現在の絶滅危惧種は「少なくとも100万種」――なぜ今生態系が破壊されているのか、現状を深く知る一冊

スポーツ・科学

更新日:2023/4/27

〈絶望〉の生態学
〈絶望〉の生態学』(山田俊弘/講談社)

 今年は桜が早かった。早く春が来るのはうれしいけれど、3月上旬に気温が20度近い日が数日もあると、イヤでも「地球温暖化」という現実を実感させられる。この先、地球はどうなってしまうんだろう……ぼんやりとそんなことを考えてしまう中、気になるタイトルの本が登場した。『〈絶望〉の生態学』(山田俊弘/講談社)だ。

 本書のテーマは「生物多様性の喪失」について。現在、この地球では人間たちのせいで、生物の世界で見られる多様性が急速に失われているという危機的状況にあると本書は訴える。生物多様性に関する政府間組織であるIPBESの報告によれば、なんと現在の絶滅危惧種(動植物)の数は「少なくとも100万種」にのぼるのだそうだ。

 その規模だけでもちょっとびっくりだが、問題なのはそのスピードだ。実は、地球の歴史という規模で考えるならば、過去にも「ビッグファイブ」と呼ばれる5回の生物が大量絶滅する危機があったというが(たとえば、直近の危機は今から6600万年前の白亜紀末。巨大隕石の衝突に端を発した恐竜の絶滅は多くの人が知るところだろう)、問題なのは、現在の危機はこうしたビッグファイブを凌ぐ勢いだということだ。巨大彗星より人間の活動のほうが破壊力が大きいというのは、にわかに信じがたいが、いずれにせよ生物たちから見れば、「絶望」的な状況なのは間違いない。

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 本書は、こうした生物多様性の喪失が実際にはどのように進んでいるのか、そこに人間の活動がどのように関与しているのか、最新の統計を用いながら生態学が明らかにしてきた事実を丁寧に追っていく。著者は、『〈正義〉の生物学 トキやパンダを絶滅から守るべきか』(講談社)の著書もある広島大学の山田俊弘先生。前作に引き続き、映画『アベンジャーズ:インフィニティ・ウォー』の悪役・サノスの思想〈環境破壊の元凶は増えすぎてしまった人口であり、環境を守るためには増えすぎた生命を半減せねばならない〉を取り上げ、仮にサノスの思想が実現したら環境は本当に守られるのかを考えている。また、親しみやすい生物&生態系の例を取り入れ、日頃はあまり科学書を読まない人でも「そこにある危機」をわかりやすく、身近に感じられる内容となっている。

 実はこうした「身近に感じること」は、この本にとってとても大事なことだ。現在進行中の大量絶滅の危機はまだはじまったばかりであり、現時点で実際に絶滅してしまった種の割合はまだ1%以下とのこと。つまり「イマココ」がこの先の大量絶滅を回避するためのギリギリのタイミングなのだ。しかも巨大隕石といった不可抗力ではなく、私たち人間の活動に起因する危機ということは、自分たちの手で止められる可能性があるということを意味する。「絶望」だけではなく、ちゃんと「希望」もあるのだ!

 その「希望」を着実にかなえていくためには、まずは多くの人がこの現実を認識すること。「人間以外の生物はどうでもいい」などと傲慢なことを考えていると、同じ生態系に生きるヒト自体も絶滅しかねない。投げやりになったり、サノスのように極端になったりしても意味がない。大事なのは自分たちの「悪」を認識した上で、どうすべきかを考え続けることなんだろう。一人一人にできることは小さくても、そうした努力は決して無駄ではない――そう思わせてくれるうれしい一冊でもある。

文=荒井理恵

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