謹慎処分の真相、愛人と本妻の直接対決…初めて明かす、父「横山やすし」の素顔

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2018/3/3

 今まで明かされていなかった横山やすしの素顔に迫る、『父・横山やすし伝説』が2018年2月24日(土)に発売された。

 著者の木村一八は、伝説の漫才師・横山やすしの息子。同書は、これまでまったく語ってこなかった父親について綴った一冊になっている。やすしの最期の言葉は「愛人の面倒をよろしく」だったという驚愕の事実をはじめ、偶然を装って修学旅行先にいたことや自分の漫才の出番をかえて息子を飛行機で迎えにいったこと、愛人と本妻との直接対決で飛び出した驚くべき行動、謹慎処分となった事件の真相など、息子だけが知るエピソードが盛りだくさん。

 天才漫才師として活躍していたやすしは、世間から破天荒なイメージを持たれていた。しかし、息子が知っている父はまったくの別人。家庭では非常に優しく、息子を溺愛する父親だったようだ。

 ほかにも、当時のマネージャーで元吉本興業の木村政雄による当時の「やす・きよ」ブームの振り返りも見どころ。伝説の漫才師の素顔をのぞき見してみてはいかが?

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横山やすし(よこやまやすし)
1944年、高知県生まれ。大阪・堺で育ち14歳で天才漫才少年としてデビュー。1966年に結成した西川きよしとの「やす・きよ」でブレイク。上方一の漫才師となるが、1970年のタクシー運転手傷害事件で2年4カ月の謹慎。復帰後、再度「やす・きよ」は大人気を博し、日本一の漫才師に。「TVスクランブル」など数々の伝説番組に出演するが、1988年の息子の傷害事件とそれに続く本人の飲酒運転による人身事故で吉本を解雇。1992年には参議院選挙に立候補するが落選。その直後、暴漢に襲われて一時重体、言葉が不自由になる。1996年、肝硬変で死去。享年51。

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木村一八(きむらかずや)
1969年、大阪府堺市生まれ。幼年期の3歳から10歳まで父親とは別々に暮らす。10歳以降、父親と摂津で暮らし、横山やすしの長男として14歳で芸能界デビュー。「毎度おさわがせします」などのテレビ番組で、ワイルドで甘いマスクが話題となるが19歳のとき傷害事件で少年院に。その後、芸能界に復帰するが再び傷害事件を起こし、活動の場をVシネマに移す。現在、グローバルな俳優を目指して中国映画などに出演予定。

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