人間も鳥のヒナと同じ!? あらゆる決断には「刷りこみ」が影響しているかもしれない

ビジネス

更新日:2022/12/23

あなたがそれを選ぶわけ
予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』(ダン・アリエリー:著、熊谷淳子:翻訳/早川書房)

 生まれたてのヒナが、初めて目にした動く物体に愛着を抱いてしまう「刷りこみ」という現象。動物学者のコンラート・ローレンツは、あるガンのヒナが成鳥になっても彼を追い続けたことによって発見に至ったという。最初に見た彼を母鳥と決めて貫きとおしたのだ。この一途とも頑固とも呼べる性質は、人間にも当てはまるという。

 自分で決断したつもりでも、最初に目にしたり、行動したりしたことにこだわり続けてしまうことは確かに少なくない。決まった店に通うこと、同じ道を通ること、それこそヒナのように愛着を抱く存在や物事、すべての最初の決断が「刷りこみ」だとしたら? それが誤った認識で改善すべき問題だとしたら?

 そうした人間の不合理性を明らかにしていくのが行動経済学だ。心理学と経済学を合わせた新しい学問で、人間の行動が合理的とは程遠く、誤った判断をしてしまうことを証明していく。近年、ビジネスに役立てるほか、教養のために身につけたいと注目されているが、『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』(ダン・アリエリー:著、熊谷淳子:翻訳/早川書房)は、火付け役ともなった一冊。

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 著者のダン・アリエリー氏が、この分野を研究するようになったのは、自身の壮絶な体験がきっかけだ。

 アリエリー氏は18歳の時、全身の70パーセントにⅢ度のやけどを負った。3年もの入院生活では、全身を包帯で覆われたまま。入院当初は、包帯を交換するにも肉にくっついているため、外すというよりむしり取るような作業となり、言葉であらわせないほどの激痛だったという。

 当時やけど病棟の看護師たちは、短時間で終わることが患者の苦痛を減らすことになると考え、勢いよく包帯をはがしていた。だが、そうされていた同氏は納得がいかず、その後に何年もかけて痛みについての実験を重ねたところ、研究の結果、むしろ弱い力で時間をかけてはがすほうが、痛みが少ないことがわかったという。

 あんなにも患者を気遣う経験豊富な看護師たちでも、誤った認識で行動することがあるのだから、人間は理屈に合わない失敗をしがちなのかもしれないと考え、行動経済学でユニークな実験を重ねていった。

 例えば、好き嫌いを基準にしたつもりが、「ハーディング(群れる)」となっている場合がある。繁盛店を見つけると並んでしまったり、価値を信頼しきったりする行動パターンだ。「こんなにたくさんの人が集まっているのだから、いい店に違いない」と次々と群れていくのだ。思い当たる人は多いだろう。

 刷りこまれる最初の決断は、アンカー(錨)のように固定しがちなため「アンカリング」と呼ばれる。ヒナが成鳥になっても人間を親鳥とみなしたのと同じだ。

 アンカリングは、サービスや物の値段で活用されることも多い。最初に見た値段がアンカーとなって相対的な判断をするので、元の値段を残したまま割り引いた金額を示すあれだ。「元はこんな値段だったのが、こんなに安くなった!」と買い手はお得感を覚える。他にも、3種類のサイズの飲み物を売ると、真ん中が一番売れるというのもアンカリングの影響だ。

「人間は、ものごとを絶対的な基準で決めることはまずない。ものごとの価値を教えてくれる体内計などは備わっていないのだ。ほかのものとの相対的な優劣に着目して、そこから価値を判断する」とアリエリー氏は説く。

 同書では、氏がさまざまな実験をして、薬のプラセボ効果を証明したり、酢を入れたビールを「美味しい」と言わせたりと、人間の誤った思い込みや先入観を明らかにしていく。はたして、自分の下してきた決断は何にアンカリングされているのか。折々で振り返って、さまざまな失敗を繰り返さないようにしたい。

文=松山ようこ

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