――では、『アイドルマスター』全体にもメッセージをお願いします。

TAKU:もう20周年は余裕で射程圏内だと思うし、ここまで来たら行くところまで行ってほしいですよね。親子で『アイドルマスター』のライブに来る、みたいな光景が……もしかしたらもうあるのかもしれないですね。親子3代でライブに来てもらえるような、国民的アイドル・コンテンツになってほしいです。

取材・文=清水大輔

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