“鬱”な食事を通してこの時代を生きる心情をあらわす『鬱ごはん』に、共感しかない

マンガ

公開日:2022/8/8

鬱ごはん
鬱ごはん』(施川ユウキ/秋田書店)

 フリーター青年・鬱野たけしは鬱々としている。定職も友人も恋人も趣味もなく、粛々とアルバイトをこなす日々はそれほど楽しくもないけれど、特別に不幸なわけでもない。ファミレスやチェーン店、コンビニ弁当、たまに自炊。ありふれた食事を鬱野は今日もとり続ける――それが、現在単行本4巻まで発売されているマンガ『鬱ごはん』(施川ユウキ/秋田書店)だ。

「外食は少人数で」&「静かに」が推奨されるようになった現在、『孤独のグルメ』(久住昌之:原作、谷口ジロー:作画/扶桑社)をはじめとする〈孤食メシ〉マンガに注目が集まっている。

 おいしいものを食べたときに得られる“忘却の瞬間”を求める女性の食遍歴を描く『忘却のサチコ』(阿部潤/小学館)、酒と肴を愛する女性ワカコがマイペースでひとり呑みを楽しむ『ワカコ酒』(新久千映/徳間書店)、不摂生すれすれの自らの食生活を赤裸々に綴ってバズったTwitter発『あたしゃ川尻こだまだよ』(川尻こだま/KADOKAWA)などなど。

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 これら〈孤食メシ〉に共通しているのは、他人の目を気にすることなく、主人公が好きなものを好きなように食べる姿だ。ときにワイルドに、ときにだるだるにくつろいで。

 誰かと一緒の食事とはまたちがう、ひとりだからこその楽しさと、おいしさ。そういったことを描く作品が主流を占めるなか、本作は異彩を放っている。

「美味そうじゃない飯を美味そうじゃなく食べる、今まで無さそうで無かった食漫画です」と作者が自身のブログで述べているとおり、鬱野の食事はおいしそうではない。加えて楽しそうでもない。

 腹が空いたら適当な店に入り、適当な料理を注文する。食べながら黒猫の姿をしたイマジナリー・フレンドと会話して、たいていはやり込められる。

鬱ごはん 1巻23P

 ドーナツショップで会計を急ぐあまり似たような種類ばかり選んでしまう鬱野に、「オマエはきっと 人生の重要な決断も追いつめられて マヌケな選択をしてまうんやろな」

 バナナを熟成させてから食べようと放置しているうち、食べる気を失くしていく鬱野に、「腐っていくのを何もせえへんまま ただただ放っておく オマエの人生そのままやな」

 黒猫のコメントは常に的確にして辛辣だが、もちろんそれは鬱野自身の心の声に他ならない。

鬱ごはん 4巻34P
映画「ジョーカー」を観た後にハンバーガーを食べつつ

 1巻では22歳のフレッシュ(?)な就職浪人生だった彼は、最新4巻では30代になっている。働いて、食べて、ひとりで過ごすという生活は変わっていないが、彼を取り巻く状況は大きく変わった。平成から令和となり、コロナ禍が押し寄せ、彼は今マスクを着けてフードデリバリーの副業を始めている。いつしか黒猫の姿は消えていて、おそらく孤独なままに続いてゆく自らの人生を鬱野は受け入れつつある。

 半額シールのついたパック寿司、いたずらで配達注文されたハンバーガー、スマホに届いたクーポンメールでもらう牛丼。

鬱ごはん 4巻146P
パーテーション焼き肉をしながら“就職活動”から遠く離れた自分を思う

 彼の食事は依然として、おいしそうでも楽しそうでもない。黙々と孤食する鬱野の姿に、私は共感する。私たちと地続きの世界に生きている彼の不安に、孤独に共感する。

 おいしいだけでは救われないときもある。毎食毎食、食事を楽しんでいたら身が保たない。きっと多くの人たちが抱えているであろうそんな心情を、『鬱ごはん』は掬いとっている。

文=皆川ちか

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