「痛車」は文化として定着したか? 休刊する『痛車グラフィックス』の果たした役割とは?

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公開日:2016/9/9


『痛車グラフィックスVol.27』(芸文社)

「痛車(いたしゃ)」という言葉を聞いたことがある人は少なくないと思う。ご存じない人に解説すると、これは漫画・アニメ・ゲームなどのキャラクターを用いて装飾した車のことである。1980年代には類似のものが存在したというが、注目を集めだしたのは2000年に入ってからだろう。秋葉原あたりでも多く見かけるようになり、専門のイベントまで開催されるほどの人気に。それを受けて「痛車」を扱った雑誌が作られることになる。芸文社の『痛車グラフィックス』もそのひとつで、2008年3月に創刊。季刊ながら8年に亘って発行されたが、『痛車グラフィックスVol.27』をもって休刊することが決定した。

 おそらく読んだことのない人には、痛車専門誌にどういうことが書いてあるのかピンと来ないだろう。痛車の写真がグラビアのように掲載されていると思われるかもしれない。まあそういうページも当然あるが、決してそれだけを扱っているわけではない。

 日本ではモータースポーツとして自動車レースが開催されているが、実はその中に痛車を擁して参戦しているチームがあるのだ。例えば「SUPER GT」というレースのGT300クラスには、あのボーカロイド「初音ミク」の痛車が参戦。本書でも2016年バージョンのフォトが掲載されており、ファンイベントの模様も紹介していた。

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「痛車」での参戦と聞いて「お遊びだろう」と考える向きもあるかもしれないが、そんなことは決してない。「初音ミク」の痛車を擁する「グッドスマイルレーシング」は、2011年と2014年のGT300クラスで優勝している強豪なのだ。さらにいうなら『新世紀エヴァンゲリオン』の痛車で参戦した「エヴァンゲリオンレーシング」や、『ラブライブ!』などの痛車で戦った「PACIFIC RACING」など、モータースポーツ内での痛車はそれほど珍しいものではないのである。

 話は変わって、もしも痛車のユーザーだったとして、カッコイイ痛車が仕上がったらどういう気持ちになるだろうか。嬉しいと同時に、誰かに見せたくなるはずだ。しかし誰でもいいというわけではなく、やはり痛車に理解のある「同好の士」が理想だろう。本誌は痛車を紹介する一方で、しっかりとユーザーがお披露目できる舞台を作った。それが本誌主催のイベント「痛Gふぇすた」である。2008年よりお台場など各地で開催され多くの痛車が集い、ユーザーにとっては格好のお披露目の場となった。もちろん本誌ではその模様を詳しくレポートしており、アワード受賞者の痛車紹介のほか、参加者の車もカタログ形式でしっかりと掲載。参加ユーザーにとっては、よい思い出になったことだろう。しかし残念ではあるが、本誌休刊と共にイベント開催も終了となった。

 それでも痛車文化の火は消えない。本誌では全国で開催される痛車の各種イベントをレポートしており、「痛Gふぇすた」以外のイベントも多く取り上げられている。特に注目したいのが海外。実は中国でも痛車は認知されており、2015年には大陸初の痛車走行会が開催されている。掲載写真を見ると『甘城ブリリアントパーク』や『ゼロの使い魔』など、やはり日本のアニメやゲームが人気のようだ。このテのイベントは日本オンリーの印象が強いが、意外とワールドワイドなのである。

 先述の通り、8年間で27号を数えた本誌も休刊を迎える。出版不況などさまざまな理由はあるだろうが、ここは前向きに「社会的役割の終了」と捉えたい。一部嗜好者のみのマイナージャンルだった痛車は、今や全国区にまで広まった。痛車はサブカルチャーの一分野として根付いたのだ。ユーザーたちが痛車文化を盛り上げていくことで、『痛車グラフィックス』がその発展に寄与したと語り継がれるに違いない。

文=木谷誠