フェイク札束、佐村河内、毒入りギョーザ……気になるニュースと、私たちの感情の関係

社会

2017/7/31

『不寛容な時代のポピュリズム』(森達也/青土社)

 オウム真理教、東日本大震災、佐村河内氏等をドキュメンタリー映画で取り上げてきた監督・森達也が約10年間の間に執筆した記事を集めた『不寛容な時代のポピュリズム』(森達也/青土社)。テーマとなっているポピュリズムは人民主義、あるいは大衆迎合主義と訳され、特に後者の文脈の場合は批判的な意味合いのことがほとんどです。

 第一部「ポピュリズム時代のヒール&ヒーロー」の中で、著者は2013年1月にアルジェリアで起こったイスラーム武装勢力よる人質事件を報じるニュースにおいて、武装勢力メンバーの凶暴そうな顔写真が繰り返し映されることを例に挙げます。オサマ・ビン・ラディンのような顔というと想像しやすいかもしれないですが、ヒゲをもっさりと生やして目元の彫りが深くギョロッとした目という顔つきは日本人にとって人相が悪く見える可能性が高く、ニュースの流れの中で敵役に仕立て上げられます。

印象やイメージは感情に直結する。でも印象やイメージは前提に大きな影響を受けている。ならば僕達の感情も、実は前提に合わせてしまっている可能性がある。その典型は「許せない」とか「成敗せよ」などの語彙に現れる感情。怒りや悲しみだ。

 たとえば、日本のニュース番組で中東のニュースが報道されたとします。日本で報道される中東のニュース、それはだいたい爆破事件や隣国との紛争などネガティブな内容ではないでしょうか。多くの日本人にとって、イスラーム文化・中東は遠い存在のため、ネガティブなニュースによって作り上げられた印象からイスラーム諸国・中東全体に関して「危ない」「怖い人がいる」というような先入観につながることもあるようです。

 実は中東の国々はアメリカより日本からの距離が近い国もあり、ロンドン・パリ・ローマ・バルセロナ・ウィーン・ベルリンなど、日本人にとってなじみのあるヨーロッパの旅行先よりも手前にあることは、地図を見ればすぐ分かります。

 私は最近イランを訪れる機会がありましたが、出発前に「行って大丈夫?」「テロリストがいるんじゃない?」と心配されました。たしかに、世界には道端を歩いていると無差別に攻撃されるような地域があり、イランの中にも国境付近など行かないほうがいい場所があり、首都・テヘランでは最近ISによるものと言われているテロがありました。しかし実際、中東では数億の人々が実に平穏に暮らしています。イランも平和で親切な人ばかりの国でしたが、そうした実情はテロや紛争などといった「印象的なニュース」より伝えられる優先順位が低くなってしまいます。

何かを映す。それは何かを隠すことでもある。世界では今も多くの人が泣いている。か細い声で助けを求めている。苦痛の声をあげている。でも多くの人は関心を持たない。ネットやメディアによって提示された状況ばかりに反応する。

 ドキュメンタリー映画監督の著者は、カメラを回すという行為を熟知した上でこう語ります。情報をそのまま受け取るのではなく、むしろ表されていない隠されたことを想像する。情報が蔓延する社会で生きる私たちにとって、大切な心構えを教えてくれる一冊です。

文=神保慶政