21世紀に改めて知る『鉄腕アトム』の奥深さとは? 科学の子はその光も闇も見つめている! 

アニメ・マンガ

2017/4/22

『鉄腕アトムの世界(TJMOOK)』(宝島社)

 この春の新作アニメは色々とあるが、小生の注目は4月15日からNHK総合で毎週土曜23時から放送が開始された『アトム・ザ・ビギニング』だ。かの『鉄腕アトム』を原案とし、アトム誕生までの物語を描く話題作。実はアニメ化の報を聞くまで原作を「後で読むかな」程度にしか思ってなかったが、第1話を見るとやっぱり面白い! そこで公式サイトを中心に世界観を調べつつ、周辺情報も探っているときに見つけた1冊が『鉄腕アトムの世界(TJMOOK)』(宝島社)だ。

 本書は『アトム・ザ・ビギニング』をきっかけに、その原案である『鉄腕アトム』の魅力を振り返る1冊だ。冒頭では『アトム・ザ・ビギニング』の物語と設定、キャラクターたちを紹介。また監修の手塚眞氏へのインタビューも興味深い。

「月刊『少年』で18年にわたって連載し、日本初といわれる本格テレビアニメも制作することになり、その後も1981年までおよそ30年にわたって描き続けた作品ですから、ライフワークだったといってもよいと思っています」と語る。手塚治虫はアトムが代表作とされることを好まなかったとの話もあるが、眞氏はそう思っていないことが窺える内容だ。

 勿論、インタビュー以外の項目も充実。タイトルどおり、やはり本書のメインは『鉄腕アトム』の多角的な検証で、中でも「鉄腕アトムアートギャラリー」に目を奪われる。当時連載していた月刊漫画誌「少年」でのカラー表紙などがズラリと掲載されており、特に「青騎士」(1965年10月)が圧巻だ。大きく勇壮に描かれた青騎士の足元で共に走るアトムの構図だが、まるで青騎士が主人公のよう。この物語はシリーズ屈指の名作ともいわれている1篇で、横暴な人間に復讐を誓い、ロボットだけの国・ロボタニアを設立しようとする青騎士に対し、一度はアトムもその志に賛同するものの、やはり人間を守ろうとするのだった。

 実はこの戦いでアトムは青騎士に破壊されてしまう。それを意外だと思う読者もいるかもしれないが、原作での『鉄腕アトム』は悲劇的な物語も少なくない。手塚自身「しかしほんとうはぼくのアトムは、アンハッピーエンドのエピソードが相当あるのです。それがテレビでは全部ハッピーエンドになってしまった」(「手塚漫画の主人公たち鉄腕アトム」『赤旗』1974年1月12日号)と語っている。

 このテレビ版『アトム』とは勿論、モノクロの第1期シリーズである。しかし1966年12月31日放送の最終回は、アトムの死を思わせる終わりかただった。アトムがロケットとともに太陽へと飛び込んでいく場面を、読者諸氏も特集番組などで見たことがあるのでは? この回は手塚自身の脚本演出だが、そのあまりに唐突な悲劇は今までのハッピーエンドに対する反骨精神だとも感じる。

 その後、1967年1月からサンケイ新聞(現・産経新聞)で、後に『アトム今昔物語』と改題された新しい物語が始まる。掲載紙が掲載紙だけにその内容は児童向けの『少年』版とは一味違う。本書巻末に収録された1篇、米国の公民権運動がモチーフの「ベイリーの惨劇」がその代表ともいえる。「ベイリー」というロボットが人間と同様の市民権を得るために運動を続けていたのだが、ロボットへの市民権に反対する人間たちにより、アトムの目の前で彼は破壊されてしまうのだ。

 元々『鉄腕アトム』とは「未来理想社会、未来科学に対する信頼や啓蒙ではなく、むしろ科学的合理主義への疑問や警告」がテーマであったと、1980年に始まったアニメ第2期『鉄腕アトム』の企画書で手塚自身が明示している。今まで『鉄腕アトム』に明朗快活な印象を持っていた人が多いかもしれないが、本書でその印象が覆るだろう。昭和に描かれたアトムを今の時代に読み返し、手塚の鳴らした警鐘の意味を改めて感じたい。

文=犬山しんのすけ