賢さこそが少女が生き残るための武器だった――「知識」でモンゴル帝国を翻弄した、奴隷少女の物語

マンガ

公開日:2022/9/28

天幕のジャードゥーガル
天幕のジャードゥーガル』(トマトスープ/秋田書店)

 国の成り立ちや偉人の英雄譚を記したコミックは、数多くある。だが、『天幕のジャードゥーガル』(トマトスープ/秋田書店)は「歴史×学問」という、全く新しい題材で平和の尊さや勉学の価値を訴えかける歴史漫画だ。

 本作の主人公は、天涯孤独の奴隷少女・シタラ。彼女は教養を武器に、混沌としたモンゴル帝国を生き抜いていく――。

ひとりの奴隷少女が「教養」を武器にモンゴル帝国を翻弄!

 1213年、シタラはイラン東部のトゥースという都市の奴隷市場にいた。笑顔がかわいいシタラは「教養を身につければ高貴な人の側仕えになれるのでは」と思われ、勉学のため、学者家系であるファーティマ家に預けられることに。

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 夫を亡くし、新しい家内奴隷を探していたファーティマ夫人は教師の免許を持つ伯父に教育を頼むが、何を教えてもシタラは笑ってばかり。

 実はシタラ、より遠くに売られてしまわないよう、学ぶ気がないふうに振る舞い、脱走のチャンスをうかがっていた。

 だが、出口を探していた時にはちあった、ファーティマ家の息子・ムハンマドとの出会いがシタラの人生を変える。ムハンマドは、トゥースで有名な秀才。自分の人生を嘆くシタラに、教養が身を守る武器となることを教えてくれた。

 勉強して賢くなれば、どんなに困ったことが起きたって、何をすれば一番いいか分かる――。そんなムハンマドの言葉を聞き、シタラはファーティマ家で働きつつ、勉学に励み始める。

 その後、ムハンマドは知識をより深めるため、旅へ。シタラは教養を身につけ、ムハンマドから届く手紙を読めるまでに。学ぶことの楽しさを、感じ始めていた。

 ところが、ある日突然、日常は一変する。遊牧民がトゥースに侵略してきたのだ。シタラはファーティマ夫人と共に家の地下室へ。山のほうに避難し、3日後に戻るという伯父たちを待っていたが、モンゴル帝国の第4皇子トルイらに見つかってしまう。

 トルイはみずからの后が欲しがった、ある書物を強奪。それは、ファーティマ夫人にとって、亡き夫が残した大切なものだった。

 それを知っていたシタラはトルイに書物の返還を求めるも、「不相応」だと言われ、斬りつけられそうに。ファーティマ夫人はシタラをかばい、命を落としてしまった。

 絶望したシタラは追い立てられて、家の外へ。そこに広がっていたのは荒れ果て、すっかり変わってしまった街の姿。

 生き残った女、子ども、職人は連行され、タールカーンという地に張られた天幕郡に集められた。そこで、シタラはムハンマドがいる地も同じように侵略されたことを知る。ファーティマ夫人の逝去に加え、ムハンマドの生存も厳しいことを知り、シタラは絶望のどん底に。

 そんな時、声をかけてきたのが書物を奪われた際、トルイと共にいた少年。シラと名乗るその少年は、敵地で捕虜となった徴発兵だった。シタラに、ある方法を提案し、本を取り返さないかと持ち掛けてきた。

 これにより、シタラの人生は思わぬ方向へ。彼女は持っている知識や知恵を使い、広大な大陸を翻弄していく――。

 本作は歴史を知れるだけでなく、登場人物たちの心理描写もグっとくる作品。征服される側の悲しみやファーティマ夫人を殺された恨みを忘れまいとするシタラの心情、そして、シタラたちが経験した苦悩を知らず、後の世代に伝えるために知識を得たいと意欲を燃やすトルイの后など、様々な登場人物たちの姿が胸を打つ。

 ここに描かれている人はみな、自分の目指す道に一生懸命だ。単純に悪人だと切り捨てられない人物ばかりであるため、ストーリーに深みが出ている。

 また、本作に触れると、学ぶことや知識を身につけることの大切さを、改めて痛感するはず。当たり前のように学校へ行けて、教養を身につける機会を与えられているということが、どれほど尊く、ありがたいことなのか気づける。同時に、自分は得た知識を、未来を切り開く武器にしてこられただろうか……と考えたくもなるだろう。

 混沌とした世界情勢である今だからこそ、本作はより心に刺さる一冊となるはずだ。

文=古川諭香

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