“最後の手紙”をあなたに。連載開始から10年、「本当の最終巻」が発売!『orange』高野苺インタビュー
公開日:2022/5/7

累計600万部、実写化&アニメ化も話題となったマンガ家・高野苺の青春SFラブストーリー『orange』。5年ぶりとなる新刊、『orange(7)―大切なあなたへ―』がついに発売された。連載開始からちょうど10年、主人公の菜穂が受け取った手紙も10年の時を超えた。同じ10年という節目に届けられた「本当の最終巻」だ。それは、作者から読者への手紙でもあった。
(取材・文=吉田大助)
10年後の最終巻は物語を通して読者をも救う
長野県松本市に家族と暮らす16歳の高宮菜穂は、高校2年生の始業式の日に「10年後の未来の自分」からの手紙を受け取る。ぶ厚い手紙に記されていたのは、これから起こる出来事と、後悔を回避するために選ぶべき道。全ては、始業式の日に東京からやって来た転校生・成瀬翔の死を防ぐために紡がれた言葉だった。実は、須和弘人、村坂あずさ、茅野貴子、萩田朔──翔と友達になった他の4人にも、「10年後の未来の自分」から手紙が届いていた……。
当初、最終巻になる予定だった第5巻は、その時選んだ行動で新たな未来が生まれると予感されるエピソードで最終話を迎えた。続く第6巻では、第5巻最終話の“その先の未来”とともに、“翔を失った未来”が須和視点で語られていった。そして、マンガ家自身が「本当の最終巻」と公言する第7巻は、翔を救うことのできた世界が舞台。自分が生まれてきた意味とは。幸福の意味とは? その問いと答えは、登場人物たちを介して読者の胸に届く。物語を通して読者をも救う、『orange』という作品の魅力が溢れていた。


いま、明かされる想い――――最終7巻ストーリーガイド
未来からの手紙を受け取った菜穂以外の4人はどんな葛藤を抱いていた? 未来を生きる翔がくだした選択とは? タイムカプセルに埋めた「翔への手紙」も4人分、全文掲載されている。
あずさ編「幸せって何だろう」
幸せになるヒントを求めて周りを観察し、導き出した答えは──⁉

貴子編「それがアンタの本心?」
人には興味がない、誰かが辛くても自分には関係のないことだ、と思っていた。でも、そのクールさの裏には――⁉

萩田編「俺の役目って何だ?」
翔が抱いた「死にたい」という気持ちは、自分にはわからなかった。でも、「生まれてきた意味」はわかる。それは――。

須和編「俺の事好きになってほしかったな――…」
翔が生きて、それでも菜穂と自分が結婚する世界もあるのかもしれない? 菜穂に告白を試みるものの……。

翔編「強くなりたい」
「強くなりたい」と願う翔は、ずっと連絡を取っていなかった父親に会いにいく。そこで呪いのような言葉を受け取るが……。

紡がれる仲間たちの想い。選び取った“未来”とは――?
『orange』連載開始からちょうど10年、大人になった菜穂が手紙を書いた年に、最終第7巻を刊行し有終の美を飾った高野苺。6人の登場人物それぞれにフォーカスした第7巻の創作秘話とともに、読者に対する思いを伺った。
2015年に刊行されたコミックス第5巻には、「最終巻になりました」という作者コメントが記されていた。続く文章は、「でもこの物語はずっと続いています」──。その物語を読みたいという読者の声が、高野苺が第6巻を描く原動力となった。
「第5巻までのストーリーの他に、須和と菜穂が、翔の死後にどんな気持ちの変化があって結婚したのかも頭の中では考えていたのですが、本編の“翔を救う”というストーリーとは関係がなかったので描きませんでした。でも、読者の方からもっと読みたいと言っていただけたことも大きかったですし、“須和の気持ちを考えると辛い”という感想をよくいただいていたんですよね。菜穂と結婚した世界でもそれを選ばなかった世界でも、須和は幸せなんだ。そこを描くことで、須和だけでなく、読者の方の気持ちを救えたらなと思ったんです」
2017年に刊行された第6巻の作者コメントは、さらなる続刊を予感させるものだった。「収録しているものは番外編のお話ですが、5巻から繋がるお話として『6』としました。6巻も最後ではないのかもしれません…」。
「7巻まで描くことは、実は6巻を出す前に決めていました。それを連載開始から10年のタイミングでお届けできたら、読者の皆さんに喜んでいただけるかもしれないなとも考えていましたね」
その裏には、6巻の制作過程で起きた予想外の出来事があった。
「須和の気持ちを丁寧に描いていったら1冊分のボリュームになってしまったんです。描きたかった話が6巻だけでは収まらなかったので、7巻まで描くことを決めました。まず最初に考えたことは、7巻は“翔への手紙”をテーマにするということ。それまで菜穂以外の5人の心情はあまり描いていなかったこともあり、翔に対して思っていること、届けたい言葉、後悔などをそれぞれの目線で表現していこうと思いました」
アズ、萩田、貴子。この巻で初めて描かれた3人の内面は、意外性以上に、深い納得感を抱かされるものだった。
「アズは一番幸せそうに見えるけれど、“自分でも幸せを感じているのかな?”と。萩田は生死のことなど何も考えなさそうだけれど、翔のことを知って考えるようになっただろうな、貴子はいつも凛としているけれど、翔が亡くなった時は動揺しただろうな、と……。3人の人間味ある部分を描いてみようと思いました」
登場人物たちの人間性への理解が深まっていったからこそ、最終話の感動が爆発するのだ。
「みんなの思いを受け取った翔が自分でどう考えて、どう生きていくのかを、翔目線で描いてみたいと思いました」
最終話の翔は、「強くなりたい」と言えるようになっている。新たな出来事を経験し、自分に「幸せになる資格はないんじゃないか」という考え方がよぎることはあるものの、そこを乗り越えていく姿が描かれている。
「翔は強くなったというより、自分にも優しくなっていった感じかなと思います。優しさを知っているから、人にも自分にも優しくできる。他の誰かに幸せを渡すには、自分も幸せを知っていないと渡すことはできないですよね。守りたい人ができて、幸せを知って、また別の誰かを幸せにする翔が描きたかった。それを本当の最終話とするのは、このお話のラストにふさわしかったのかなと思っています」
自分でもできたはずなのにできなかったことが、後悔
第7巻では、これまでとはまた違ったかたちで、手紙の存在がフィーチャーされている。振り返ってみれば、「10年後の未来の自分」から届くものがメールなどではなく、手書きの手紙であったことは、この物語にとって重要だった。
「小さい頃に観た映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』で、マーティーに70年前にいるドクから手紙が届くというシーンが衝撃で、そこから未来からの手紙もいいなと考えていました。手紙だと自分の字から嘘ではないとわかるけど、それでも信じられない不思議さを出すことができるんです」
最初は信じられなかった、信じ切れなかったから、重大な選択を誤ってしまったのだ。『orange』は冒頭で、「10年後の未来の自分」だけでなく、「10年前の過去の自分」もまた“後悔を消せなかったという後悔”を抱いてしまう主人公の姿が描かれる。その後悔は、物語が進むにつれて強まっていく。
「作品を描きながら自分の後悔について考えてみました。単に“できなかった”というだけではなく、“その時、選択肢にあったのに選ばなかったこと”や“その時の自分にもできたはずなのに、できなかったこと”を後悔しているな、と。なので、この先同じことがあれば、今度は後悔せずにできるとは思います。でも、それができるようになるのは後悔があったからだし、後悔せずに生きるのも大事だけど、後悔したことで得るものもあるんだろうなと考えていました」
過去は変えられない。しかし、変えることができるものもある。
「後悔を消すことはなかなかできないし、自分の性格も変えられないけれど、“考え方”で悪いことも良いことに変えられると思います。特に7巻は、これまでと違って大きな行動は誰もしていません。でも、考え方を変えることで、今よりもっと生きやすい道を探しているんですよね。それは“人生を変える一つの方法”だと思うんです」
第7巻を完成させた今、どんなことを思っているのか。「後悔はないです」。心の中に満たされているものは、読者への感謝の念だ。
「これまで読んでくださった方のおかげで7巻ができました。7巻は翔への手紙というテーマで描いてきましたが、読んでくださる方も読んだ後に生きやすくなるようなメッセージを込めたので、読者の方へのお手紙でもあります。“大切なあなたへ”、届いていると嬉しいです」
たかの・いちご●長野県出身。高校在学中にマンガ家デビューを果たす。著書に『夢みる太陽』『君になれ』など。2012年に連載開始した『orange』はこのたび、全7巻で完結。
10年をともに歩んだキャラクターたちへ 高野さんからのラストメッセージ
to 菜穂
「菜穂は私と性格が近いので私ができない事は菜穂もできなかったけど、菜穂はちゃんと成長してできるようになっていって、みんなには当たり前にできる事かもしれないけど、私からしたら本当にすごい事です!」

to 翔
「翔には絶対生きてほしいと思って、どうしたら救えるのかをずっと毎日考えていたので、最後は私も一緒に救えた気がして生きててくれて嬉しいです」

to 須和
「須和は読者の方からモテモテで羨ましかったけど、みんなができない事を須和はやっていたからなんだなーと、賞をあげたいくらいすごく頑張りました!」

to 貴子
「貴子は芯が強く、内面も外見もこうなりたいと思う理想の女性です。あと、上田先輩は殴ってほしかったです」

to あずさ
「アズはいつも元気で、私が疲れていてもアズがいるシーンは本当に元気になれました。萩田とお幸せに」

to 萩田
「萩田の、真面目なシーンでもふざけられるポジションはありがたかったです。大好きなアズと結婚してください」

(c)高野苺『orange』/双葉社